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Pistorius, Oscar Leonard Carl
オスカー・ピストリウス
■新聞記事
『読売新聞』2004.09.22
陸上男子200で銅のフレージャー 銀はく奪から4年/アテネ・パラリンピック
東京夕刊
◆銀はく奪から4年…銅で強さ証明 長かったつらかった、200メートルの花道
陸上男子二百メートル(切断など2)で、22秒83で3位のブライアン・フレージャー(米)(31)は感慨深げだった。「僕の世界記録は今、マーロン(シャーリー、米)に塗り替えられたけど、ここまで来られて良かった。これで引退出来る」
フレージャーは、2000年シドニー・パラリンピックで筋肉増強剤ナンドロロンに陽性となり、二百メートルの銀メダルをはく奪された。マリオン・ジョーンズと同じ、トレバー・グレアム・コーチの下で、世界最速の女性と、抜きつ抜かれつの練習パートナーを務めていたフレージャーの失墜は、シドニー最大のスキャンダルとなった。
あれから4年。栄養剤にナンドロロンが含まれていたことを「証明」、国際パラリンピック委員会から、当初4年だった資格停止期間の軽減を受けて、アテネへの出場権を獲得した。
「周りから、いかさまをしたやつと白い目で見られるのがつらかった。でも逆に、それが自分を駆り立てる力にもなった。それは長い道のりだった」。フレージャーは振り返る。
「最大の理由は、陸上競技から、あんな事態を最後に身を引きたくなかったこと。これで、薬物なしの体でも速く走れることを証明出来た」
米ノースカロライナ州の大学3年の時。学校で最速の走者争いをしていた若者は、友人と走る貨物列車に追いつき、飛び乗る競争をした。手が滑り、右足のつま先と左足が、列車の車輪の下敷きになった。医師に切断を言い渡された時、衝撃と、もう陸上走者として走れないという絶望に「すぐさま失神させてくれ」と懇願したのを覚えている。
幼いころから孤児院を転々とし、5歳の時、管理人の不注意から、芝刈り機に足を巻き込まれた悲運のシャーリーとは、ライバルで友人。百メートルでどちらが先に11秒の壁を破るか、障害者の世界最速男を争い続けてきた仲だ。
走者用の義足製作技術を持ち、引退後の第2の職にと決めているフレージャーが、今回初めて頼まれて、シャーリーと、優勝したオスカー・ピストリウス(南ア)の義足の最終調整を行った。
「彼らが勝ち、僕の世界記録を破る。それはほろ苦い思いだけど、これでいいんだ」。レース後、強くその肩を抱いた。(結城和香子)
写真=男子200メートルのレース後、タイムを確認するフレージャー(清水敏明撮影)
『朝日新聞』2004年09月23日
朝刊
ピストリウス、義足生かす 陸上男子 アテネ・パラリンピック
走るというより、足裏に強力なバネをつけ、跳びはねる感覚に近い。
第5日の男子200メートル(切断など・T44)で、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)=写真、清水一二撮影=が従来のタイムを0秒74縮める21秒97の世界新で金メダルだ。
決勝に進んだ8人のうち、4コースのピストリウスだけが両足に義足をはめていた。先天的に、ひざから下がない。足底にスパイクがついている板状のカーボン製義足は、生身の足では得られない強烈な反発力を生む。両足が宙に浮く時間が、他の選手より明らかに長い。しかも、無駄に上に跳ねるのではなく、前への推進力に生かすテクニックが優れている。
モーリス・グリーン(米)にあこがれる17歳の高校生は「スタートに失敗しなかったのが勝因」。特に後半の加速は、ライバルを圧倒した。
銀メダルのマーロン・シャーリー(米)は、取材ゾーンで不満げだった。100メートルの世界記録保持者は「彼のひざから上の身長はオレより低いのに、義足が長くないか? ストライドが大きければ有利だ。人間はマシーンには勝てないよ」。
国際パラリンピック委員会に聞くと、義足は「規定の範囲内」。筋違いなやっかみが漏れたのは、あまりに驚異的なタイムゆえか。
(稲垣康介)
『読売新聞』2004.09.27
義足が足を超える? めざましい技術の進歩/アテネ・パラリンピック
