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ほぼ日刊イトイ新聞

2025-04-27

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「こどもは遊びのなかで育つ」とは、よく言われます。
 そのとおりだよなぁと思っている方も少なくないでしょう。
 小学校の壁にももしかしたら、いまでも、
 「よく学び、よく遊べ」と大書されているかもしれません。
 人によっては、そのパロディとして
 「よく遊び、よく遊べ」と言う人さえもいます。

 でも、現実には「よく学べ」ばかりが目立っています。
 静かになにかを学んでいるこどもに、
 「そんな学んでばかりいないで、もっと遊べ」と
 叱る親や先生は、たぶん、あんまりいないでしょう。
 建前としては「遊びがとても大事だ」と言ってるのに、
 実際にはそうじゃないみたいです。
 そのことについては、じぶんもこどもだったときから、
 ずっと考えてきたように思います。

 「よく学べ」には、具体的なやり方が無数にあります。
 本を読むでも、練習問題を解くでも、人の話を聞くでも、
 学校でも家でもどこにいても、学ぶ機会はつくれます。
 「なにして学ぶの?」とこどもに問われたとしても、
 どうとでも答えようがあるでしょう。
 でも、「よく遊べ」のほうは、
 「こうしなさい」という方法がなかなか見つかりにくい。
 遊びが大事だと、建前として言っている大人が、
 実は「遊び」をできないのかもしれません。
 大人たちが、「なにして遊ぼう」については、
 人任せで、受け身の遊びばかりしているような気もします。 
 「どうやって遊ばせてくれるんですか、お金は払います」
 というようなことに慣れきっているのでしょうか。
 じぶんから「これをやって遊ぼう」がなかなか出ない。
 すでに、大人の「遊び」も衰弱しているのかもね。

 ただ、実際には、こどもが集まると、遊んでるんですよね。
 「なにして遊ぶ」とか言いながら、すでに遊んでる。
 夢中になって鬼ごっこのようなことをしたり、
 ブランコやすべり台をくり返していたり、
 ボールでなんとかしたり、なんなら踊ったりね。
 そして、なにかに飽きると、また別のことをはじめる。
 この「なにして遊ぶ?」を次々に思いつくことが、
 大人になってからも、ものすごくありがたいことなんだよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
学ぶだって、遊びだ。たいくつは、次の遊びのチャンスだ。


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