例えば、あなたが7歳くらいの子どもの親だとしよう。噂で聞いた、新しい風変りな学校に子どもを入学させようかと考えている。
いよいよ学校見学の日をむかえ、サンフランシスコのSoMa近くへと足を運ぶ。ツアーの順番に従って校舎の2階に上がり、教室を見下ろせるガラス張りの会議室へと進むと、部屋にはあなたのような親たちが肩を並べて座っている。みんな、公立学校──1クラス38人、テストは選択式で、授業の仕方も古典的──に対して不満をもっている親たちだ。席に着きながら、あなたはこんなことを考えている。「この学校、なんだか奇妙だわ」
一方のガラス越しに見えるのは、2人の教師が部屋の両端で授業をしている楽しそうな風景だ。しかし反対側に目を向けると、そこには異様な光景が広がっている。
風通しがよさそうなアーチ状のオープンオフィスに低めのソファーが置かれており、太陽の光が注ぎ込んでいる。オフィスにはフードを着た従業員が並んで座り、パソコンに向かってキッチンからとってきたスナックをつまみつつ作業をしている。そして車輪付ロボットが、オフィスをうろうろ動き回っている。
会議室の前方には、学校の創設者マックス・ヴェンティラが立っている。サンフランシスコ標準仕様のTシャツとジーンズという出で立ちで、従来の校長のイメージとはだいぶ違っている。しかし、彼がこの学校のテクノロジーの活用法や個別学習について語り始めると、だんだん彼の話に引き込まれていく。
一般的な学校教育にうんざりしていて、2万ドルくらいお金に余裕があるなら、子どもを新型小規模教育システム、AltSchoolに入学させてみるのはどうだろう。もっとも、AltSchoolはいまでは小規模とは言えないかもしれない。そして、これからますます拡大していくだろう。
2013年、グーグルのパーソナライゼーション部門の部長を務めていたマックス・ヴェンティラにより創設されたAltSchoolは、グーグルやウーバーといった大手企業の上級管理職をヘッドハンティングし、拡大し続けてきた。現在では何千ものユーザー(親、保護者のことだ)を集め、収益を上げるまで成長しており、2015年には、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグが筆頭出資者として名を上げている。
ザッカーバーグは慈善家として知名度を上げており、教育改善の先導者として知られている。そして、AltSchoolは彼のもつヴィジョンに合っているようだ。自身が設立した教育改革を目的とするNPOを通して、ザッカーバーグは1億ドルにのぼる巨額の資金をAltSchoolに投入している。
ザッカーバーグが出資する「学校」さらに拡大
「AltSchool」の筆頭株主のひとりであるマーク・ザッカーバーグ。彼がCEOを務めるフェイスブックは、個別学習に力を入れる「Summit Public Schools」とのパートナーシップも締結している。フェイスブックは、同校が「Personalized Learning Plan(PLP:個別学習計画)」と呼ばれるソフトウェア開発のサポートを行うという。
AltSchoolが公表した投資家一覧には、アンドリーセン・ホロウィッツやピーター・ティール・ファウンダーズ・ファンドといったシリコンヴァレーの大物投資機関をはじめ、eBay創始者ピエール・オミダイヤやスティーブ・ジョブズの未亡人ローリン・パウエル・ジョブズといったそうそうたる顔ぶれが名を連ねている。
AltSchoolへの投資合計額は、現時点で1億3,300万ドル(約134億3,000万円)におよぶ。だがもっと重要なのは、シリコンヴァレーで最も聡明な人たちが、AltSchoolを未来の教育へのいちばんの希望だと考えていることである。
彼らの投資メリットは何か。AltSchoolは意図的にアメリカ西海岸風アプローチをとっているわけだが、同時に生徒中心主義という革新的な教育制度を試みている。彼らの教育方法は、子どもたちが自分の関心事を自分のペースで探求するというもので、すでに数々の教育機関で採用されている。しかしAltSchoolは、いくつものテクノロジーを組み合わせることで、教室内のカオス状態をコントロールし、さらに先見の明のある教師たちが、生徒一人ひとりに合わせてカスタマイズされた教育を行っていく。その結果がこの優れた教育体験なのだと、彼らは熱を込めて言う。
学校に着いたら、生徒はまずデヴァイスを使ってチェックインする。
AltSchoolでは保育園児から中学生までが学んでいるが、ここには体育館もカフェテリアも、廊下もない。通知表や次の授業を知らせるチャイムもない。
