パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
2024年もあっという間に年の瀬。今年もよく食べよく飲んだ。
特にこの連載では、毎週そのときどきに飲み食いした印象深い食事の思い出をひらすらに記録させてもらうという、酒場ライターとして、そしていち酒飲みとしてとてもありがたいことを続けさせてもらっている。たまに過去の記事一覧ページをぼーっと見返し、あぁ、あれもこれもうまかった......と反芻するのは、僕の密かな楽しみのひとつだ。
そこで思う。今年のうちに、行っておかないと、食べておかないと、後悔する店はないか? 書かせてもらった記事の一覧を眺めていると、あの店のあれも食べてみたかった、これも食べてみたかったと、いくらでも思い浮かぶ。とても幸せなことだ。 よし、年内のあと数回は、そんな宿題店、宿題メニューの消化シリーズとしよう。なんだか楽しくなってきたぞ。
とか言って、この話はたった1週間前に公開された横浜「酔来軒」の記事の続編となる。実は、午前中から酔来軒でほろ酔いになったあと、大好きな横浜橋通商店街を散歩中に、どうしても気になる店を見つけてしまっていたのだった。それが「朝うどん 藤田」。
店名のとおり、朝6時から11時までしか営業しない店のようだ。「うどん」とのれんのかかる、なんとも素朴な外観がいい。店頭のお知らせには、物価高騰のため、12月1日からうどんを1杯400円に値上げさせていただきます、という知らせがある。じゃあその前は一体いくらだったんだ。もう、入らなくても好きな店に違いない。
きわめつきはその下の手書きの貼り紙。そこには、レイアウトとか見栄えをまったく気にしないのびのびとした文字で、「朝から呑め呑め 生ビール チューハイ ハイボール」とある。
はい、飲みます! とは思えど、すでに11時を回ってしまっている。店内にお客さんは数人いるようだが、それで営業は終了だろう。そもそも、すでにさっき酔来軒で大満腹になっており、今からうどん1杯は、とてもじゃないけど食べられない。
そこで酔狂なことだとは思いつつ、数日後、僕はふたたび横浜までやってきた。だって、今年のうちにぜひ、藤田の朝うどんを食べてみたくて、どうしようもなくなってしまったから。
前回から数日を空けての横浜朝飲み。やっぱり最高。通常のうどんが税込400円のところ、瓶ビールは700円らしく、一体なにをしているんだろうという気もするが、その感じも含めて楽しい。
まずは味わい深い店内をじっくりと眺める。テーブルが数席のみの小さな店内ながら、興味深いポイントがたくさん見つかって愉快だ。
まずはメニュー。酒類はかなり豊富。明らかに「ワンカップ」の「ワ」だけ書いたところで中断したであろう短冊メニューがふつうに壁に貼ってあったりしておもしろい。料理は、うどんとその日にあるトッピングがいくつか。また、その他のおつまみメニューも少しあるようだ。
店内に客はちょうど僕だけで、店主と思われる男性、店員さんと思われる男性、スナックのママ風の女性の3人で営業中。関係性はわからないものの、みんな僕よりは上の世代に見える。料理や店内の写真を撮っていいか聞いてみたら、「好きに撮ってどこにでも載っけて!」「時間は気にしなくていいから、ゆっくりしてってね」と、とてもフレンドリーだ。
さて、最大の目的であるうどんを注文しよう。オーソドックスな「朝うどん」(400円)に「野菜かき揚」(100円)をトッピングでお願いします。
するとママが奥の扉から薄暗い隣の店らしきスペースに移動し、うどんを調理して持ってきてくれた。壁にある小窓から、カウンター酒場かバーのような雰囲気が見えるから、姉妹店で夜はそちらの営業がメインになったりするのかもしれない。
気取りのない食器一式に、かきあげののった素うどんと、刻みねぎ、あげだま。その整然と並ぶ感じが好ましい。
まずは木製のれんげでつゆをひと口すする。すると意外や意外。良いだしの香りと、関東ではあまり感じたことのない優しい甘さが口に広がる、どちらかと言うと関西風の味わいだ。はるか昔に京都駅近くの路麺店「てん狗」(残念ながら閉店)で朝に食べたうどんを思いだし、なんだか嬉しくなってしまう。
麺はどうということのない、たぶん市販品だと思うんだけど、これは悪口ではない。コシやら硬さやらを重視したいのはハレの日のうどんであって、僕が毎日でも食べたいのはこういううどんだ。 いんげんの食感と甘みが良いアクセントのかきあげもうまい。調理中、じゅわーっと音が聞こえていたということもないから、温め直したものの可能性が高いけど、横浜橋通商店街は個人経営のお惣菜店も多い商店街。もしかしたら、懇意にしている店から仕入れているのかもしれない。
基本のうどんについてくるねぎとあげだまを投入すると、これまたいい。特にあげだまがただものじゃなく、ものすごくコクがあって、サクサクと軽快な食感だ。ということは、かきあげと同じ店から仕入れいている? なんて、まったく違っていたら申し訳ないんだけど、想像しながら食べるのが楽しい。
はっきり言って、わざわざ遠方から食べに行くタイプではなくて、家の近所にあれば頻繁に通ってしまうだろうな、という店だ。と同時に、僕の理想にもっとも近いとも言えるうどん。
次回から、横浜旅行の朝はこの朝うどんからスタートするのが定番になりそうだ。あ、でも、すぐ近所には酔来丼の酔来軒もあるんだよな~。
横浜って、やっぱり楽しい街だ。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】