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世界的なブランドは、テレビや新聞を使った広告ではなく、ニュースによって生まれている。広告からPRへとシフトする時代の潮流をいち早く読み解いたのが、『ブランドは広告ではつくれない』の共著者・アル・ライズ氏だ。ネスレ日本代表取締役社長兼CEO・高岡浩三氏が、ポジショング理論の大家であるアル・ライズ氏を語る。(構成/新田匡央)
経営とは、マーケティングそのものである
――アル・ライズ氏は、その後も精力的にマーケティングに関する本を刊行されています。『Positioning』(邦訳『ポジショニング戦略』)以外で、高岡さんが啓発された本はありますか。
高岡浩三(以下、高岡) アル・ライズと娘さんのローラ・ライズとの共著『Rising PR Falling Advertise』(邦訳『ブランドは広告でつくれない』)です。書かれていたのは「もう広告には力がなく、PRが大事だ」という考え方です。マイクロソフトやデルコンピュータなどの世界的ブランドは、広告で確立されているのではなく、ニュースで消費者を惹きつけているというのです。
私自身、すでに、テレビ広告の効果が薄れていることに気づいていました。〈ネスカフェ〉のような誰でも知っているブランドに広告投資をしてもリターンが生まれないのです。10億円の設備投資をする場合は厳しい審査にさらされるのに、広告費はさしたる審査もなく10億円かけられる。一方で、テレビの情報番組に白衣を着た専門家が登場し、赤ワインやチョコレートのポリフェノールが体にいいと言えば、翌日にはスーパーの棚から商品が消える。これはどういうことだと疑問を持っていました。
当時はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もなく、グーグルで簡単に検索することもできませんが、その理由が、『Rising PR Falling Advertise』には明快に書かれていました。マイクロソフトもデルコンピュータも、テレビ広告など見たことがありません。にもかかわらず誰もが知っていたのは、ニュースがあったからだというのです。
新興国は消費者に物が行き届いていないので、広告が商品の購買につながることがあります。日本も長くそういう時代がありました。しかし先進国では、モノが満ちあふれて足りないものがないため、消費者が広告には踊らなくなったのです。むしろ、利害関係がないと思われる専門家が話すから信用される。これが、広告とPRの違いです。
2000年から始めた〈キットカット〉の受験生応援キャンペーンの実施は、この本を読んだことが一つのきっかけにもなっています。たまたま〈キットカット〉と「きっと勝つ」という語呂合わせが九州から聞こえてきました。これをもっと多くの人に広めるため、受験生を応援したい第三者とパートナーシップを組むことにしました。最初は、都内のホテルが、宿泊した受験生にキットカットを配りました。〈キットカット〉は「きっと勝つ」と思われている、というニュースをつくったのです。
人はニュースを欲しがっています。SNSが発展した現在、この流れはいっそう早まっています。ただ、アル・ライズも私も、広告をすべて否定しているわけではありません。たとえば、ユニクロが、新たに開発したヒートテックという技術を世の人々に広く知らしめるためには、広告が最適な方法でしょう。
ネスレでも、〈ネスカフェ〉でかつてのように「違いがわかる男」という広告はしていませんが、〈ネスカフェ アンバサダー〉については広告しています。それは、世の人々にまだ広く知られていない〈ネスカフェ アンバサダー〉を周知するためです。広告はどのような効果を生み出すか。それを徹底的に分析し、選別したうえで広告を打つべきなのです。
――〈キットカット〉以外で、ニュースをつくることを意識された取り組みはありますか。
高岡 大学生の採用はその一つです。グローバル人材が必要だと言っているわりに、日本企業はリクルートの方法を何十年も変えていません。ネスレ日本でも、長く外国人経営者がトップにいたこともあり、私がCEOに就任するまで、人事や営業などの日本的な慣習には手をつけてきませんでした。
そもそも、面接だけで学生の資質を見抜ける採用担当者がいるのでしょうか。ネスレ日本は、試験と面接による採用をやめて、年齢・学歴・国籍などの採用対象を限定せず、選考時期や選考方法を選択できる通年採用をしています。新卒一括採用をやめたことで、新聞社から取材をされました。これはニュースをつくったと言っていいでしょう。もちろん話題性だけではなく、このプロセスを採用したことで、実際に入社する人材の質が驚くほど高まりました。
