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日々の破片

著作一覧

2017-08-07

_ 靴磨きはどこへ行ったのか

おれの爺さんは復員して来てからしばらくの間は、虎ノ門の靴磨きの親分のところで靴磨きをしていたそうだ。

虎ノ門といえばアメリカ大使館があるから、おそらくそのあたりでは靴磨きの需要があったのだろう。

その後はそれなりに元手ができたこともあり、皮革繋がりで別の業界へ進むことになったのだが、そのあたりの物語は今になって思えばえらく面白そうだが、関係者がほとんど鬼籍に入った今となっては後の祭りの笛太鼓だ。

というわけで、子供の頃、母親(爺さん直伝)から靴磨きの仕方を教わり、それで父親の靴を磨いていたものだ。まず、靴墨をブラシにちょいと付けてブラシングする。伸ばしながらブラシングする。靴墨は最初に付けたチョイだけで充分だから、それを良く伸ばしながらとにかくブラシング。で、さらにブラシングして終わり。ムラがあったりして必要があれば仕上げにボロ布でちょっと磨くとなおよい。

で、これが高学年か中学くらいの頃に何かで読んだ靴の磨き方と全然違う。物の本では、ブラシで埃や塵や汚れを落としてから、やにわに靴墨を布に取って磨き上げることになっている。

全然違うのだが、おれが教わった方法は焼け跡の虎ノ門を縄張りにして靴を磨いていたプロ直伝なのだから、不思議なこともあるものだとは思った。

今になって考えれば、少ない量の(それほど質の高くない)靴墨を使っていかに早く低コストで、しかも顧客満足度を高めるか、という工夫の産物なのだろうと思う。

というわけで、爺さんは一時的に靴磨きをしていたらしいが、おれが子供の頃は駅前とか、渋谷だと今の大和証券のあたりとかに、靴磨きの老人が数人はいて、靴を磨いていた。

今はどこにも居ないんだな、これが。中学の頃は履いたままの靴を突っ込むと磨いてくれる自動靴磨き機みたいなものも出てきたような記憶があるのだが、これもあっというまに消えてなくなった。

でも、革靴がなくなったわけではないし(と、今、リーガルの靴が目の前にある)、なんで靴磨きってなくなったんだ?

えらく磨きやすくなったからってのはありそうだ。

KIWI(キィウィ) 革用つや出し剤 エクスプレスつや出しスポンジ 全色用 7ml(-)

KIWIといえば、靴磨きのプロ御用達だったのだが(子供の頃使ってたのもKIWIだった)、コンシューマ用製品で生き延びているわけだな。で、コンシューマでも十分にきれいに磨ける。

スニーカーやサンダルのシェアがでかくなって靴磨きがそれほど必要なくなったからというのはないわけではなさそうだが、そうはいってもオフィス街に行けばみんな革靴を履いているから、それだけが理由でもなさそうだ。

というわけで、靴磨きという職業が消えてなくなったのが不思議なのだった。

ユンボギの日記を読むと、ほとんど浮浪児のユンボギが靴磨きを始めるくだりがあって、全然艶が出ないのでツバをつけて磨いていると、靴の履き手が「小僧、それはやめてくれ。でもまあ、仕事を始めたばかりで慣れてないみたいだから勘弁してやる」とむしろ余分に金を払ってくれたというようなエピソードが出て来て不思議に思ったりもしたものだ。おそらくKIWIではないのだろう。

ユンボギの日記―あの空にも悲しみが(勲, 塚本)

(しかし、なんでこの本の内容をやたらと覚えているのか謎だ)

どうも、国力が上がると靴磨きが不要になるというか、貧富の差を象徴させる職業なのかも知れないな。

靴みがき [DVD](フランコ・インテルレンギ)

というわけで、本当に現代のルアーブルに靴磨きは存在するのだろうか?

ル・アーヴルの靴みがき 【DVD】(アンドレ・ウィルム(声:大塚芳忠))


2017-08-27

_ 音楽の楽しみ

昨日、栃木でばかが往く(「ばか」なのか「バカ」なのか「馬鹿」なのかどうだかもう忘れてしまった)のK水(……なんかどこかの中国マンガで見たような名前だな)さんと話をしていて、おれのオペラ好きのことになった。

で、越水さんが、でも話の内容は知っているんだよね? と異なことを聞く。

当然知りまくっているよ。と答えると、どうも怪訝そうだ。

ああ、そうか。

オペラの楽しみは、話の筋ではなく、指揮者がどう解釈し、演出家がどう解釈し、歌手がどう解釈し(あるいは解釈を通訳し)かつ技術を披露し、オーケストラが演奏するのが本質であって、話はどうでも良い。

それは映画と同じで、物語は飽きさせないためのグルーに過ぎず、どう演出するか、どう構成するか、どう音を入れるか、といったことと同じで、と説明しようとしたが、多分、これは通じない可能性が高いな、と考えてみた。

そこで次のように例えてみる。

つまり、それはFizzBuzzのコードを愛でるようなものだ。

バグがないのが前提だから、./fizzbuzzと打てば、1 2 Fizz 4 Buzz……とコンソールに表示されるのは当たり前で、それはまったくどうでも良い。物語はそれに相当する。もしかすると、14 Fizz 16 と出力されるかも知れない。作ったやつが素人なら、クソ、ゴミ、星無しの一言だが、名人の出力がそうならば、何か秘密があるのではないかと考察のネタになる。

それはそれとして、重要なのは、どんな言語を選択したかとか、どういう条件判断をしたか、とか短いのか長いのか、設計に味わいがあるかとか、そこじゃん。

そういうこと。

本当の楽しみは、本当に味わうべきは、本当におもしろいのは、いつだってメタなところだ。物語は地上にあり、音楽は天空にあるのだ。


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