ネコ型の配膳ロボットで脚光、中国のスタートアップが“働く機械”にも「かわいさ」が重要と考える理由

日本のファミリーレストランなどで見かけるネコ型配膳ロボットを手がけた中国メーカーのPudu Robotics(普渡科技)が、世界市場で存在感を強めている。こうした業務用ロボットは今後どのように進化し、人間とロボットの関係はどうなっていくのか。創業者でCEOの張涛に訊いた。
ネコ型の配膳ロボットで脚光、中国のスタートアップが“働く機械”にも「かわいさ」が重要と考える理由
Photograph: Shintaro Yoshimatsu

“ネコ耳”のあるロボットが配膳をこなす姿を、ファミリーレストランなどの飲食店で見かける機会が増えている。このネコ型配膳ロボット「BellaBot」は人手不足に悩める接客業の救世主として注目され、一時はネットでも話題になった。

BellaBotシリーズを開発したのは、中国・深圳のサービスロボットメーカーであるPudu Robotics(普渡科技)だ。2016年に創業したPudu Roboticsは、各種センサーを組み合わせることでロボットによる自動配送を実現してきた。飲食・小売り・物流・宿泊などの業界に数多くの実績をもつほか、近年は工場向けのソリューションも強化している。

創業から10年も経たないうちに世界市場で大きな存在感を示すまでになったPudu Roboticsは、いかなるビジョンのもとで働くロボットを開発し、実績を重ねてきたのか。創業者でCEOの張涛(チャン・タオ)に訊いた。

Pudu Roboticsの創業者で最高経営責任者(CEO)の張涛(チャン・タオ)は、いかなるビジョンのもとでサービスロボットの開発を進めてきたのか。

Pudu Roboticsの創業者で最高経営責任者(CEO)の張涛(チャン・タオ)は、いかなるビジョンのもとでサービスロボットの開発を進めてきたのか。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

「ネコ型」のデザインを選んだ理由

──ネコ型配膳ロボット「BellaBot」が日本全国のファミリーレストランなどで活躍するなど、Pudu Roboticsの製品が注目されています。中国をはじめ日本以外の国でも導入が進んでいると思うのですが、現在の世界市場における進出状況を教えていただけないでしょうか。

わたしたちはサービスロボットの企業として約8年前に創業してから、これまでに世界市場に向けて80,000台以上のロボットを出荷してきました。事業を展開している国と地域は60を超えており、そのなかでも日本はわたしたちにとって最大の市場と言えます。

なぜ日本において急速にシェアを高めることができたのか。その理由は3つあると考えています。

第一の理由として、日本はロボットに対する受容性が非常に高いからです。普段から日本の人々がロボットに触れる機会が多いからだと思うのですが、おそらく世界一でしょうね。これは日本での成功を語るうえで最も重要な理由と言えます。

次に強力なビジネスパートナーの存在です。ソフトバンクロボティクスやUSENなどのパートナー企業に協力していただきながら、日本での市場開拓を進めてきました。こうした企業のおかげで、かなり市場での認知度が高まったと思っています。

そして、優れた特徴をもつ製品を幅広いラインナップで提供できることが、日本市場で成功した第3の理由と言えます。配膳、配送、清掃といったロボットのラインナップを揃えており、今年は工業用の配送ロボットを新たに投入しました。障害物を回避するアルゴリズムの性能も認めていただいていますし、顧客のニーズに的確に応えられたと思っています。

さらに、特に配膳ロボットについてはデザインがネコ型で、親しみやすいところが評価されています。ロボットは「冷たい」と思われがちですが、温かみを感じさせるデザインにしたことで、特に日本では「かわいい」との評判をいただいています。

日本での事業展開においては、成功の転機と言えるような出来事がありました。日本を代表する外食企業が、わたしたちのロボットを次々に導入してくださったのです。例えば、すかいらーくホールディングスが3,000台、ゼンショーグループが2,000台以上をそれぞれ導入しています。

つまり、業界トップクラスの企業がPudu Roboticsの製品を導入したことで、日本での“手本”となる事例をつくることができたわけです。おかげでわたしたちの製品は「安心」であると受け止めていただけたようで、そこから導入事例が一気に増えていきました。