東京夕刊
非公認で10秒97というタイムを持つ、障害者の世界最速男マーロン・シャーリー(米)は25日、陸上男子百メートル(切断2)を11秒08の世界新で制して言った。「僕らのレベルは10秒台を狙う位置まで来ている。記録がどこまで縮まるか? 未知数だね。今回だって、まさか二百メートルでいきなり22秒を切る無名選手が飛び出すとは思わなかったし」
その“まさか”は、21日の陸上男子二百メートル決勝で、前代未聞の事態を引き起こしたオスカーピストリウス(南アフリカ)だ。両足とも義足ながら、参加人数が少ないため、片方が義足の選手のクラスに入り、いきなり21秒97の世界新をマーク、優勝してしまった。技術の比重が大きいパラリンピックで、義足の技術の進歩がついに「片方だけより、両足とも義足の方が速い」事例を生み出したわけだ。
「まだ今のタイプの義足にして3か月。今後使うのに慣れたら、百メートルでも10秒7は行く」。二百メートル予選では、一度転んだのに世界新で首位通過という珍記録を樹立した17歳のピストリウスは言う。21秒97は、健常者を含めても、南アフリカ国内で8位のタイムだ。
ピストリウスが速いのには、いくつか理由がある。まずは、義足の技術進歩。彼を始め、多くのトップ選手が使っているスプリンター用義足「フレックスフット」は、弾力性のあるカーボン繊維の層で作られ、かかと部分に加えられたエネルギーを蓄え、つま先が地面を離れる時に放出する構造。「魔法の赤い靴」ばりに弾性とエネルギーを維持し続ける義足に対し、それを動かす人間の体の方が先に疲れてしまうほどだ。
シャーリーは言う。「スタートの加速は遅いが、スピードに乗ってからは、断然両方義足の彼の方がストライドが長い。二百メートルの後半で、僕は47歩かかったが、彼はたった44歩。両方義足の有利さは歴然だ」
フレックスフットを作る会社「OSSUR」は、「(スタート後の加速のカギと見られる)土踏まずを持ち、足裏の動きを模したものや、関節部分にマイクロプロセッサーを埋め込んだものも開発している。いつか人間の足を超えるか? さあね」という。北京パラリンピックに向けた闘いは、すでに始まっている。(結城和香子)
写真=男子100メートル決勝で、両足義足のピストリウス(左)と競り合うシャーリー(中央)=25日、清水敏明撮影
『朝日新聞』2007年06月29日
夕刊
義足走者、五輪目指す 南アの選手、世界王者に挑む
【ロンドン=共同】陸上100メートル、200メートル、400メートルで両脚に障害があるクラスの世界記録を持ち、北京五輪出場を目指すオスカー・ピストリウス(南アフリカ)=写真、AP=が7月15日、シェフィールドで行われる英国グランプリで五輪、世界選手権男子400メートル王者のジェレミー・ワリナー(米)らと対決することになった。AP通信が28日に伝えた。
ピストリウスは「ブレードランナー」のニックネームを持つひざ下が義足の選手。国際陸連は通常の競技会で選手が人工物の助力を受けることを禁じているが、このレースで同選手が装着するカーボン繊維製の義足が不正な利益をもたらしていないか調査する方針だ。
同選手は健常者と同一レースの南アフリカ選手権で最近2位に。義足については「あくまで受動的な装置」として、利益を受けるものでないことを強調している。13日にもトップ選手が出場するゴールデンガラ(ローマ)で下位のBレースに出場する予定。
『読売新聞』2007.06.29
義足ランナーが五輪を目指す 英GP出場へ/陸上競技
東京朝刊
【パリ=若水浩】パラリンピック陸上界のスターで、両足のひざから下が義足のオスカー・ピストリウス(南ア)が、北京五輪への出場を目指して、来月の陸上・英国グランプリに出場することが28日分かった。この大会には、男子四百メートル五輪金メダリストのジェレミー・ワリナー(米)らトップ選手が参加する。
AP通信によると、国際陸上競技連盟(IAAF)はこのレースで、義足が健常者の不利になるような推進力などを生んでいないかどうかを調査するという。ピストリウスは、健常者にまじって南ア選手権では2位に入っている。
『読売新聞』2007.07.17
陸上・英国グランプリ15日 ゲイが100メートルでV
