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コンピューターをヒッピー的理想へと回帰させるDaylightタブレット

コンピューターとハイテク産業は企業色が強くなりすぎて息苦しい──そう語るアンジャン・カッタは、屋外でも充分に機能する軽快なモノクロ画面のタブレットをつくり出した。『WIRED』エディター・アット・ラージのスティーブン・レヴィーによるレビュー。
A Daylight DC1 tablet laying in tall green grass with a drawn image of foliage on the screen
Courtesy of Daylight Computer Co.

「最後にハグしてもいい?」と言って、アンジャン・カッタはプロダクト・デモを締めくくった。よくあることとはいえないが、そのプロダクトと開発者本人を見れば、特に驚きは覚えなかった。ボサボサ頭に髭面のカッタは、これから夏山のトレッキングに行くかのような格好でサンフランシスコの『WIRED』のオフィスに現れた。そして息つく暇もなく、パーソナルコンピューターがまだ理想主義に燃えていた黎明期と、その一時代をつくった偉人たちについて、熱のこもった演説を始めた。いかにも、ハグに始まりハグに終わるといったタイプの人物だ。

カッタがバックパックから取り出したのは、Daylight DC1と名付けられた、Eインク・スタイルのタブレット型デバイスだった。市場受けを狙ったというよりは、理想に突き動かされてつくり上げたような印象で、そこには開発者の精神が反映されていた。「パーソナルコンピューティングにヒッピーの理念を取り戻したいんです」。カッタはそう言って、かつての理念が失われている現状を嘆いた。「ヒッピーたちは、その座を株主たちに明け渡してしまいました。“知の自転車”の理想はいったいどこに行ったんでしょう?」[編註:「知の自転車(bicycle-for-the-mind)」とは、若き日のスティーブ・ジョブズが掲げたテーゼ]。

スマートフォンとジャンクアプリにまみれた空虚な泥沼からわたしたちを引っぱり出し、再び自転車のサドルに座らせようというのがカッタの悲願だ。だが、そんな彼の前には、アップル、アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフト、TikTok、それから700ドルを超えるモノクロのガジェットに疑いの目を向ける大衆といったものが立ちはだかっている。彼がハグを求めるのも無理はないだろう。

携帯型デジタルデバイスとわたしたちの関係を予見したアラン・ケイはかつて、アップルの「Macintosh」こそ「批評するに足る初めてのコンピューター」だと語った。わたしが思うに、カッタが目指しているのは「ともに熟考するに足る初めてのコンピューター」なのだろう。彼は、Daylightと無縁のもの(マルチタスク、意味のない派手なエフェクト、そして集中力をかき乱す通知の嵐など)を明示することで、黎明期のテックヒーローたちと肩を並べたいと考えている。

Courtesy of Daylight Computer Co.

代わりに、鮮明な「Live Paper」のディプレイは1ページごとに静かに更新される(カッタのチームは独自のPDFレンダリングスキームを開発した)。付属するワコム製のスタイラスを使えば、最新のField Notesのメモ帳に書き込むのと同じように、簡単にメモを取ったりスケッチしたりできる。モノクロ画面でのウェブのブラウジングはやや華やかさに欠けるかもしれないが、使用者の血圧が上がることはなさそうだ。Daylightが目指すのは、コンピューターハードウェア界のクライテリオン・コレクション[編註:米国の映像ソフトメーカー。品質の高さで知られる]になり、ほかの競合製品を『リアル・ハウスワイフ in ビバリーヒルズ』[編註:2010年に放送が始まったリアリティ番組]のような存在へと押しやってしまうことだ。

“希望のデバイス”から“悲惨な装置”へ

Daylightのデバイスについて深く理解するには、カッタという人物の生い立ちに迫らなければならない。彼は自分のことを「重度のADHDかつ生来の好事家」だと言う。インド系移民の両親のもとアイルランドで生まれ、すぐにカナダの小さな鉱山地帯へと移住した。英語が堪能ではなかったカッタは、父親の読み聞かせる本を頼りに世界について学んだ。その後、一家はバンクーバーに居を移す。カッタはそこで社交性を身に着け、さらには起業家としての才能に目覚めるが、世界に対する好奇心が薄れることはなかった。

好きなものは科学とゲーム、そしてコンピューター黎明期について書かれた本だった。進学に際しては、スタンフォード大学しか受験していない。カッタにとってのスタンフォードは、Atariの共同創業者ノーラン・ブッシュネルのようなシリコンバレーの「偉人」たちの創造性の象徴だったからだ。「いたずら好きの人たちがクールなことをやっているのがスタンフォードだと思ってました」とカッタは言う。「ここなら、ぼくを受け入れてくれるって」

ところが、スタンフォードに通った2012年から16年にかけて、カッタは大きな失望を味わう。「不遜さや革新性を期待していたのに、現実はマッキンゼーやゴールドマン・サックスみたいに、お金への執着に満ちていました」と彼は言う。学友たちがグーグルやフェイスブックでのインターンに励むなか、カッタはキリマンジャロ登山やエベレスト・ベースキャンプでのトレッキングに夏休みを費やした。そして、スタンフォードからほど近いマウンテンビューのコンピューター歴史博物館に通いつめ、黎明期のPCを支えたパイオニアたちの神話に浸りながら、テック業界の変遷をたどった。魅力あふれるオタクたちの物語が強欲な連中の物語へと移り変わっていくさまは、カッタを愕然とさせた。

