あの日、それは 2003年。なぜ今になって? という疑問はありますが、CD BabyのDerek Sivers氏のお話です。
Derek Sivers氏はCD Babyの創設者。1987年からミュージシャンとして活動。1998年に自分のCDをウェブ上で販売していると、友人から俺のも売ってくれと頼まれたのがきっかけで、CD Babyを開始。CD Babyはインディーズの楽曲をネット上で販売する最も大きなサイトで、15万人のアーティストを抱え1億ドルを売り上げる。
2003年にWorld Technology Awardを受賞。Esquire MagazineのBest and Brightest特集で「Derek Siversは音楽の売り方買い方を変えた。音楽業界の最後のヒーローの1人だと言えるだろう。」と評される。2008年にCD Babyを売却し、ミュージシャンをよりサポートするための活動により焦点をあてる。Sivers氏の会社MuckWorkはその1つで、ミュージシャンの創作活動以外の部分をサポート。Sivers氏の活動や近況はsivers.orgまたは彼のブログでそうぞ。Twitterはこちら。
2003年5月。Apple の本社にミーティングのために招待される。内容はCD Babyの持ってる楽曲をiTunesに提供するかどうかを話し合うため。
iTunesがスタートしたのはこの2週間前、大手レコード会社からの1部の楽曲だけの提供でのスタートだった。音楽業界の多くの人は iTunesが上手くやっていけるのかどうかはっきりとわかってはいなかった。eMusicのようにいくつかの会社が数年ぱっとしないのを見ていた人にとっては、大丈夫か? という思いが特に強かっただろう。
クパチーノ行きの飛行機の中で僕は、マーケティングや技術者の人ととの打ち合わせになるんだろうな、と考えていた。が、実際に到着してみると、僕だけでなく百人近い中小レコード会社関係者が呼ばれていた。何が起きるかわからないまま、僕たちはみんな小さめのプレゼン用会議室に通された。
そこで登場したのはスティーブ・ジョブス氏! 驚きの声!
完全プレゼンモードのジョブス氏は、楽曲をAppleに提供するように我々を説得。iTunesの今までの成功例、加えて提供したほうがいいと思える様々な理由を説いていくジョブス氏。ジョブス氏の説得の焦点は「AppleはiTunes Music Storeで全ての楽曲を取り扱いたい。今まで録音された全ての楽曲を。廃盤になったものもあんまり売れなかったものも、全て!」という一点だ。これは僕にとってとても魅力的なことだった。2003年まで、インディーズミュージシャン達は大きな売り手市場には無縁だった。ところがAppleはどこかの大きなレコード会社と契約を結んだアーティスト以外にもその門を開けて販売するという、なんて素晴らしいことだ!
その後、iTunes で曲を提供するために使用しなければいけないソフトウェア(各アルバムをMac CD-Romドライブにいれ、アルバム情報や、歌のタイトル、歌手のバイオ等を入力してエンコードしてアップロードするためのもの)のデモが行われた。そこで僕がこのソフトウェアを使うのは必須条件かと訪ねると、YESの返事が。僕はWAVファイルにエンコードされミュージシャン自身が情報を入力したアルバムがすでに10万タイトル近くあるのだが、と尋ねると、やはりこのAppleのソフトウェアを使ってエンコードしてアップしなければいけないと言われた。むむ、全部の楽曲をこれ専用にまたエンコードして全タイトルをコピーペースとして...面倒だ、とは思ったが、それがAppleから言われたやり方だ。従うほかない。
Apple曰く、数週間のうちにはアップロードが可能になるという。
その日のうちにとんで帰って、この会議のノートをウェブにポスト、クライアントのミュージシャンにこの喜ばしいニュースをメール。そして就寝。
次の朝、目が覚めた僕を待っていたのはAppleからのメールと留守電。内容は「何しくれてるんだ! 会議の内容は内密のはずだ。サイトからすぐに会議の内容のポストを消してください! うちの法律チームがひどくご立腹です!」会議が内密だなんてどこにもそんなの記されてなかったし、そんな内容の書類にサインした覚えもない。けどここはひとつ穏便にと、サイトから関連ポストを削除。(他の誰かがコピーしてポストしたものを今でもここで見ることができます。)
よし、これで大丈夫だ。...少なくとも、僕は大丈夫だと思ったのだが。
Appleから iTunes Music Storeの契約書が送られてきた。直ちにサインしてその日のうちに送り返した。
そこからは、楽曲をiTunesに提供するためのシステムを作り始めた。
僕は、楽曲をエンコードして情報入力してアップロードする、そのデータ通信と人件費のつもりでこのサービスに40ドルを課金することにした。5000人ものミュージシャンが40ドル支払い先行契約を。これによって20万ドルの運営資金ができた。この作業をするための人件費、または必要な機材に使うことができるお金である。
さらに2週間もしないうちに、Rhapsody、Yahoo! Music、Napster、eMusic等から連絡がきた。どこもうちの楽曲を提供してほしいと言う。
やった! やったぞ!