東京朝刊
【シェフィールド(英)=霜田聖】陸上の英国グランプリが15日行われ、男子百メートルで全米王者のタイソン・ゲイが、雨と向かい風の中、10秒13で優勝した。男子棒高跳びの沢野大地(ニシ・スポーツ)は5メートル55で5位にとどまった。女子四百メートル障害の久保倉里美(新潟アルビレックス)も56秒51で5位だった。男子四百メートルでは、前回の世界選手権王者のジェレミー・ワリナー(米)が足を滑らせて棄権し、両脚が義足のオスカー・ピストリウス(南ア)は走路を外れて失格。同百十メートル障害は、世界記録保持者の劉翔(中国)が制した。
◆故障でも強さ発揮
〇…好記録が期待されたタイソン・ゲイ。しかし、スタートで完全に出遅れた。レース直前まで雨が降り続き、トラックに水がたまっていたが、それ以上に、右ひざを故障した影響が大きかった。「練習はしてきたが、まだスピードの準備が万全でなかった」。ただ、リズムに乗ってからは、やはり強かった。60メートル付近から抜け出し、最後は体一つ分の差をつけた。
『朝日新聞』2007年07月17日
朝刊
ゲイ、10秒13で優勝 男子100メートル 陸上・英国グランプリ
【シェフィールド(英)=小田邦彦】陸上の英国グランプリは15日、当地で行われ、男子100メートルは今年の全米選手権覇者のタイソン・ゲイ(米)が向かい風0・4メートルの下、10秒13の平凡な記録で優勝した。
男子棒高跳びは日本記録保持者の沢野大地(ニシスポーツ)がトップと10センチ差の5メートル55で5位。女子400メートル障害は日本記録を持つ久保倉里美(新潟アルビレックス)が56秒51で5位だった。
男子400メートルはアテネ五輪王者のジェレミー・ワリナー(米)がスタート直後に棄権し、両脚が義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)はレーンを外れて、失格となった。
◆スタート出遅れ「練習しないと」
男子100メートルは9秒77の世界記録更新も視野に入れているゲイが、自身も「がっかりしている」という平凡なタイムに終わった。雨と寒さという悪条件もあったが、スタートで出遅れたのがすべて。ただ、60メートル付近からの加速力で一気に抜き去る力はさすがだ。「もっとスタートの練習をしなければいけない」。大阪の世界選手権に向け、24歳は出直しを誓った。
◆注目の男子400メートル、肩すかしの結果
400メートルの五輪王者と200メートルのパラリンピック王者が対決した注目の男子400メートルは、肩すかしの結果に終わった。
ワリナーは、スタートで雨にぬれたトラックに足を滑らせて棄権。早々と引き揚げ、コメントを残さなかった。「最高の機会を与えてもらって感謝している」と話していたピストリウスは驚異的な追い上げを見せて7位でゴール。だが、レーンを外れ、失格となった。
ピストリウスは五輪出場を希望しているが、国際陸連はバネなど助力を与える器具の使用を禁じているため、今週からビデオ分析を始める。英紙ではピストリウスに同情的な論調も見られる一方、国際陸連関係者の「次は背中に羽をつけて飛ぶ装置がでてくるかも」という皮肉めいた意見も紹介されている。
◆棒高跳び低調
男子棒高跳びは、雨や向かい風の悪条件で全体的に低調だった。沢野も自己記録より43センチも低い5メートル40を3回目でようやくクリアし、「条件が悪すぎて、しんどかった」と苦笑い。ただ、落ち込む様子はなく、「硬いポールを使えた。こういう経験を大阪(世界選手権)につなげたい」と収穫を口にした。
【写真説明】
男子400メートルに出場したピストリウス=ロイター
『読売新聞』2007.07.17
英国グランプリ 男子100 ゲイが10秒13でV/陸上
大阪朝刊
【シェフィールド(英)=霜田聖】陸上の英国グランプリが15日行われ、男子百メートルで全米王者のタイソン・ゲイが、雨と向かい風の中、10秒13で優勝した。男子棒高跳びの沢野大地(ニシ・スポーツ)は5メートル55で5位にとどまった。女子四百メートル障害の久保倉里美(新潟アルビレックス)も56秒51で5位だった。