街中の一角に身を構えるAltSchoolは、ワンルーム形式の教室を擁する建物を校舎としている。いまでは分校の数を4つにまで増やした(編註:数字は原文初出の2015年5月時点のもの。2016年9月現在は9校)。
生徒には年齢に応じて、iPadかChromebookが与えられる。デヴァイスのなかには、個人アクティヴィティやグループ活動といった授業が、生徒一人ひとりの能力に応じて「プレイリスト」として設定されている。同時にAltSchoolは独自ノウハウを駆使して、生徒の進捗状況や得意不得意を一つひとつトラッキングする仕組みも取っている。
その教育法ゆえに、AltSchoolはいま急速に伸びつつある二大ムーヴメントの交差点に身を置いている。ひとつは教育用アプリの開発に勤しむエドテック(edtech)・スタートアップの流れであり、もう一方はパーソナルエデュケーションを推進するプログレッシヴスクールの流れだ。
これらのムーヴメントとAltSchoolの違いを見出すとしたら、それはこの学校がアプリ開発と学校運営を同時に行っている点にある。そういう意味ではAltSchoolは普通の学校ではない。AltSchoolは小さなR & Dラボであり、そこでは教師とエンジニアがともに21世紀の新教育フォーミュラをつくりだそうとしている。そのフォーミュラが、系列校のみならず、ほかの公立・私立学校や専門学校にも広がりをみせることを願いながら。
もちろん彼らは、利益もあげるための活動もしている。AltSchoolはVCから投資を受けているスタートアップであり、ヴェンティラや投資家たちは近い将来このような学校がアメリカ中に広まり、子どもたちを教育しつつ、利益を挙げることを目標としている。
シリコンヴァレー基準でいったら、AltSchoolはすでに立派なサクセスストーリーだと呼んでもいいはずだ。だが教育の世界はシリコンヴァレーとは違う。真の成功をおさめるためには、ヴェンティラたちはAltSchoolを単なるテックエリートのための学校としてだけでなく、どのような学校においても教育改善の効果がみてとれる必然性を証明できなければならない。そうでなければ、潤沢な融資を受けて大勢がもつ悩みを解決するために生まれたものの、一部の人の問題しか解決できないほかのスタートアップと同じになってしまう。
AltSchoolは、これまで失敗してきた教育系スタートアップとはまったく違うのだとヴェンティラは言う。「もしわれわれが金持ちの私立学校生にターゲット絞っていたとしたら、いまやっているようなことはしてこなかったでしょう。しかし、わたしたちはこれこそが正しいスタート地点だと信じています」
AltSchoolが真に革新的なのには理由がある。教育に決定的な新風を吹かすためには、技術を開発するスタッフと、それを実際に使う生徒や教師との間のギャップをできる限り埋める必要があると、ヴェンティラは考えている。
これはヴェンティラが長期にわたりエンジニアとして活動してきた経験則に基づくものだ。彼は拡張し続けるインターネットをパーソナライズさせることにそのキャリアを費やしてきた。AltSchool創設前には、彼は検索サーヴィスのスタートアップ・Aardvarkを共同創設し、その後はグーグルのパーソナライゼーション部門のリーダーとして、「Google Now」といったサーヴィスの技術基盤をつくった。
2012年ごろ、ヴェンティラは新たなる「グーグル規模のプロジェクト」を探している最中だったという。転機は、娘が通う幼稚園を調べているときにやってきた。「嫌な経験でしたね」と、ヴェンティラは話す。その後彼は、教育関連の本を熱心に読むようになった。
ヴェンティラによると、現在のアメリカの学校教育は最低レベルの学力を共通分母として組織されているという。彼はこの教育方法を「多数派の圧政」と表現する。これは大変深刻な問題でもあるが、仕方ないと思えるものでもある。
「9歳の子どもを20人クラスに集め、教えるとしたらどうしますか? 教室にいたくない子どももいるはずです。全員が異なる興味やニーズをもち、しかも1日のなかでそれが変化する。あなたも、現行の工場のような教育モデルをとることでしょう。1日を45分の授業に分割し、子どもたちを同じ方向に進ませる。もし秩序を乱す子がいれば叱る。子どもたちの集中力が切れて彼らが退屈していても、チャイムがなるまでただ授業を続ける、といった感じです」
教育改革に携わる者でなくとも、これが最善の方法ではないということは想像に容易いだろう。しかし、個別化された教育モデルをいまの教育制度に投入するのは、何も手を加えないのと同じくらい危険だ。「教育機関は、変化を起こすことや、その変化によってどのような影響が起きるのか測定するのが苦手です。彼らは変化がうまくいかないときに、軌道修正するのも上手ではない。最大限の効果を得るために、よい変化を広めることも苦手です」と、ヴェンティラは言う。
