「iPhone 16」シリーズという、世界で最も“緻密”なデジタル製品の秘密

毎年、完全に新設計となる4つのiPhone。一見すると前年モデルと同じように見えるが、内部には多くの革新的な技術が詰め込まれている。その“秘密”について、アップルのiPhoneプロダクトデザイン担当バイスプレジデントのリチャード・ディンと、iPhoneプロダクトマーケティング担当のフランチェスカ・スウィートに訊いた。
「iPhone 16」シリーズという、世界で最も“緻密”なデジタル製品の秘密
Photograph: Apple

今年のiPhoneは、あまり変わっていない──。そんなことを言う人がいるが、まったくの見当違いといえるだろう。iPhoneの内部構造を観察してみると、実は毎年まったく異なる製品と言ってもいいほどの変更が施されていることに気付く。外観やサイズ感、形状は極力変更しないように維持されているのだ。

iPhoneは地球上で最も精密なプロダクトであり、同時に最も大量につくられる精密機器でもある。

例えば、台湾積体電路製造(TSMC)で生産される第2世代のチップ「A18」「A18 Pro」は、3nmという細かい回路を構成する半導体技術を用いている。これは現時点で人類が生み出せる最も精密な電子回路だ。「iPhone 16」シリーズは、それほどの技術をもって生産されているのだ。

iPhoneは現在、年産約2億台とされている。この数字に旧世代の製品が含まれることを差し引いても、iPhone 16シリーズの各モデルはそれぞれ数千万台が生産されることになる。つまり、設計を改善して、例えばネジ1本を削減できたとしたら、数千万本のネジを削減できるということでもある。

アップルがiPhoneという製品で許される限りのスペースを使って、多くの機能、高い性能を実現しようと工夫し続ける理由はここにある。わずかな削減、わずかな性能の向上が、極めて大きな影響を及ぼすのだ。

これまでに初代iPhoneから「iPhone X」までは、自分たちで分解して内部構造について記事にしてきた経験がある。それ以降も、各メディアの分解レポートを追い続けてきた(自分たちで分解しなくなったのは、集積度合が上がり過ぎて、わたしたちが分解できるレベルでは変化を理解できなくなってきたからだ)。

初期のiPhoneでは、一部に普通のリード線がハンダ付けされていたりしたが、途中からすべて専用のフラットケーブルに変更されている。従来は大きな基盤の上にさまざまなチップが搭載されていたが、いまやほとんどの機能は集積度の高いAシリーズチップの内部に収められており、基盤は極めて小さくなった。

そんな17年来の変化の極みにあるのが、現在のiPhone 16シリーズだ。外見上は非常に洗練されてシンプルになり、見た目だけでは凄さがわかりづらくなっている。

その“秘密”について、核心を知るアップルのふたりに話を聞く機会を得た。ひとりは、初代モデルからiPhoneの設計にかかわり、iPhone 16シリーズを統括する立場であるiPhoneプロダクトデザイン担当バイスプレジデントに就任したリチャード・ディン。そして、iPhoneプロダクトマーケティング担当のフランチェスカ・スウィートである。

ふたりの話からは、長年にわたって不思議に感じていた標準モデルとProモデルのバッテリー様式の違いや、従来モデルとiPhone 16シリーズの根本的な違いは何なのかといった疑問を解明することができた。その詳細について、以下に解説していこう。

標準モデルと「Pro」との決定的な違い

みなさんは、iPhoneのProモデルと標準モデルの決定的な違いは何だと思われるだろうか。カメラの数なのか、それともプロセッサーの性能か、外縁部の素材なのか──。

実は根本的な違いはバッテリー形状にある。iPhone Xの系譜であるProモデルには、2つのセルを接続したL字型のバッテリーが搭載されている。これに対して「iPhone 8」の系統である標準モデルは、単セル(1つのセル)の四角いバッテリーだ。そして、これが製品に決定的な違いを生み出している。

ProモデルはL字型バッテリーを採用したことでコストは上がるが、広いスペースをチップセットやカメラに割けるようになった。そして、その性能向上と高コストに裏付けられた商品価値をつくり出すために、ステンレスやチタンなどの高品位な素材を外縁部に採用している。

これに対して標準モデルは、単セルのバッテリーによって低コストを実現できている一方で、中央部に大きくバッテリーが陣取ることになる。このためカメラを搭載するスペースが限られ、チップセットの放熱に割けるスペースも限られてしまう。こちらはアルミのシンプルなボディを採用することで、必要十分な性能と優れたコストパフォーマンスを実現している。

「iPhone 16...