ネコ型配膳ロボットの次世代モデル「BellaBot Pro」。

ネコ型配膳ロボットの次世代モデル「BellaBot Pro」。

Photograph: Pudu Robotics

──確かに日本のファミリーレストランで導入されたときには、ネコ型のかわいいロボットが食事を運んでくれるとのことで、ソーシャルメディアで話題になっていました。先ほどおっしゃっていた「温かみ」が普及のポイントであったように思うのですが、なぜあのようなデザインを志向したのでしょうか。

最初に投入した配膳ロボット「PuduBot」は、実は非常にシンプルなデザインだったんです。4段のトレイと両側に2本の支柱があるだけのデザインだったので、見る人によっては“移動する棚”のような単なる道具であると思われてしまった。

それでもロボットとしての性能や機能は高く評価されましたし、国際的なデザイン賞「レッド・ドット・デザイン賞」を受賞することもできました。でも、製品に対するフィードバックは好き嫌いがはっきり二極化していました。使いやすいという評価をいただく反面、「道具みたいで冷たい」といった声もお客さまからいただいたのです。人との距離感があると感じられてしまったのでしょうね。

こうした市場の反響を受けて、わたしたちは次の配膳ロボットを開発するとき、デザインについてひとつの目標を定めることにしました。つまり、これまで以上に人間から親しまれるデザインを目指したのです。この目標を実現するためにデザインのモチーフにネコを選んだことで、BellaBotのデザインが完成しました。ネコはペットとして世界中で愛されていますからね。

BellaBotの販売台数は、いまでは全世界で20,000台を超えました。ネコをモチーフにしたデザインを世界中の人が好んでいるようです。ただ、欧州や北米といった地域では堅いデザインが好まれる傾向があるので、一部のクライアントからは「かわいすぎる」と言われてしまうことがありますね。このような場合、よりシンプルな見た目の配膳ロボットをおすすめしています。

これまで以上に人間から親しまれるデザインを実現するために、デザインのモチーフにネコを選んだのだとPudu Robotics創業者でCEOの張は語る。

これまで以上に人間から親しまれるデザインを実現するために、デザインのモチーフにネコを選んだのだとPudu Robotics創業者でCEOの張は語る。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

「温もり」と「親しみやすさ」を工場にも

──今年5月には産業用の搬送ロボットを初めて発表しました。この「T300」は配膳ロボットのように接客をするわけではありませんが、表情が豊かでかわいらしいですよね。工場や倉庫で使うことを想定したロボットであっても、やはり温かみが大切だと考えてのことなのでしょうか。

「T300」のデザインは、全体的に直線を基調にしたシンプルなデザインを志向しています。一方で、操作用のディスプレイには表情によるインタラクションを取り入れたことで、かわいいといった印象も受けると思います。

このようなデザインを採用した理由は、堅さもかわいさも工場では必要とされているからです。レストランではリラックスした雰囲気が求められますが、工場では真剣な雰囲気のほうが適しています。ですから、基本的には堅いデザインがふさわしいと思います。

一方で、工場で働いている作業員は、肉体に負荷をかけながら長時間にわたって業務と向き合っていることも少なくありません。つらいとか、大変だという気持ちになることもありますよね。そこでロボットとのインタラクションにかわいい表情を取り入れれば、温もりや親しみやすさを感じてもらえると考えたのです。

産業用の搬送ロボットや清掃ロボットの分野にも進出するなど、Pudu Roboticsのロボットは活躍の場を広げている。

産業用の搬送ロボットや清掃ロボットの分野にも進出するなど、Pudu Roboticsのロボットは活躍の場を広げている。

Photograph: Pudu Robotics

──これまでは配膳や搬送、清掃などの分野でサービスロボットを手がけてこられましたが、これらの分野で培われた技術が将来的にどのような分野で活用できると考えておられますか。

サービスロボットの開発と運用を通じて、わたしたちは自律移動技術を培ってきました。今後は自律移動とロボットアームを組み合わせることを検討しています。そうすれば、もっと複雑なタスクを任せることができますから。実は創業から間もない2018年ころから、ロボットアームの開発を進めていたのです。

ロボットアームの中核技術は関節用のモーターと精密な手です。このうち関節のモーターに関しては2年を超える運用実績があります。四足歩行型の配送ロボット「PUDU D1」を2022年に発表するまでに、モーターをはじめとするすべての部品を自社開発したからです。