一方で、シリコンヴァレーのスタートアップは、それを芸術の域まで押し上げることに長けている。学校で使うためのテクノロジーを開発するだけでなく、学校をつくるところから自分たちでやってみようとヴェンティラが考えたのは、ゼロから研究開発すればシステムエラーを未然に防止できると考えたからだ。
そしてそのためには、学校を従来とは根本的に違う方法でつくらなくてはいけなかった。時の経過とともに巨大化するトップダウン形式の組織ではなく、複数の小規模な学校からなる巨大なネットワークを構築するのだ。一つひとつの学校は独立して運営されるが、同時に共有されるリソースも利用することができる。2013年、ヴェンティラはグーグルを退社し、AltSchoolを創設した。
ヴェンティラはAltSchoolの教育方針について語るとき、「モンテッソーリ2.0」というフレーズをよく使う。モンテッソーリ教育では、教師が生徒に一方的に教えるのではなく、一人ひとりの子どもがそれぞれ独立したプロジェクトを通して内容を学んでいく。
この教育メソッドは約1世紀前に誕生したものだが、もし仮に発案者のマリア・モンテッソーリが今日も生きていたとしたら、彼女もまた、パーソナライズされていて無秩序になりがちな教室をうまく回すためにテックツールを使ったかもしれない。
AltSchoolは「My.Altschool」というデジタルプラットフォームを使っている。My.Altschoolは生徒のプレイリストと、そこに追加されていくアクティヴィティをチェックする。AltSchool内では、このアクティヴィティを「カード」と呼んでいる。
生徒はMy.AltSchoolのウェブサイトにログインしてプレイリストを開き、事前に教師が選んだ20〜25のアクティヴィティーカードに目を通す。これらのカードには、「オンラインヴィデオを観る」や、「サードパーティアプリで数学の演習をする」といった指示が書いてある。オンラインで行われるものあれば、そうでないものもあるが、すべてのアクティヴィティの結果はアプリに保存され、トラッキングされ、教師が次のアクティヴィティを選ぶ際の判断材料となる。教師はカードを自分で制作することもあれば、My.Altschoolのライブラリー上でほかの教師が用意したものを使用することもできる。
「どうしていままでこのシステムがなかったんだろう、と思いました」と、AltSchoolの教師のひとり、ポール・フランスは言う。彼は若く、熱心かつ積極的で、親にとっては理想の教師だ。もともとシカゴの公立学校で教師をしていたフランスは、当時から個別教育をするために生徒を小さいグループに分類して教えていたという。しかし、大人数のクラス編成とツール不足のため、完全にパーソナライズされた教育を行うことは不可能なことであった。My.Altschoolはそれを解決してくれたのだと彼は言う。
「My.Altschoolは教室を一変させました。以前だったら不可能だったことがたくさんあります。AltSchoolはこのシステムによって、教師の時間的拘束を減らそうとしているのです。コンピューターが代わりに作業をしてくれれば、わたしは教室の生徒一人ひとりに対して、もっと多くの時間をかけることができるのです」と、フランスは話す。
とはいうものの、アクティヴィティーカードを1からつくることが非常に時間のかかるプロセスだということも、フランスは認めている。その理由は想像に難くない。フランスは、カードを制作し、生徒一人ひとりの1週間分のカードをキュレートするだけでなく、カードが生徒の「個人学習プラン」と合っているかといったことをすべて確認しなければならないのだ。
個人学習プランには、各生徒が何を優先して学ぶべきかが記されている。ある生徒は読解よりも算数を優先すべきかもしれないし、またある生徒は時間の使い方を学ばなくてはいけないかもしれない。「すべて1からつくりあげているので、バックエンドの作業が大変です」とフランスは言うが、同時にこのプロセスが将来への投資になるのだと考えている。
フランスを含むAltSchoolの教師陣は、エンジニアリングチームとよく一緒に仕事をする。そうすることで、いまあるプロダクトの問題を解決したり、1日の大半をパソコンの前で過ごすプログラマーたちが教室の様子を知ることができるのだ。
死角は通常、教師たちが考えているよりも広い。昨年AltSchoolのフォートメゾン校の校長に就任したケイティー・ギボンズは、過去の事例で課題科目の進捗チェックに関して、成績評価システムに欠陥があったと話している。
