大ヒットした無料通話アプリ「LINE」の裏側

サーヴィスインからわずか11カ月でユーザー数が全世界3,500万人(国内1,600万人)を突破。4月にリリースした「LINE camera」は1カ月で累計500万DLを記録。ほぼ同時にリリースした初のマネタイズ機能「有料スタンプショップ」も評判上々。いま、無料通話アプリ「LINE」の勢いが止まらない。開発元のNHN Japanは競争が熾烈なスマホアプリの世界でなぜこうも勝ち続けられるのか。
大ヒットした無料通話アプリ「LINE」の裏側

舛田 淳 NHN Japan 執行役員/Chief Strategy & Marketing Officer(左)
1977年生まれ。大学在学中より、フリーランスのコンテンツプランナーとして活動後、戦略コンサルティング・新規事業開発などに従事。2009年からネイバージャパン(現・NHN Japan)へ。現在はNAVER、livedoor、そして、LINEの事業戦略とマーケティングをリードする。

堀屋敷 勉 NHN Japan ウェブサービス本部 開発1室 LINE Android Client開発担当(右)
1981年生まれ。八戸工業高等専門学校卒業後、SIerでのSE職を経て、2009年にNHN Japanに入社。NAVERなどの開発業務で活躍した後、11年6月の公開に先立って編成されたLINE開発チームの一員に。LINEのAndroidアプリ担当。

—— リリースして1年も経たないうちに、世界中で3,500万人ものユーザーを獲得と、「LINE」事業がとても好調ですね。すでに多くのメディアに質問された内容かと思いますが、まずは開発の発端を教えてください。

舛田 淳(以下:舛田) そもそもネイバージャパン(現・NHN Japan)は、2009年の設立時から明確な開発テーマを掲げていました。「世界を変えるようなNo.1ヒットサーヴィスを生み出そう」です。わたしも含め、設立メンバーはそれを前提に集った仲間でしたから、ひたすらそのゴールに向けて走ってきた。LINEもその一環というわけです。

—— 「NAVERまとめ」はすぐにヒットしましたが、なぜそこに安住せずLINEの開発を?

舛田 おかげさまでNAVERまとめは早期に立ち上がりました。が、10年くらいから、社内では「さらに世界中の人が知っているNo.1サーヴィスを」ということで、新しい企画を検討し始めていたんです。その際、最近の時流を考えて、世界的ヒットを生み出すにはスマートフォンを前提にしたサーヴィスづくりが必要と判断しました。わたしたちには、まだまだビッグヒットが必要だったんですね。

—— 舛田さんの言う「スマホを前提にしたヒットサーヴィス」とは?

舛田 まず考えていたのは、もともとPCにあったようなネットサーヴィスをスマホに移植する、という発想ではもうダメだろうということ。スマートフォンだからできる、スマホならではのサーヴィスづくりでなければ、やる意味がないと思っていました。そういう考えで市場調査をしていくと、世界中の人々がスマートフォンに期待している機能が3つに絞れたんです。

—— その3つとは何だったのですか?

舛田 1つ目はゲーム、2つ目は写真・画像系サーヴィス、最後がコミュニケーション。NHNにはすでに「ハンゲーム」があって、写真・画像系では「Pick」という画像中心のマイクロブログサーヴィスを出していたので、残ったのがコミュニケーション領域でした。

大ヒットした無料通話アプリ「LINE」の裏側

ソーシャルグラフの形成より、リアルグラフの深化に勝機を見出す

—— そこで伺いたいのは、LINEがローンチした2011年時点で、コミュニケーションをコンセプトにしたアプリやソーシャルサーヴィスは相当数ありましたよね? なぜLINEだけが、これほど爆発的なヒットを成し遂げられたのでしょう。

舛田 確かに、コンテンツや嗜好性をベースとしたコミュニケーションであったり、Facebookのような実名性を生かしたSNSなど、いろんなサーヴィスがすでに出ていました。

そこで、先行していたコミュニケーションサーヴィスが担えていないものは何か?というのを徹底的に調査・分析した結果、「サーヴィス上で新たにつながりをつくり出すサーヴィスは多くても、もともとつながっている人同士の関係性をもっと深めていくようなサーヴィスって案外ないよね」という話になりまして。