そしてロボットアームの緻密な制御には、これまで以上にアルゴリズムが重要になってきます。技術的には難易度が高い分野ですが、AI技術が進歩したおかげで以前より効率よく開発できるようになりました。

このアルゴリズムの開発には膨大な量の訓練データが必要になりますが、それをわたしたちは大量に保有しています。なぜなら、サービスロボット業界で非常に多くの運用実績があるからです。

わたしたちの強みは技術だけではありません。ソリューションの提案にも強みがあります。豊富な運用実績があるということは、市場のニーズをよく理解していると言えるからです。

例えば、料理を客席に運ぶだけでなく、テーブルの上に載せるまで配膳ロボットに任せたいといったリクエストをクライアントからいただくことがよくあります。また、現在の配送ロボットが別のフロアへと移動するにはエレベーターとの連携が必要ですし、ドアを開けることができないので、部屋から部屋へと移動しながらタスクをこなすにはドアの開閉を自動化する必要がありました。

これらの課題は、どれもロボットアームがあれば解決できます。例えばエレベーターで移動する際にも、アームを使ってボタンを押せばいいのですから。しかも、ロボットアームを既存の製品に実装するためにかかるコストは、それほど大きくはありません。つまり、ロボットアームの技術によって、わたしたちのロボットの価値が飛躍的に向上するわけです。

さらにヒューマノイドロボット(ヒト型ロボット)の開発も進めており、近い時期に発表予定です。配膳ロボットや配送ロボットに比べると、ヒューマノイドロボットはさらに複雑なタスクを遂行できます。将来的にはヒューマノイドロボットがロボット業界のトレンドになるでしょうね。

アームのあるロボットや四足歩行型の配送ロボットを開発するなど、Pudu Roboticsは技術的なチャレンジも続けている。

アームのあるロボットや四足歩行型の配送ロボットを開発するなど、Pudu Roboticsは技術的なチャレンジも続けている。

Photograph: Pudu Robotics

ロボットと人間の境界を意識しなくなる未来

──ここで創業の経緯についてもお聞かせください。起業をする際には選択肢がいろいろあったと思うのですが、なぜ配膳ロボットの開発からスタートしたのでしょうか?

創業する際に配膳ロボットの開発から始めた理由は、大きく分けて4つあります。まず最初に、学生時代からロボットが大好きだったからです。大学ではメカトロニクスを、大学院ではソフトウェアやアルゴリズムを学びました。ロボットコンテストでも数多くの賞を受賞しています。

そして2つ目は、ロボットとは仕事による危険やストレスから人々を解放する存在であると信じているからです。長期的に見れば、ロボットは人類全体に大きな価値をもたらすと考えています。

3つ目は、飲食業界向けのロボットの市場規模は非常に大きい一方で、レストランで求められるタスクは屋内の作業環境のなかでは群を抜いて複雑だからです。そこで、いちばん難しい市場で先に技術やノウハウを培っておけば横展開のハードルは低いはずであると考えて、まずは配膳ロボットから開発に着手しました。

配膳ロボットに注目した背景として、実は重要なエピソードがあります。これが創業に至った4つ目の理由です。

ある日、わたしが中国のレストランで食事をしていたとき、ひとりの従業員が別の客から配膳のミスが原因で厳しく叱責されていました。非常に侮辱的な言葉で30分以上もです。この経験にわたしは大きな衝撃を受けました。そして、もしロボットが配膳を担っていれば、あの従業員は不快な経験をしなくても済んだはず──そう考えたのです。

近い将来、完全対話形式でロボットに指示を出せるようになるでしょう。例えば、「今日はフロア全体の床を掃除してください」と、人間に指示を出すときと同じようにロボットにタスクを伝えられるようになると思います。従来であれば、清掃のタスクをロボットがこなすには、導入作業やタスクの設定に手間がかかりました。

完全対話形式によるタスクの指示が実現すれば、ロボットは“ひとりの従業員”として職場に溶け込むはずです。ロボットが人間とは異なる種族であることすら意識しなくなっていくほど、距離感は近くなっていくでしょうね。ロボットの技術が進歩していくことで、こうした流れは必然であると考えています。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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