男子四百メートルでは、前回の世界選手権王者のジェレミー・ワリナー(米)が足を滑らせて棄権し、両脚が義足のオスカー・ピストリウス(南ア)は走路を外れて失格。同百十メートル障害は、世界記録保持者の劉翔(中国)が制した。
◆スタート出遅れ10秒13
好記録誕生の期待もかかったタイソン・ゲイ。しかし、スタートで完全に出遅れた。
レース直前まで雨が降り続き、トラックに水がたまっていた悪条件もあった。それ以上に、今季世界最高の9秒84を出した全米選手権後に右ひざを故障した影響が大きかった。「練習はしてきたが、まだスピードの準備が万全でなかった」
ただ、リズムに乗ってからは、やはり強かった。60メートル付近から抜け出し、最後は昨年の欧州選手権王者、フランシス・オビクウェル(ポルトガル)らに体一つ分の差をつけた。
世界選手権大阪大会では、世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)との対決が注目を集める。「パウエルは調子を上げてきて、どんどん盛り上げているね」。ライバルの復調をたたえながらも、けっして負けないという自信がのぞいた。
世界陸上の前に8月3日のロンドン・グランプリを走る予定。「これからスピード練習を積む。もし、すべての条件が整えば、次こそ本当に速いタイムで走れるはずだ」。ゲイの目には、9秒77の世界記録がはっきりと見えている。(霜田聖)
◆義足ランナー 「いい経験に」
〇…「ここまでの道のりが長く、スタートでは感傷的になった」。男子四百メートルに出場した義足のピストリウスは、6位の選手から大きく遅れながらも、最後まで走り切り、「いい経験になった」と喜んだ。しかし、レーン外側にはみ出した、として失格になった。
本人が北京五輪の出場を希望しているため、国際陸連は13日のローマの試合と、このレースの様子をビデオで撮影。義足が特別な推進力を生んでいないかなどを分析する。
久保倉里美「前半が速い海外の選手についていったが、最後は足が動かなかった。今回の遠征は、土台作り。自分の力をしっかり把握して、世界選手権、北京五輪につなげたい」
写真=男子100メートルで優勝したタイソン・ゲイ=菊政哲也撮影
『朝日新聞』2007年12月22日
朝刊
義足は有利か 北京五輪資格、年明け結論 両脚に障害の走者ピストリウス
障害者の陸上で活躍し、両脚に障害があるクラスの100メートル、200メートル、400メートルの世界記録を持つオスカー・ピストリウス(21)=南アフリカ=が、北京五輪出場を熱望している。焦点になるのは、義足の性能が競技力向上につながるかどうか。技術の進歩から持ち上がった問いかけは、年明けに結論が出る。
ピストリウスは先天的にひざから下がない。カーボン製義足でトラックを疾走し、「ブレードランナー」の異名を持つ。
アテネ・パラリンピックの200メートルでは、従来の記録を0秒74短縮する21秒97(健常者の世界記録は19秒32)の世界新で金メダル。銀のマーロン・シャーリー(米)がこぼしていた。「彼の義足が長すぎないか? ストライドが大きければ有利だしカーボンの反発力もすごい。人間は機械には勝てない」。今春には、21秒58にまで短縮した。
今年は一般の南アフリカ選手権にも出場し、400メートルで2位。7月、ローマの大会では一般選手と一緒に400メートルに出て46秒90。北京五輪の参加標準記録B(45秒95)にあと0秒95に迫った。
国際陸連には「バネや車輪など、他選手より有利になる人工装置の利用」を禁じる規定がある。ピストリウスの義足が規定に抵触するかを見極めるため、国際陸連は11月、ドイツのケルン体育大に本人のほか体格や競技力が似ている一般選手5人を集めてテストを実施した。30ページにわたる調査リポートは18日に国際陸連に届いた。関係者の話では、五輪出場を認めない公算が大きい。
一方、国際パラリンピック委員会のクレイブン会長は全面支援を公言する。「五輪の舞台に立つ扉が開けば、ピストリウスの記録はさらに伸びるかもしれない。国際陸連だけの判断ではなく、より多くの意見を集めた上で結論を出すべきだ」。国際陸連の調査リポートは、1月10日に公表される。(稲垣康介)
【写真説明】
両脚に障害の走者ピストリウス(写真はAP)
『朝日新聞』2008年01月15日
朝刊
