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リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略

 台湾が中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発を再開する模様です。これに成功すれば中国の首都・北京をミサイルで狙えるようになります。

 いまの台湾の総統は馬英九という人ですが、彼は中国に友好的な姿勢をもっています。だから北京を狙える長距離ミサイルの開発は停止していたそうです。

 しかしここにきて、その態度が急に変わり、開発再開となったのは一体なぜなのでしょう? また、そもそも台湾はなぜ中国を狙えるミサイルをもとうとするのでしょうか。

普天間と中国のせいで態度が変わった

 報道によれば、馬政権が態度をかえつつある背景には、普天間問題のせいで日米同盟の先ゆきが不透明になっていることと、それにタイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化していることだ、といいます。

再着手は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題を巡る日米関係のギクシャクぶりへの台湾側の懸念や、中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感と受け止められている。


…馬政権は当初、中国の首都・北京を射程圏とするミサイル開発で中国を刺激することは避けたい考えだった。また、開発停止の背景には沖縄海兵隊を含む在日米軍の「抑止力」があった。


…関係筋は「普天間問題に代表されるように、台湾に近い沖縄にある米軍の存在や役割が変化する事態もあり得る。米軍が台湾を守る力にも制限が加わる可能性が出てきたことから、抑止力を高める方向に再転換したのではないか」とみている。

毎日jp(毎日新聞)

総統府直属のシンクタンク、中央研究院の林正義・欧米研究所研究員は、「現政権は中国を怒らせたくない。日米との軍事協力についても公にしたがらない」という。  


だが、米軍普天間飛行場の移設問題をめぐる日米間の摩擦が浮上し、タイミングを合わせたように中国の軍事活動が活発化すると、馬総統は態度を変えた。昨年12月ごろから…「台湾は日米同盟を重視している。東アジアの安全と安定の要だ」と繰り返すようになった。  

毎日jp(毎日新聞)


 この報道で述べられているように、アジア・太平洋地域の要である日米同盟が揺らいでいることは、台湾にとって他人事ではありません。

普天間問題は台湾にとっても問題

先日このブログでも書いたように、沖縄の米軍基地は台湾有事への即応にも使用されます。下記の記事では、中国が少数の部隊による首都奇襲、いわゆる「斬首戦略」をとった場合に焦点をあてました。

普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり) - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 ただ上の記事では斬首戦ばかり強調し過ぎ、他の形態で台湾紛争が起こったときの普天間の機能を書き忘れました(すいません、短時間で急いで書いているので)。

 ほかの形態で紛争がおこったときにも、海兵隊のヘリ部隊が即応可能な位置にいるのは意味のあることです。中国が海から台湾へ増援を妨害している間にも、一定の航空優勢があれば空から短時間で部隊と物資を台湾へ送れるからです。

 また、部隊のみならず基地自体にも意味があります。アメリカ軍の増援、補給の受け入れおよび中継の拠点として機能すると考えられます。これは嘉手納基地だけでは果たせない機能で、報道でもでています。

米海兵隊は有事の際、普天間飛行場に兵士を空輸する大型ヘリコプターなど三百機を追加配備する。現在、同基地のヘリは約五十機のため、実に七倍に増える。

これらを嘉手納基地一カ所にまとめると、基地は航空機やヘリであふれかえる。米側は「離着陸時、戦闘機の最低速度とヘリの最高速度はともに百二十ノット(約二百二十キロ)と同じなので同居すると運用に支障が出る。沖縄にはふたつの航空基地が必要だ」と説明したという。(09年11/19 東京新聞朝刊)

 こういう次第ですから、普天間もふくめ沖縄の米軍基地は台湾有事への即応に重要です。それが今回の移設問題でモメており、日米同盟の信頼性がゆらいでいることは、台湾の防衛に悪影響を与えます。

 また、今回の長距離ミサイル開発は「中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感」のためだと報道されています。これは中国が力をいれている「接近拒否」戦略のことです。これについては下記の記事ですでに解説してあります。

中国海軍の沖縄通過は何を意味するのか? - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

 台湾にしてみれば、頼みの綱の日米同盟が普天間問題でぐらつくと、待ってましたとばかりに中国海軍がでてきて威嚇的に活動しだした、ということになります。馬政権が中国よりの態度を若干修正したとしても、不思議はないでしょう。

林研究員は「日本には早く普天間問題を解決してほしい。ただ、在沖縄米軍のプレゼンスが大きく減少するオプションを、台湾は希望しない」と語る。日台関係筋は「台湾から日米安保の後ろ盾がなくなったら、中国との交渉力は確実に低下する」と断言する。

毎日jp(毎日新聞)

台湾の防衛戦略  制空と離島防衛

 ところで台湾はそもそもどういう防衛構想をもっているのでしょうか? 台湾は第一の仮想敵を中国として、その侵略に備えています。そこには大陸に近い島国として、典型的な防衛戦略が存在します。