—— コミュニケーションを「生む」のではなく、「深める」ことにフォーカスした結果がLINEだったわけですか。

舛田 そうなんです。ソーシャルグラフの形成ではなく、実生活ですでにもっているリアルグラフの可視化と深化を目指したサーヴィスで、世界的に大ヒットしているものがどこにもなかった。

もちろん、スマートフォン用の無料通話アプリではSkypeなどがありましたし、チャットアプリにも世界的にメジャーなものがいくつかありました。でも、それらのサーヴィスは、アプリをダウンロードしてから面倒な設定が必要だったり、お互いにアプリを立ち上げていないと会話できなかったりと、ユーザービリティの面でシンプルでなかった。つまり、「PCっぽくて、スマホ的ではなかった」わけです。

—— なるほど。

舛田 それを、徹底的にスマートフォンでのコミュニケーションに特化して考え直せば、後発であろうとなかろうと勝てるはずだと。電話番号をベースにして、老若男女を問わず誰もがすぐに使える仕様にしたのもそのためです。リアルグラフの深化という面では、先行するサーヴィスもスマートフォンの世界ではまだ絶対的ではありませんでしたから、メンバーには「恐れる必要はない」とよく言っていました。

カメラや有料スタンプは「100%後付け」。だからうまくいった

—— では、舛田さんのおっしゃるリアルグラフの深化や、スマートフォンならではのコミュニケーションサーヴィスが今後どんな方向に進むのか、現状と未来をどう考えていますか?

舛田 未来、ですか。実は……いや、後で話しましょう(笑)。

大ヒットした無料通話アプリ「LINE」の裏側

舛田 正直に言うと、チャットと無料通話までは戦略的に開発を進めていたので、ヒットしたときは「狙い通り!」と思っていました。でも、それ以降にリリースしたLINE cameraや有料スタンプは、先々を見越して開発をしていたわけではないんです。

—— 出してみたら偶然ヒットした?

舛田 LINEのある一定の姿は見えていましたので、偶然というほど無計画だったわけではありませんが、カードやカメラ、スタンプへの展開が、具体的に最初の計画としてあったのかと聞かれれば、100%後付けだったのは確かです。

—— 100%後付けとは、言い切りますね。

舛田 チャットアプリとして始めたLINEに無料通話機能を実装した時点で、その後の具体的な展開はあえて何も決めていなかったんです。メッセージング機能と通話機能の2つは、言ってみればLINEが生み出したいリアルグラフの本質を担う部分。もしこの「本質」がヒットしなければ、あとから何で「着飾っても」意味がありません。付け足した機能がきっかけで爆発的にヒットすることなど、絶対にありませんから。

なので、まずはこの2つの機能がきちんと動くこと、そして多くのユーザーの支持を獲得することが必須の課題だったのです。しかし、その目標に達成のメドがついてきたら、その後はユーザーの皆さんの期待値やニーズと向き合いながら、柔軟に機能開発をすべきだと考えています。まずは「いま」が大事。

それに、NAVER、特にLINEプロジェクトは、せいぜい1カ月、長くても3カ月先までの開発計画しか立てないようにしています。

—— 一般的な開発計画と比べたら、相当短い期間ですよね。なぜですか?

舛田 一言でいえば、無意味だからです。わたしたちは自分たちが「未来を予知できる天才ではない」ことを知っています。いまのご時世、半年先、1年先を見越して戦略を練って事業計画どおりに開発を進めたところで、成功する保証なんてどこにもないですから。そのため、すべてにおいて「流れの中」にいることを意識して、物事を決めています。

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LINE立ち上げ当初、社内各部門の精鋭が集められた。そのひとりとして長く開発にかかわる堀屋敷。

各チームが同時多発的に開発を進めるメリット

—— LINE自体も、企画からリリースまでの期間が1カ月半くらいだったと聞いています。当初10名程度だった開発チームの初期メンバーである堀屋敷さんに伺いたいのは、「それって開発側の人間が大変過ぎないですか?」ということなんですが(笑)。

堀屋敷 勉(以下:堀屋敷) そうですね、最近は家に帰れていますが、LINEのリリース前はほとんど家に帰れませんでした(苦笑)。

舛田 まぁ、LINE関係者は特に大変だったと思います。わたしがいろいろお願いごとをするから(笑)。

堀屋敷 でも、これはいまに始まったことじゃないんですよ。例えば旧ネイバーの開発陣には、「いまコード書いているからほかの仕事は後で」みたいな空気がない。皆がいくつもの課題を共有していて、各チームがゴールに向けて同時進行で進んでいく。だから、LINEの開発でも、毎朝共有されるデータを見ながら、突然予定外の打ち合わせが始まったりするんです。このDNAは、NHN Japanになってからも変わらず踏襲されています。