「iPhone 16 Plus」の内部。左から液晶パネルの裏側、メインロジックボードの背面側、そして背面パネルを開いたところ。この背面パネルの黒い部分の一部には、放熱効率を向上させるグラファイト・クラッド・サブストラクチャー(炭素素材を接合したアルミのクラッド素材を用いた構造)が採用されている。

Photograph: Apple

「ご存じの通り、iPhone 16(と16 Plus)は空間写真や空間ビデオを撮影するために、垂直に配置されたカメラを備えた新しい背面デザインを採用しています」と、iPhoneプロダクトマーケティング担当のスウィートは説明する。「ラインナップ全体にわたってバッテリーが大きくなり、システムの効率性が大きく向上しています。さらにProモデルでは、より大きなディスプレイ、革新的なバッテリー技術、光学5倍ズームのカメラを搭載し、さまざまな機能が大きく進化しています」

最も重視されていた熱設計の最適化

「iPhone 16シリーズでとにかく重視されたのは、熱設計の最適化です」と、iPhoneプロダクトデザイン担当バイスプレジデントのディンは言う。

iPhone 16シリーズからは標準モデルでもアップルの人工知能(AI)である「Apple Intelligence」に対応したことで、従来より高い処理能力が求められ、多くの電力を消費することになる。それゆえに電力効率の向上のみならず、放熱性を抜本的に改善する必要があったのだ。

あくまで体感ではあるが、「iPhone 15 Pro」は本体が熱くなりがちだった。今年の夏が暑すぎたこともあるだろうが、ほかにも「iPhone 15 Proが熱くなりすぎる」という報告は上がっており、第1世代の3nmプロセスで生産された「A17 Pro」チップを搭載した上での熱設計は限界に達していたのかもしれない。

「iPhone 16 Plusでは、プロセッサーと電源ユニットを中央に配置し、新たに設計された放熱構造により均質な熱分散を実現しています」と、ディンは説明する。また、背面パーツには炭素素材を接合したアルミのクラッド(接合)素材が使われており、これにより3Dグラフィックを多用したゲームなどをプレイした際に最大30%高い持続パフォーマンスを発揮できるようになったという。

これに対してiPhone 16 Proでは、100%リサイクルアルミニウムでつくられた新しい押し出し成形素材を切削加工したシャシーを、チタン製のクラッド素材を用いたフレームにレーザー溶接し、放熱性能を最大限に高めている。「iPhone 16と同様のグラファイト・クラッド・サブストラクチャー[編註:炭素素材を接合したアルミのクラッド素材を用いた構造のこと]も備えており、持続的なパフォーマンスを20%以上も向上させる革新的なアーキテクチャーになっています」と、ディンは自信を見せる。

発熱の少ないAシリーズチップをもってしても、Apple Intelligenceのように処理が“重い”機能は大きな発熱源になることが予想される。iPhone 16世代は放熱性能を大きく高めることで、Apple Intelligenceを安心して使えるハードウェアになっているわけだ。

カメラが進化した影響

iPhone 16(と16 Plus)を前世代モデルと比べると、大きな特徴はメインカメラと超広角カメラが縦に並んでいる点にある。これにより、従来はProモデルでしか撮影できなかった「Apple Vision Pro」で楽しめる空間写真や空間ビデオを、標準モデルでも撮影できるようになった。しかも、超広角カメラはF値が2.2から2.0へと向上しており、カメラユニットはサイズが大きくなっている。

iPhone 16 Plusの内部。カメラが縦に並んだことでバッテリーの高さが制限され、幅が拡大した。これまでバッテリーの横にあったチップセットはさらに集積度を増し、バッテリーより上に移動している。

iPhone 16 Plusの内部。カメラが縦に並んだことでバッテリーの高さが制限され、幅が拡大した。これまでバッテリーの横にあったチップセットはさらに集積度を増し、バッテリーより上に移動している。

Photograph: Apple

この大型化したカメラユニットを搭載するために、バッテリーを搭載するスペースは大きく制限されている。このためバッテリーは縦に短くなったぶん、横幅が広くなっている。

これに伴い、従来はバッテリーの横に配置されていたチップセットは、上部のカメラの横に移動することになった。これによりA18チップセットをiPhoneの中央近くに配置できるようになり、熱処理の観点からはメリットが大きくなったというわけである。

iPhone 16 Proは、さらに大きなスペースをカメラに奪われている。従来よりセンサーのサイズが大型化したメインカメラと併せて、超広角カメラにも4,800万画素のセンサーを採用したからだ。さらに、センサーシフト式の光学手ぶれ補正機能をもつテトラプリズム式の光学5倍ズームカメラまで搭載している。いかに大きなスペースをカメラに割いているのかは、以下の写真を見ていただければわかるだろう。

iPhone 16 Proの内部構造。3連カメラ、特に光学5倍ズームカメラに大きなスペースをとられている。iPhone...

iPhone 16 Proの内部構造。3連カメラ、特に光学5倍ズームカメラに大きなスペースをとられている。iPhone XからProモデルで伝統的に採用されてきた2セルを接続したL字型バッテリーによって、スペースを確保している。存在感が増したスピーカーユニットにも注目。

Photograph: Apple

しかし、それでもさらに多くの機能を集積度の高いA18 Proチップに搭載し、大きなスピーカーを詰め込む空間を確保して高い音質を実現するなど、iPhoneにおける技術革新は続いている。