だがそのような不具合は、教師とエンジニアの足並みを揃えた共同作業により少しずつ、そして着実に埋められつつある。そしてそれこそが、AltSchoolの魔法なのだ。一般的な公立学校と違い、AltSchoolでは教師サイドのトラブルに備えて、39人からなるプロダクトチームが待機している。彼らが、すぐに問題を解決し、二度と同じことが起こらないようにプロダクトを改善するのだ。
AltSchoolの教師であるマラ・ポーカーが、AltSchoolの組織体制を指して、ヴェンティラから教師たちに向けて放射される逆三角形のようだ、と表現するのもそういう理由によるものだろう。「この会社のエンジニアたちは、教師をフルサポートするためにここにいるのです。教師がここまで手厚いサポート受けることなど、普通はありえません」
AltSchoolの教師、ポール・フランスが2人の生徒を相手に授業をしている。
授業の前に、先生はその日の内容について何を知っていて、何を知りたいかを生徒たちに聞いて回る。
朝のおやつタイム。左にいる先生がパソコンで見せているのは、生徒たちがつくった動画だ。
フォートメイソン校の最年少クラスで、蝶についての授業を受けている生徒。
教師たちのサポートが自分の仕事だとAltSchoolのヴァイスプレジデント、ラジ・バティアは考えている。彼のチームは、AltSchoolの教師たちをまるで実験室のうさぎのように観察し、テクノロジーが彼らのパフォーマンスに与える影響を詳細に分析する。そのなかでも特におもしろい一例としてバティアが話してくれたのは、動作が非常に遅いツールのローディングのために、教師の労働時間の約15パーセントが使われていたというものだ。
「そのような場合、われわれはパフォーマンスを最適化したり、4ページ開かなくてはいけなったものを、ツールを使いどうしたら1ページにできるかを考えたりします。そういった部分に、作業を効率化させる可能性が隠れているのです」
バティア曰く、AltSchoolの発展とともに作業効率はどんどん上がってきているのだという。2014年にAltSchoolに入社するまで、彼はソーシャルゲーム会社のZyngaでプロダクトマネジャーをしていた。そこでは、ちょっとゲームをアップデートするだけで、何百万というユーザーから何百万というデータが集まったため、問題や改善可能な箇所を発見しやすかった。しかし、転職先のAltSchoolには当時教室が1つしかなく、データセットもあってないようなものだった。パターンを探すのが、突然難しくなったのだ。
現在、AltSchoolの教師サポートチームは、教師からの4,400以上のレポートをさばいている。なかにはドアノブを直す、あるいは蛇口の水漏れを修理してもらうといった雑務的な依頼もあるが、それでも数百はプロダクトに関するフィードバックだ。バティアにとって、これはひとつの進歩である。
とはいえ、AltSchoolの教師たちも、ただ問題を指摘しているだけではない。彼らはエンジニアリングチームと一緒になって、出席管理アプリや、校舎外で生徒をトラッキングするためのウェアラブルデヴァイスなどを開発している。親向けのアプリに、教師のアイデアが生かされることもある。また、教室のうしろからクラスの様子を1日中記録する「AltVideo」というカメラシステムの開発を手伝うこともあった。
AltVideoに録画されたヴィデオ・音声と、My.Altschoolにアーカイヴされた生徒の進捗データを組み合わせれば、いつの日か、AltSchoolに限らずすべての学校を延々と続くテストから解放することができると、ヴェンティラは信じている。
「その人が話す言葉を一言一句拾うことができれば、言語習得をモデル化するのも難しくありません。さまざまなソースからデータを集めることができれば、生徒の評価はより公平で、精度の高いものになると考えています」と、ヴェンティラは言う。
AltSchoolのチームは、アマゾンやネットフリックスといった大手企業が利用しているのと同じようなリコメンデーションエンジンも開発中だ。このツールは、生徒のプレイリストの履歴や、生徒にとってベストな学習法、得意不得意まで、My.Altschoolのあらゆるデータを利用してアクティヴィティーをリコメンドする。「このツールを使うことによって、例えば『この子は耳からの学習が合っていて、お城が大好きで、予測推定が苦手だ』といったことがわかるようになると素晴らしいですね」と、バティアは言う。このツールの初期ヴァージョンが、今年中(原文初出は2015年5月)には使えるようになるという。
AltSchoolが開発中のテクノロジーすべてが、全米にある数十数百のエドテック関連スタートアップのものと一線を画しているわけではない。違うのは、これらのツールが、それを開発しているチーム同様、相互につながって協働するところにある。