LINEのチーム内では、一旦全員でいろんなことを検討して、ある仮説に至ったら、同時多発的にそれぞれのチームがベストパフォーマンスを考えて動くんですね。エンジニアがコーディングするのを待ってからじゃないと、デザイナーが動けないということもない。だから、完成までのスピードが速まりますし、コンセプトを皆がシェアしているから柔軟に動けるんです。

—— その開発のコンセプトは、誰がどうやって決めているのですか?

堀屋敷 全員です。ですよね?

舛田 そうです。もちろん、リーダーが最終的な決断を下しますが、企画・開発・デザイン・マーケティング、あらゆる関係者が日々のデータを見て、やるべきことをとらえ、PDCAを高速回転できるように動いています。リーダーが指示しないと開発が進まないという状況も、あまりないですね。

—— あえてLINE事業の成功要因を挙げるのであれば、その全体感やスピード感にあったということでしょうか?

舛田 そうかもしれません。韓国のNHN本社から来たエンジニアにも、「LINEチームの開発スピードは異常だ」と言われたほどですから(笑)。

スマートフォンアプリの世界は、それこそ世界中に競合がひしめいていて、コミュニケーションサーヴィスに限ればさらに熾烈な過当競争にさらされています。そんななかで、一発屋で終わらず、長く愛されるアプリをつくるには、常にアップデート可能で可変式の開発体制でなければダメだと考えています。

堀屋敷 わたしはSIer出身なのですが、前の職場でやってきたウォーターフォール型の開発スタイルでは、この世界では通用しません。先ほどもありましたが、すべてを流れのなかで判断して、開発し続けるスタンスが大事なんですね。

—— そこで堀屋敷さんに伺いたいのが、エンジニアは何をどう切り替えれば、LINEが行っているような開発に適応できるのでしょうか?

堀屋敷 当たり前のことかもしれませんが、愚直に最新情報を集めて、マーケットの動きや手がけるサーヴィスに対するユーザーの反応を知ることが第一歩になると思います。その前提がないと、どう動けばいいかを考える指標が得られないですから。

舛田 自ら考えて動くという点でわたしが感じているのは、最近は開発に必要なアプローチそのものがシフトしつつあるんじゃないかということ。例えば、いままでのサーヴィス開発では、自分が必要だと思うものをつくるのが「正解」だったと思うんですね。

でも最近は、ネットサーヴィスの数も、それをつくる人も、さらに言うならネットサーヴィスを使う人も、世界規模で膨大に膨れ上がっている。そんな状況下では、時には周りの人たちに「そんなの必要ないじゃん」と言われるようなものをつくることも必要だと思うんです。

—— 興味深い示唆ですね。もう少し具体的に言うと?

舛田 ちょうどLINEの開発をスタートしようとしていたときに、ある同業の方からこう言われたんです。「Skypeがあるんだから、そういうサーヴィスはもういらないのでは」と。でも、わたしはそのときにチャンスだと思いました。もし、そう考えている人が業界内で多勢を占めるのであれば、彼らは一般の人たちがSkypeを使っていない理由まで考え抜いていないと直感したからです。

Skypeはとても素晴らしいサーヴィスですが、ある程度、PCやインターネットの知識がないと、使いこなせない部分もある。だから、実際に若年層や女性層、ご年配の層などには、ほとんど浸透していないわけじゃないですか。じゃあ、本当に老若男女が誰でもすぐに始められて、その後も当たり前に使いこなせる無料通話アプリって……と考えていくのが、とても重要になるんです。「自分以外の環境」があることを想像する力というか。

当り前のことでもあるんですが、こういうプロセスで物事を考えられないエンジニアは、スマートフォンアプリやコミュニケーションツール開発の世界で、生きていくのが厳しくなっていくのではないでしょうか。

—— そういった思考プロセスで導き出されるのが、開発のコンセプトだと?