「これまで読んできた本の世界はどこに消えたんだ、と思いました。失意の底で卒業して、それから2年かけてバックパッカーの旅に出たんです」とカッタは言う。旅から戻ると、両親が暮らすバンクーバーの家の地下室に引きこもり、鬱々とした日々を過ごした。数カ月間、科学書を読み漁り、なぜ希望のデバイスが悲惨な装置と化してしまったのかを考え続けた。「ドーパミンのスロットマシンと化したデバイスのせいで、ぼくたちは最悪な状態に陥ってしまいました」と彼は言う。

コンピューターをヒッピー的理想へと回帰させるDaylightタブレット
Courtesy of Daylight Computer Co. /©WilliamCallan

カッタ自身もその大渦に飲まれていた。食事もろくに摂らず、朝の4時まで起きて、くだらないサイトのリンクを次から次へとクリックして過ごした。しかし2018年初頭、彼はその状態から抜け出し、呪いのデバイスをひとつ残らずベッドルームから放り出した。唯一の例外がKindleだった。これもコンピューターのひとつだといえるが、なぜかそんな気がしなかったのだ。不快な明滅をしないKindleのディスプレイを見て、カッタはひらめいた。本当に必要な活動、つまり読んで、書いて、考えて、それらを統合することだけに意識を集中させられるような、穏やかで静かなコンピューターをつくれるのではないか、と。

おそらく、インクのような静的なテクノロジーが鍵になる。「巨大な紙のようなイメージですね。要は、デジタルという魔力を備えたアナログな何かをつくりたかったんです」と彼は語る。しかし、Kindleを動かすEインクというテクノロジーでは、カッタの思い描く高速なレスポンスや、豊かでダイナミックなグラフィックを実現することはできない。

「これほど売れるとは思っていなかった」

それからの数年間、最初は単独で、その後ふたりの協力者を得て、カッタは研究と実験に明け暮れた。「スクリーンというものに憑りつかれていました」と、彼は当時を振り返る。スマホケースの販売などで稼いだ30万ドルの自己資金はすべて使い果たしていた。「誰も信じてくれませんでした。これまで誰にもできなかったことを、どうして自分ならできると思えるんだって、みんなに言われました」と彼は語る。

そんなときに出合ったのが、初期のゲームボーイに使われていたEペーパーの一種だった。これはいわば、見過ごされていた技術だ。さらに、オランダ、ドイツ、フロリダなどあちこちの学術論文を読み漁るなか、日本のある教授によって書かれた1本の論文に辿り着いた。カッタはその学者のもとを訪ね、協力を取りつけた。そうして生まれたプロトタイプが、フレームレート60fpsという躍動感あるグラフィック性能を備えたディスプレイだ。彼がのちに「Live Paper」と名付けるこのディスプレイは、もちろん昼間の明るい日射し(Daylight)のもとでも高い視認性を誇る。

(ところで今週は、ミニマリスト・ディスプレイの世界では見逃せない出来事が起きている。フランス企業のLedgerが、クレジットカードサイズのハードウェアウォレット「Ledger Stax」の出荷を開始したのだ。このウォレットなら、通貨やNFTやその他のデジタルグッズをかつてないほど簡単かつ安全に保管できる。この「クリプト界のiPod」にはかなり前から期待が寄せられていたが、Eインクの曲面タッチスクリーンという画期的なテクノロジーの実装に時間がかかってしまった)

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プロトタイプをつくったカッタは、Oculus、Pinterest、Dropboxといった企業のエグゼクティブや元エグゼクティブを含むエンジェル投資家たちから、1,200万ドルの出資を勝ち取った。初回生産分となった5,000台のDaylightは、すでにほぼ完売している。だがカッタ自身は、出資者たちもDaylightがこれほど売れるとは思っていなかったのではないか、と考えている。「自分を卑下するつもりはありませんが、出資者の大半がチャリティのようなつもりで出資してくれたんだと思ってます」とカッタは言う。「この程度の予算ではどうせ無理だろう、という雰囲気が満ちてましたから。でも、これが世界にとって必要なものだということはわかってもらえました。だから出資してくれたんです」。カッタのチーム全員の経験値を集めても、Humane(アップル出身の技術者たちが2億ドルの資金を集めて立ち上げたAIハードウェア企業)の社員ひとりの経験値に及ばないだろう、と冗談めかして言う出資者もいたという。

Daylightを使ってみると、さまざまな不具合や課題が見えてくる。まさにバージョン1という言葉がふさわしい。「もう少し時間が必要です」とカッタは言う。逆光下で生じてしまう「琥珀色の光」は、どうしてもカナダの山火事の煙が充満したニューヨークの空を思い起こさせる。デバイス専用のネイティブアプリの開発者を集めるのも今後の重要課題だろうが、ユーザー数の少なさを考えると、まずは信用面で大きな飛躍が求められるのは間違いない。何しろ、カッタとそのチームは、いくつかの巨大企業がほとんどの部分を支配しているテック業界に逆らう存在なのだ。そのうえ、Daylightの販売価格は729ドルだ。iPadより性能が劣っているのに、iPadのほうが安い。

とはいえ、スケールメリットを享受できれば400ドル以下にできるはずだとカッタは見ている。「そうなれば、依存、注意欠如、近視、TikTok、ブルーライト、近視といったものとは無縁のコンピューターを、あらゆる子どもたちが手にすることができるでしょう」とカッタは言う。

カッタとDaylightの未来がどうなるのかはわからない。だが、わたしは彼を応援せずにはいられない。そして……そう、わたしは彼とハグを交わした。

(Originally published on wired.com, translated by Eiji Iijima/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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