このA18チップセットの搭載を可能にしたのが、iPhone XからProシリーズへと続くL字型のバッテリーだ。iPhone 16 Proではバッテリーセルを金属筐体に収め、バッテリーの化学的な組成をさらに進化させ、エネルギー密度を高め、長い稼働時間を実現している。

チップセットはどんどん小さく高性能になって省電力化が進み、バッテリーのエネルギー密度は高まる。そして、わずかな空間の使用方法を検討することで放熱性能を高める。その結果、カメラやスピーカーなどの注力したい機能や性能のために使えるスペースが確保される、というわけだ。

こうして、iPhoneの性能とクオリティは向上し続けている。「カメラコントロールやアクションボタンなどの新しい機能の追加は、システム設計やコンポーネントの小型化、そして多くのチーム間のコラボレーションによって実現しているのです」と、ディンは胸を張る。

マイクの性能が向上したメカニズム

iPhoneの最新モデルは、驚くほど高いオーディオ性能を誇る。試しに、iPhone 16 Proのスピーカーで音楽を聴いてみてほしい。従来はスマートフォンに内蔵されたスピーカーで音を鳴らすとシャカシャカした安っぽい音だったものだが、いまやそんなことはないのだ。

気付きにくいが、性能の向上が著しいのがマイクである。音声通話をしてみればわかるが、iPhone 16 Proユーザーの声は、にぎやかな場所でも驚くほどクリアに相手に届いているはずだ(自分では確認しにくいことではあるが)。

YouTube用のビデオ撮影やポッドキャスト用の音声録音にiPhoneを利用している人なら、この恩恵を実感していると思う。アップルはiPhoneのマイクのクオリティを「スタジオ品質」と表現しているほどなのだ。

実際のところiPhone 16シリーズには、4個のマイクが搭載されている。上部のディスプレイ側とカメラ側、そして下部に2個である。

iPhone 16...

iPhone 16 Proの内部。左から液晶パネルの裏側、メインロジックボードの背面側、そして背面パネルを開いたところ。金属製の筐体を採用したL字型バッテリーが特徴。マイクは表面の本体上端の中央と、カメラ側にあるLiDAR(レーザー光を用いたセンサー)の横、そして本体下部に2つが搭載されている。

Photograph: Apple

これらのマイクは、さまざまな仕組みを使うことで周囲のノイズを取り除き、クリアな音声を捉えられるようになっている。その仕組みについて、ディンは次のように説明する。

「ひとつは複数のマイクの位相差を利用すること。話している人の声の方向をそれぞれのマイクに届くタイミングのズレから感知することで、それ以外の方向から聞こえる音を減らすことができるのです」

さらには高度なアルゴリズムも用いているのだと、スウィートは補足する。「機械学習アルゴリズムを用いることで録音データから風切り音を検知し、軽減します。これにより、多くのビデオグラファーやポッドキャスターのように屋外で録音する機会が多い場合に、オーディオの品質を大きく向上させることが可能になります」

すでに、アップルのプロモーション映像や事前録画された発表会の映像がiPhoneで撮影されていることは、よく知られている。その映像の美しさには定評があるが、それだけでなくアップルはオーディオの品質も“プロレベル”に高めようとしているのだ。iPhone 16シリーズで録音・録画する機会があれば、ぜひその点にも注目してほしい。

「完全なる刷新」の繰り返しが意味すること

iPhone 16シリーズの筐体の内部に、いかに多くの“進化”が詰め込まれているのか理解していただけただろうか。アップルは外見上は「いつものiPhone」であることをアピールし、実際に同等のサイズ感と形状も維持している。だが、その中身は毎年、そして今年も激変しているのだ。

機会があれば、過去のiPhoneの内部構造と今回の写真とを見比べていただきたい。毎年、その年に求められる性能に合わせて、完全にゼロから設計されていることがわかるだろう。

普段はまったく表に出てこないiPhoneの内部構造だが、それらを熟知しているアップルのディンとスウィートが読み解いてくれたことで、核心に近づくことができた。要点を改めてモデルごとに整理すると、以下のようになる。

iPhone 16(と16 Plus)は、空間ビデオの撮影に対応するためにカメラが縦に配置されたことで、バッテリーがより正方形に近くなった。結果的にチップセットの位置は従来のバッテリーの横から上側に移動したが、これにより放熱効率が大幅に高まり、Apple Intelligenceに対応できるだけの放熱性能を確保できている。

iPhone 16 Pro(と16 Pro Max)は、さらに大型化したカメラモジュールを搭載するために、スピーカーなどの配置を変更。ProモデルならではのL字型バッテリーは金属製の筐体に収められ、セルはエネルギー密度が向上している。さらにiPhone本体は、アルミニウム製のシャシーと周囲のチタニウム製フレームをレーザーで溶接したことで、これまで以上に放熱性能を高めた。

これが今回の取材で明らかになった、iPhone 16という世界で最も“緻密”なデジタル製品の秘密なのである。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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