今となってはたいしたことではないかもしれない。しかし2003年の夏はインディーズ音楽にとって何かが変わった熱い夏だった。それまで大手市場がインディーズの音楽を販売することはなかったのだ。(だからこそ僕がCD Babyを始めたわけで。)
iTunesが全ての楽曲を欲しい! と言いだしたことで、競合相手達も同じように全てを欲しがり始めた。僕たちも舞台にあがった。2003年より、全てのミュージシャンが自分達の楽曲をどこででも販売できる、そんな夢のようなことができるようになったのである。
しかし、ここで1つ問題が。
iTunesからの連絡がまだなかった。
YahooもRhapsodyもNapsterも他の会社もどこも始めたというのに、iTunesだけ我々がサインした契約書をまだ送り返してこない。契約が始まらない。なんで? 僕が会議の内容をウェブにポストしたから? ジョブスを怒らせたの? Appleからは全く連絡なし。数ヶ月が経過。うちのミュージシャン達もさすがに苛立ち始めた。楽観的に考えてごめん、と言っていた僕もさすがに心配になってきた。
そして10月。スティーブ・ジョブスのとあるキーノートプレゼンテーションが。
人々はiTunesの楽曲の少なさを酷評。iTunesには当時30万タイトル、RhapsodyやNapsterは200万タイトル以上(内50万タイトルくらいはCD Babyからのもの。)
その時だ。ジョブス氏がとある発言をして、僕の鼓動は早くなり胃が熱くひっくり返りそうになった。
ジョブス氏は言った「この(30万という)数字は、どんな音楽でもOKにしてしまえば簡単にあげることができる。でもそうはしない。なぜならiTunesに楽曲を載せるために、サービスと称して課金するようなレコード会社があるからだ。私と君が曲を作るとする、そして40ドル払って中間業者を経て楽曲販売のためのサイトに曲が乗る。40ドルはらってRhapsodyやら他のとこやら、そういうとこに曲を載せてもらうんだ。そのようなものは我々のサイトにはいらない。だからそういったものは切り離した。そうしてうちには質のいい40万タイトルだけを載せた。」
(トップ動画の3:45のあたり)
なんとまぁ! スティーブ・ジョブス、今完全に僕をディスったぞ!40ドル課金してるのはうちだけだ。ジョブスが今ディスったのは絶対僕だ。
わかった。ジョブスは考えを変えたんだな。インディーズはiTunesにはいらない。おっしゃるとおり。わかったよ。
1998年に会社をはじめてから、自信を持って素晴らしいサービスを提供してきた。約束をし、それを果たしてきた。なぜなら約束を果たすためのコントロールが100パーセント自分にあったからだ。今、この瞬間、今回初めてそのコントロールが自分にない約束をしてしまっていたと気づいた。これはもうできることをやるしかない。正しいことをするしかない。どんなに大変でもやるしかない。
僕は、40ドルを支払った全ての人に謝罪と共に返金をはじめた。5000人ものアーティストがサインしたサービスだ、つまり僕は20万ドルの返金をしなければいけなくなった。
完全に約束できないなら、良心から考えて課金をすべきではない。そこで以下4つのことをやった。
・サイトからiTunesの表記を削除・40ドルの課金をやめて無料サービスに
・文章を「約束はできない」というものに変更
・関係者全員に何が起きたかの説明メールを送信
この瞬間から、このサービスは無料のサービスになった。
そして次の日、ついにAppleからサイン済みの契約書とアップロードの方法が送られてきた。はぁ、信じられない。なぜこのタイミングで? ときいても返答はなし。
くそう。勝手にしやがれ、くそApple野郎!
ただちにエンコードとアップロードを開始。会社のサイトにiTunesの表記をこっそり追加しなおし。しかし、これで学んだ。これからは自分が100パーセントのコントロールを持てないものに対して約束をすることは絶対にしない。
100パーセントのコントロールか。大きな力と約束の関係。自分の意図しないところで何かがマイナスに働く。なるほど。
それにしても2003年の話を今するなんて、この経験を思い出す何かが最近あったのでしょうかね?
Derek Sivers - CD Baby(そうこ/原文)