ヴェンティラの目標は、これらのツールの効果をAltSchoolの環境下で証明したあとに、彼が言うところの「21世紀教育のためのオペレーティングシステム」としてこれを教育業界全般に向けてライセンシングすることにある。それは、ほかの私立学校とパートナーシップ提携をして、その学校の教育モデルをデザインすることかもしれないし、開発したツールの一部を公立教育機関にライセンスシングすることかもしれない。
「他校がAltSchoolのオペレーティングシステムをまるまる導入するとは思えません。使えそうな一部のツールを導入し、先生の時間節約や教育の向上、あるいは前より物事へ柔軟に対応できるようになるといった効果がみられるにしたがって、徐々にほかのツールも試すようになるのではないかと思っています」とヴェンティラは話す。
「それがどれだけ大変かは理解しています。われわれは長期的な目線でこれを見ています。米国の公立学校のシステムを変革するのに20年以上の月日がかかったとしても、それは大変価値があることといえるでしょう。いますぐに成果を出す必要はありませんが、そのレヴェルの成果を出す必要はあります」
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ヴェンテイラがそのような理論武装をするのはよいことだ。近い将来、きっとそれが役に立つ。
個別学習は昨今ではちょっとした流行りとなっている。それと同時に、マーク・ザッカーバーグが自己資産約1億ドルをつぎ込んでつくったものの多くの人から失敗だとみなされているNewark schoolsのように、教育改革にはみずほらしい歴史がついてまわる。これまでも、アメリカの教育における問題点をテクノロジーで解決しようとする会社は数多く存在したが、そういった企業が失敗するたびに、学校はどんどんリスク回避に走るようになっている。
「教育におけるテクノロジーの最大の敗因は、人々がテクノロジーを、授業をよくしたり子どもを勉強に参加させるために役立つものとしてではなく、それ自体に何か内在的な価値があるものだと信じていたことにあります」。そう語るのは、前ニューヨーク市公立教育機構の委員長であり、現在はNewsCorp傘下のエドテック企業Amplifyの代表を務めるジョエル・クラインだ。「教育的視点でなく、テクノロジーの視点からこれを見るのは間違っているのです」
AltSchoolのような学校の介入の恩恵を最も大きく受けるのは、実はこういった恵まれない生徒たちが通う学校なのだと、この分野の研究者たちは考えている。
ほかにも、AltSchoolが私立学校と公立学校の間の壁を壊せない社会的要因が存在する。例えば、AltSchoolが公立学校に通う生徒とは根本的に異なる社会層において、教育理念やテクノロジーを実践していることなどだ。
AltSchoolに通う生徒の約40パーセントはある程度の学資援助を受けているが、残りの60パーセントは年間21,000ドルの授業料を支払えるような家庭環境からきている。アメリカでは、公立学校に通う生徒の半数以上が、給食の支払いを免除あるいは減額認定されていることを考えると、AltSchoolは富裕層のための学校だといえる。
現在、富裕層の生徒と貧しい生徒の格差は過去最高レヴェルに広がっていると考えられており、それは米国の人口全体でみたときの格差の大きさを大きく上回っている。この差が開けば開くほど、教育機関が直面する問題も両端において大きく異なってくるのである。
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スタンフォード大学発、「知の民主化」とオンライン教育革命
テクノロジーを利用した教育の個別化/オープン化の事例はほかにも存在する。この記事で紹介されている、インターネットを使った「フリップ・ティーチング」もそのひとつだ。講義はオンラインでのヴィデオを通じて行われ、実際の授業では教師が生徒の不明点を解決したり、ケーススタディやディスカッションをするのにあてられる。デジタルツールのおかげで、教師がより大人数を個別に指導できるようになったのだ。
しかし、AltSchoolのような学校の介入の恩恵を最も大きく受けるのは、実はこういった恵まれない生徒たちが通う学校なのだと、この分野の研究者たちは考えている。公立学校の教育改善に取り組む研究機関、Center on Reinventing Public Educationでシニアリサーチフェローを務めるラリー・ミラーは、個別学習が公立学校に与える影響を研究してきた。彼は、こういったテクノロジーを正しく導入したときのメリットは、公立学校においてより顕著に表れるという。公立学校のクラスは、もともと大人数編成であることが多いからだ。