舛田 そうなります。そして、このコンセプトありきの開発をチーム全体でできるようになれば、先ほどお話したような「流れのなかで」「同時多発的に」プロジェクトを進めていくことも可能になる。そこから先は、いろんな開発が進んでいるなかで、この瞬間に最も優先度が高いものがどれかを見極めて、そこにフォーカスしていけばいいのだと思います。

そういう意味で言うと、LINE cameraなんかも「LINEの3,000万人(※開発当時)のユーザーベースを生かしたサーヴィスとは?」というLINEのプラットフォーム展開を図るという流れのなかでフォーカスしたもので、うまくヒットしてくれた。

—— 堀屋敷さんが、言わばこの「同時多発テスト」のなかで正式リリースした機能はあるのですか。

堀屋敷 わたしはAndroid対応をメインにやっているので、Android版リリースのときは「(先行してリリースしていた)iPhoneアプリじゃできないけれど、Androidだからできることって何だろう」みたいにずっと考えていました。そのなかでいろんなことを試した結果、スリープ時に受信したメッセージをポップアップで表示するのはiOSではできない特性だから、「そこで何かできるはずだ」と開発したんですね。それが、「いいね」ということになって採用されました。

大ヒットした無料通話アプリ「LINE」の裏側

年内にユーザー1億を達成するうえで、ライブドアとの協業は強み

—— LINEチームの開発スタイルを伺っていると、経営統合したライブドアとの相性もよさそうですね。ライブドアも、エンジニアが自発的に機能開発を進めていくような社風だったと聞いています。

舛田 そうですね。ライブドアとの統合で最も大きなメリットは、エンジニアを貴重な経営資源ととらえた場合、ネットビジネスをやっていくうえで必要な資源がすべて社内で調達できるようになったことです。ライブドアはサーヴァーをスケールさせる技術力に優れていることで有名でしたし、広告配信の技術やマネタイズのノウハウなどももっています。

LINEは2012年中にユーザー1億人を目標に掲げているので、それを実現するためにはいま以上に強固なインフラの構築や機能強化が大事になってくる。旧ライブドアの開発チームとも少しずつ連携を取り始めているのですが、彼らのもっている経験値はとても心強いですよ。

現在リリースしている機能までは旧ネイバージャパンの開発チームだけでしたが、今後リリースされるものは、旧ライブドアの開発チームと連携して手がけたものがたくさんできますので、期待していてください。

—— 「未来の計画はあえて立てない」というスタンスのチームに聞くのは間違いかもしれませんが、ユーザー1億人という目標を実現するために何をしていくのか、青写真があれば教えてください。

舛田 LINEはこの1年で、コミュニケーションプラットフォームとして、そして課金プラットフォームとしても大きな可能性を秘めていることがわかりました。ただ、1億ユーザーを狙うには、まだまだ成長スピードが足りないと考えています。デヴァイス対応ひとつをとっても、iOSとAndroidのほかにWindows Phone、ブラックベリーが残っていますし、さらなる多言語対応、マーケティングの拡大も必要です。

そして、何よりも大事なのは飽きられないこと。コミュニケーション関連のサーヴィスは、すぐに旬が終わってしまう傾向が強いので、そうならないように進化し続けなければ、と思っています。

—— そのための打ち手は?

舛田 それは言えません(笑)。仮にお話できたとしても、いま考えていることがリリース目前で「やっぱりいまはそういう流れじゃない」となるかもしれませんし……。先々の構想を決めたり、話したりすることには、本当に意味がないんですよ。

—— そういうお答えかと思いました(笑)。では、開発サイドで今後注力していきたいことは?

堀屋敷 いままでどおりにスピード重視、これは考える速さと手を動かす速さの両方ですが、とにかくスピーディにという点は引き続き大事にしていきたいです。ただ、同時に品質面も担保し続けないと、愛されるサーヴィスには育っていかないと思っています。その品質向上という面でも、ライブドア出身のエンジニアがもつ知見には刺激を受けていますね。

舛田 スマートフォンを手にする世界中の人が求めるコミュニケーションを提供しようと思えば、まだまだやるべきことがある。いまのLINEがいまのユーザーのみなさんのベーシックなコミュニケーションニーズを満たしたとしても、人はすぐに「その次」に期待します。ですから積極的に進化をしていくこと。いままでのように高速回転で進化することでしか、スマートフォンコミュニケーションの未来は切り開けない。わたしたちはそう考えているんです。

INTERVIEW BY KENGO ITO
TEXT BY NAOKI MORIKAWA
PHOTOGRAPHS BY TADASHI KOBAYASHI
POWERED BY 「エンジニアtype」

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