 もと自衛隊の松村氏(元陸将補)が台湾の軍事研究機関である「軍事科学研究院」を訪問されたとき、台湾軍の研究員はこう答えています。

台湾軍の軍備は、しっかりとした軍事力整備の理論の上に立って行われている。そこで海洋国家としての戦闘ドクトリンの最大の課題は何なのかを尋ねた。


「何といっても、制海・制空権の確保です。次いで金門・馬祖列島に対する増援の戦術的要領です。端的に言えば、小型の”ヒット・エンド・ラン”戦闘ドクトリンです」

(p191-192 「台湾海峡、波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 戦闘ドクトリンとは軍全体として「このように戦う」という考えのことです。台湾軍(中華民国軍)としては、台湾海峡の航空戦と海上戦で優位に立つことで本土の安全を保ち、また離島には増援部隊を送りこめるようにして、寄せくる中国軍を撃破する、という考えです。

 あたかも第二次世界大戦のときのイギリスのような、航空戦が鍵を握る防衛戦です。ただし台湾はイギリスと異なり、本土のみならず大陸に近い離島をも守らねばなりません。

 これらの離島は中国から近い上に、豊かな漁場に囲まれているために「漁船の密集ぶりはレーダーでは国籍を識別することはほとんどできない。このことは、もし中国軍が武装漁船で金門・馬祖島を攻撃してきたら、海上で撃破することは不可能に近い、ということ(前掲書p91)」になります。

 従って離島に敵の上陸を許した後、守備隊が持ちこたえている間に増援を送りこんで、敵軍を撃破します。そのときは台湾の海兵隊に当たる海軍陸戦隊をはじめとする陸上戦力が海から投入されることになるでしょう。

 離島への増援派遣にも、台湾海峡上空の航空戦で台湾側が押していることは重要です。台湾が空軍にたいへん力をいれてきたのはこのためです。

もし中国が弾道ミサイルを撃ってきたら、上海を爆撃する


 台湾軍は領空外での活動や、敵地への反撃をも含めた防衛戦略をとっています。これは同じ島国でも日本の”専守防衛”とは大きく異なります。例えば台湾空軍について、松村氏はこう述べています。

彼らの主戦場は、台湾海峡であって台湾の上空ではない。敵機を台湾上空に侵入させるようでは、台湾を防衛することにはならないことを肝に銘じて知っている。専守防衛をうたい、領空内での戦闘しか考えない日本の自衛隊とは大違いである。(p99 松村)


 また、日本では「敵基地攻撃能力」を持つか持たないかの議論がたまにおこります。北朝鮮が弾道ミサイルを開発しているので、向こうが撃ってきたらその基地へ反撃する能力がいるのではないか、いやそれは憲法違反だ、という議論です。

 台湾においてはそんな議論はなく、反撃能力を昔から保有しています。中国は多数の弾道ミサイルを備え、これを「第二砲兵」と称して台湾を狙っています。

 もし弾道ミサイルで攻撃されたら、台湾はどうするのでしょうか? 松村氏が軍事科学研究院の研究員に尋ねると、こういう返事が返ってきたといいます。

「通常弾頭の戦略ミサイルによる攻撃はどうですか?」


中国が台北に戦略ミサイル攻撃をすれば、われわれは上海を火の海にしますよ。どちらが損か、中国はよく承知していると思いますがね。

……いずれにしても金門・馬祖島上空を覆う中国空軍機を追い払う必要があります。その有力な方法が上海空爆です。彼らは上海防空に躍起となるでしょう。その分だけ金門・馬祖列島へ襲い掛かる中国空軍機の戦力が少なくなります。


”攻撃は最大の防御”ということでしょうか」(p194 「台湾海峡波高し 素顔の台湾軍」松村劭


 このようなわけで、大陸へ爆撃をかけることには2つの意味があります。1つには報復措置を持つことで、弾道ミサイル攻撃を抑止することです。もう1つは中国の戦力を本土防空のために分散させ、台湾海峡への戦力集中を妨たげることです。

 従って中国の本土にたいする攻撃能力を持つことは、台湾にとって重要なことなのです。こういった備えを持つことで有事の際に負けないようにし、それによって「攻め込んでもうまくはいかないだろう」と中国に判断させることで有事そのものを未然に防ぐ(抑止する)効果を狙っています。

劣勢になった台湾空軍

 ところが、そのために肝心の台湾空軍は、もはや台湾海峡上空での航空優勢すら危うくなった、といわれています。中国空軍が急激に強大化したせいです。それでは大陸に爆撃をかけても成功するとは限らず、かえって台湾空軍の方が戦力を消耗して、海峡上空の戦いで不利になってしまうかもしれません。

 台湾軍が新しい長距離ミサイルを開発し、その射程を上海から北京まで延ばそうとすることは、この文脈から理解すべきでしょう。上海はもちろん、北京にまでも巡航ミサイルや弾道ミサイルを撃ち込めることになれば、中国はそれを警戒しないわけにはいきません。対空ミサイル、戦闘機といった戦力を各所に配備せねばなりません。また「弾道ミサイルを撃ち込んで脅したら、向こうも北京へ打ち返してくるかも」ということになれば、軍事力を用いるのに慎重になるでしょう。

 このような台湾の防衛事情があるところへ、普天間移設でモメて日米同盟が不安定化し、それを見計らったかのようなタイミングで中国海軍が存在感を誇示してみせました。その結果が、中国に配慮して停止していた長距離ミサイルの開発再開なのではないでしょうか。


引用文献

台湾海峡、波高し
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松村 劭
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