「もし仮にクラスの3分の1、あるいは半分の生徒を1日に数時間を、エドテックを使って教えられるとすれば、1日中教壇に立って授業をしなくてはいけなかった教師はその分自由になります。かわりにその時間を、少人数制のグループ授業に当てたり、1対1でチューターをすることにあてられるのです」とミラーは言う。「テクノロジーを有効活用すれば、子どもがいままでよりも多くのことを学べるようになる可能性があるのです」
ビル & メリンダ・ゲイツ財団は近年、23の公立チャータースクールの低所得層生徒に対して、個別学習の影響に関する調査を行った。2年にわたる調査期間のなかで、個別学習を受けた生徒は個別学習を受けていない同レヴェルの生徒と比べて、より大きな学力の向上をみせたというのだ。それに加えて、点数の向上が最も大きく見られたのは、成績が下から4分の1以下だった生徒たちだった。
クラインにとって、このような結果は驚くべきものではないのだという。「テクノロジーは、非常に効果的なものになりえます。しかしテクノロジーは、効果的であると同時によいものでもなければなりません。マックス(・ヴェンティラ)は先見の明をもつ男です。しかし、彼は生徒と教師が満足していることと、そしてよい結果のすべてを証明しなくてはいけません。そしてそれが出来れば、スケーラビリティへの道のりは険しいものの、到達できないものではありません」
教室の壁には、生徒たちが授業で描いた絵が貼られている。
AltSchoolが教育改革において成功をおさめるにはまだかなりの時間を要するかもしれない。ヴェンティラもそれは重々承知している。「われわれは多くの人にとって大きな価値をもつものをつくりあげたいと思っています。きっと長い時間を要するでしょう」
ヴェンティラたちが巨大なスケールの改革を推し進める一方で、AltSchoolはすでに生徒の人生を大きく変え始めている。昔ながらの公立学校のやり方が合わなかあった生徒たちの人生をだ。デイヴッド(仮名)もそのひとりである。
ヴェンティラたちが巨大なスケールの改革を推し進める一方で、AltSchoolはすでに生徒の人生を大きく変え始めている。
デイヴィッドは13歳。大きな茶色の目をしていて、顔のそばかすとえくぼが特徴的だ。まだあどけなさが残っているが、意外なくらいおしゃべりでもある。「きびしい」という言葉を使うかわりに「厳格」という言葉を使うような少年だ。また彼は、AltSchoolを指して「異端児のための居場所」と表現するくらいの自覚はもっている。彼の担任であるクリスティー・セイファートが、「彼はいい子ですよ」と言うのも納得だ。
彼は以前通っていた公立学校で、いじめっこたちに殴られて前歯を折られてしまった。いまではこのときの経験を冗談交じりに話せるくらいの余裕がある。「殴られてよかったよ。ちょうど乳歯が生え変わる時期だったしね」
しかし問題となったのはいじめだけではなかった。教師たちはクラスをまるで牢獄のように扱っていたと、ノートをロッカーに忘れた日のことを振り返りながらデイヴィッドは言った。ノートを取りに行こうとした彼は、その授業の成績を0点にされてしまったのだ。「ああいう人たちと一緒にいたいと思わなかった」とデイヴィッドは話す。いまではデイヴィッドもAltSchoolの教師たちを家族の一員と考えられるようになっている。「ここにきてから先生と素直に打ち解けることができるようになった。それは当然の権利だと思うんだ」
AltSchoolにきてから、デイヴィッドの成績はみるみるうちに伸びていった。AltSchoolの教師たちは、前の学校であればいまごろ代数準備のコースにいたであろう彼に、高校入試を見込んで1学年上で習う幾何学を勉強させた。
「数週間自分のレヴェルやペースに合わせて勉強することができたし、ぼくのニーズにもあわせてくれたんだ」。デイヴィッドは、まるでAltSchoolの広告塔のような話し方をする。「これまで通った学校だったら『入学試験がんばってね』とそっけなく言われておしまいだったと思う」
現在デイヴィッドは自分史上、そしてAltSchool史上、とても大きな節目に立っている。あと1カ月で、同校初の卒業生となるのだ。フォートメゾン校ではデイヴィッドの卒業を祝して小さな式典を開催する予定だ。そして、彼を迎え入れることができるラッキーな高校に進学することとなる。きっとここが懐かしくなると思うとデイヴィッドは言った。
TEXT BY by LSSIE LAPOWSKY
PHOTOGRAPHS BY by CHRISTIE HEMM KLOK/WIRED
TRANSLATION BY by SATOSHI KATAGIRI