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東京レポート

世界標準になれなかった「一太郎」 ジャストシステムが身売り
東京レポート
2009年4月23日 11:24

「一太郎」--。かつては日本語ワープロソフトの代名詞であったが、世界標準競争に敗北。その「一太郎」を看板製品としている、ジャスダック上場のジャストシステム(徳島市、浮川和宣社長)は身売りすることになった。1995年をネット元年とすると、それ以前の世代に愛用された「一太郎」の時代は終焉を迎えた。

<キーエンスの傘下に>
 業績低迷が続くジャストシステムは4月20日、東証1部上場のFA関連メーカー、キーエンス(大阪市、滝崎武光会長)を引受先とする第三者割当増資を実施した。キーエンスは総額45億円を引き受け、発行済み株式の43.96%を保有する筆頭株主になり、ジャストシステムを持ち分法適用会社にした。
 ジャストシステム創業者の浮川和宣社長は、キーエンス出資後も社長職にとどまるが、持ち株比率は23.96%から13.43%に低下し、初めて筆頭株主の座を降りる。
 ジャストシステムの2009年3月期の連結最終損益は19億円の赤字だ。最終赤字が4期連続となり、財務体質が悪化。キーエンスの傘下で再建を図ることになった。
 文書作成ソフト「一太郎」で一時代を築いたジャストシステムは、米マイクロソフトの「Word」に押されてシェアを落とし完敗した。そこに、世界標準競争を巡る優勝劣敗の法則を見ることができる。
 余談だが、筆者が初めて使った日本語ワープロソフトも「一太郎」だった。

<「一太郎」の誕生>
 「一太郎」の生みの親は、ジャストシステムの浮川和宣社長(59)と浮川初子専務(58)の夫妻。浮川和宣氏は愛媛県新居浜市の生まれで、愛媛大学工学部電気工学科に入学。そのときの同級生の紅一点が徳島市生まれの橋本初子氏だった。彼女は小さい頃から数学が得意で、高校生のときにはプログラマーになろうと決めていたという。
 73年に卒業した浮川氏は兵庫県姫路市の西芝電機に。一方、橋本氏はプログラマーになるため上京し、高千穂バローズ(現・日本ユニシス)の相模原研究所に入り、言語処理を担当した。75年に2人は結婚。浮川初子となった彼女は、姫路の小さなオフコン販売会社に再就職。販売管理システムを1人で作り納入していた。
 浮川氏は初子氏の才能を見込んで独立を決意。徳島市に戻り79年7月、浮川夫妻は初子氏の実家を事務所にしてジャストシステムを創業。オフコンの販売会社を始めた。浮川氏が営業、初子氏がプログラマー。初子氏の母親から建設会社への納入を紹介されたのが初仕事だった。
 その後、初子氏は当時としては珍しい、「かな漢字変換ソフト」を開発。82年10月に東京のデーターショーに出品したことが、世に出るきっかけになった。
 この「かな漢字変換ソフト」に注目したのがアスキーだ。アスキーは当時、NECの「PC-100」にマウスで動かせる業務用ソフトを供給する約束だったが、日本語ワープロだけは適当なソフトが見つかっていなかった。そんなとき、データーショーで日本語ワープロソフトに出会う。これが縁でジャストシステムはNEC向けのワープロソフトの開発をアスキーから受注することとなった。
 ソフト名はジャストシステムの頭文字から「JS-WORD」と命名。NECの「PC-100」に採用された。しかし、浮川氏にとってショックだったのは、「JS-WORD」がアスキーのブランドとして売られたことだった。浮川氏は「我々は下請けではない」と反発。アスキーとの契約を打ち切った。
 アスキーの下請けから独立したジャストシステムが85年8月に開発したのが、日本語ワープロソフト「一太郎」。名前は、浮川氏が学生時代に家庭教師をしていたときの病死した中学生「太郎」にちなんで命名した。
 「一太郎」は大ベストセラーとなり、日本語ワープロソフトの代名詞となった。現在、日本語入力の操作になっている、「スペースキーでかな漢字変換」、「リターンキーで変換確定」というスタイルも、元々は「一太郎」独特の操作法だ。

<マイクロソフトのWordに敗れる>
 一太郎の前に立ち塞がったのが、米マイクロソフト(MS)の「Word」である。
 MSの「ウィンドウズ95」が世に出た95年はネット元年である。ノートパソコンブームの到来によって、群雄割拠状態から抜け出て、基本ソフト(OS)の世界標準になったのがMSのウィンドウズだ。世界中のパソコンの9割以上が、基本ソフトにウィンドウズを使っている。
 日本語変換機能に関して、「一太郎」はMSの「Word」よりも数段上。かつて一太郎の機能の一部であった、かな漢字変換ソフト「ATOK」は最高水準の変換精度を誇っている。しかし、ウィンドウズをOSの世界標準にしたMSは、ウィンドウズと「Word」の抱き合わせ販売によって、「一太郎」のシェアを奪っていった。
 世界標準の「Word」に比べて、一太郎は日本だけのローカルなワープロソフト。このため市場から駆逐されていった。
 若い人のなかには、「一太郎」と言っても知らない人もいるが、依然根強い「一太郎」ファンは少なくない。官公庁や一部の企業では、公文書作成のために「一太郎」を標準のワープロソフトに指定しているところもある。
 「一太郎」の最大の特徴は、縦書きのための機能が充実していること。映画やTVのドラマの原作・脚本を手がける脚本家は、「一太郎」で執筆している。日本語の縦書き文化が続くかぎり、「一太郎」は不滅だ。「Word」は横書き文化だ。
 しかし、「一太郎」は、縦書き、原稿用紙、専用用紙など日本語ワープロとしての機能を充実させたため、世界的な規格から離れてしまうという皮肉な結末を招いた。「一太郎」は世界標準になりえなかった。
 ネットの時代には、最初に最大のシェアを奪った企業だけが生き残ることができる。世界標準の地位を獲得したものだけが勝ち残る1人勝ちの世界だ。これがIT(情報技術)時代における優勝劣敗の法則であった。

【日下淳】

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