新しい採用プロセスを通じて、ネスレが求める人材しか採らないので、数合わせの採用という発想はありません。工場でも団塊の世代を中心に退職者が増えていますが、人材が足りなければ足りなくても回るように生産性を上げればいいのです。機械化の推進や期間雇用の拡大など、方法はいくらでもあります。どうしてもスキルを持ったスペシャリストが必要なときは、中途採用で採用すればいいのです。
就職人気ランキングで上位100社を目指す企業が多いなか、私はむしろ、そのランキングに入りたくないと考えます。そのランキングに投票したなかで、どれほどの学生がネスレ日本が求める人材なのでしょうか。大量の募集によって学生を選別するコストが生じますが、それは消費者の付加価値にはつながりません。
実は、私が社長になって間もなく、人事部門にマーケティング部門出身の人間を送り込んでいます。応募してくる時点で、すでに選抜されている。そんな状態をつくり、消費者に付加価値を与えることもマーケティングと言えるのでしょう。
――最後に、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2014」に期待されることをお聞かせください。
高岡 経営は、英語で「マネジメント」と訳されます。それは、工場の従業員をいかに長く真面目に働かせるかというところから経営がスタートしているからです。人を管理(マネージ)することからマネジメントと訳されたのでしょう。しかし、私はそれに疑問を持っています。
消費者に付加価値を提供するからこそ、営利活動が成立します。その付加価値をつくるすべてのプロセスがマーケティングだと私は理解しています。そうであるならば、営業やマーケティング部門だけの話ではなく、製造現場、サプライチェーン、人事、ファイナンスなど、経営活動のすべてに顧客への付加価値を生み出すプロセスがなければいけません。だからこそ経営はマネジメントではなく、マーケティングと言い換えるべきなのです。
商品やサービスだけでなく、人事制度のあり方、サプライチェーンのあり方など、すべての分野でイノベーションを起こすことができます。すでに価値を生まなくなった方法は、もっと価値を生む方法に変えていかなければならないはずです。
日本は、戦後に築かれた「ニッポン株式会社モデル」の上に成り立ってきました。日本人は、真面目で勤勉なため質の高い労働力を提供する一方で、人口が激増し続けたために労働者コストは安い。また企業の大株主は銀行のため、銀行からお金を借りて成長しながら十分な配当をしない。
これだけの条件が揃っていれば、プロの経営者は必要ありません。業績が少しぐらい悪くてもクビにされず、次期社長は前の社長が指名します。株主からの圧力がないのでガバナンスも働きません。あの時代に日本が勝っていたのは、決してマーケティングが優れていたからではないのです。
バブル崩壊という大転換期にも、それは変わりませんでした。その変化を補うマーケティングという発想がなかったので、勝つための戦略が生まれなかったのです。日本は経済先進国ですが、「マーケティング後進国」だと言えるでしょう。
日本の閉塞感は、マーケティングの欠如によるものと断言できます。マーケティングには、何か問題が起こったとしても、それをオポチュニティ(機会)に変える精神があるからです。六重苦だと騒いで政府に頼っても仕方がありません。プロの経営者は、厳しい環境下でも、危機を機会に変えることを考えなければならないのです。
経営活動のすべてにマーケティングがあり、危機を機会に変える経営者が数多く現れれば、日本にはまだまだ期待できるでしょう。「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2014」が、その啓発の場になってほしいと思います。
【編集部からのお知らせ】
9月24日・25日の二日間、世界中からマーケティングの巨星が結集!
ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2014
日程:2014年 9月24日(水)10:00~18:45(予定)
9月25日(木)9:30~17:40(予定)
会場:グランドプリンスホテル新高輪「北辰」
登壇:フィリップ・コトラー、デビッド・アーカー、アル・ライズ、ドン・シュルツ、高岡浩三(ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)、新浪剛史(サントリー顧問 10月1日サントリーホールディングス株式会社CEO就任予定)、吉田忠裕(YKK代表取締役会長)、魚谷雅彦(資生堂代表取締役執行役員社長)ほか。
申込:お申し込みはこちらから。
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