義足ランナー、五輪ならず 国際陸連「規約抵触」
障害者の陸上で両脚に障害があるクラスで短距離3種目の世界記録を持つオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が北京五輪出場を求めていた問題で、国際陸連は14日、ピストリウスの義足は規約で禁じる「競技力向上を手助けする人工装置」にあたるとし、国際陸連のルールで開かれる一般の大会への出場を禁じると発表した。北京五輪への出場も認められない。
国際陸連は昨年11月、ドイツで本人と一般選手5人を集めてテストを実施、ピストリウスは一般選手と同じ速度で走るとき、約25%少ないエネルギー消費で足りることなどの優位性が明らかになった。
『読売新聞』2008.01.15
義足のランナー、五輪出場は「不可」/国際陸連
東京朝刊
【ロンドン=大塚貴司】両足義足の男子スプリンター、オスカー・ピストリウス(21)(南アフリカ)に対し、国際陸連は14日、北京五輪への出場を認めないことを決めた。カーボン繊維製の義足は、推進力を生み、有利に働くと判断したためだ。ピストリウスは、決定に対し、スポーツ仲裁裁判所(CAS)への提訴の可能性を示唆している。
ピストリウスは先天性の障害で生後11か月で、両足ひざ下を切断。2004年アテネ・パラリンピック二百メートルで金メダルを獲得するなど、「ブレードランナー」の異名を持っている。
『読売新聞』2008.02.04
[北京へ]パラリンピック ハンデ越え、極限まで
東京夕刊
北京パラリンピックは五輪閉幕後の9月6日から始まる。祭典の主役は、様々な障害を抱えながらも残された身体機能を鍛え上げ、技を磨いたアスリートたち。そのプレーは近年めざましい進歩を遂げ、リハビリを兼ねたスポーツというイメージを一変させた。中でも陸上競技では義足や車いすが次々に改良され、五輪を目指したり、健常者の大会に参戦したりする選手も現れるようになった。極限に挑戦するアスリートたちの姿と競技の見所を紹介する。
◆義足ランナー、実力は五輪級
北京五輪への出場を――。ひとりのパラリンピアンの要請が、昨年国際陸上界を揺るがした。2004年アテネ・パラリンピックの陸上金メダリスト、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)。五輪参加標準記録に迫るタイムを持ち、健常者の選手を相手に渡り合っている。「自分を障害者とは思っていない。足がないという違いがあるだけで、練習も、生活も、健常者と同等。常に上の目標を持ち、奮い立たせて行く中で、次のゴールが五輪だった」。ピストリウスはそう説明する。
アテネの二百メートル優勝は、ラグビーで故障したひざのリハビリで陸上を始めて、8か月。片足切断のクラスで金メダルをさらった両足義足の17歳は、その後二百、四百メートルを中心に、26回も自己の世界記録を更新し、昨年3月の南ア選手権四百メートルでは46秒56をマーク、健常者を相手に2位。7月にはゴールデン・リーグのローマ大会四百メートルに出場、B決勝で2位。北京五輪の参加標準記録B(45秒95)に、挑む自信も見せていた。
しかし1月14日、国際陸連(IAAF)が、声明を出した。五輪とIAAF規則の競技大会へのピストリウスの参加は認められない。義足は「技術的装置による競技能力の向上」に当たる――というものだった。
IAAFは昨年11月、ピストリウスの協力で、科学者による調査を実施した。競技用義足は、カーボン繊維の層で作られた弾力性のある構造。エネルギーを構造内に蓄え、ける際に放出する。特定以上の速度では、義足は健常者の脚に比べて、25%少ないエネルギー消費で速度を維持できることが判明したという。
ピストリウスは、声明が出る直前の記者会見で、「どんな結果でも、五輪出場を目指し続ける。スポーツ仲裁裁判所に提訴も考える」と、12年ロンドン五輪も視野に、訴え続ける構えだ。(結城和香子)
◆車いす競走「レーサー」疾駆
車いす競走は、1964年の東京パラリンピックで正式種目になった。当初は六十メートル走しかなかったが、北京では百メートル走からマラソンまで10種類のレースが行われる。この40年間、選手たちの鍛錬に加え、「レーサー」と呼ばれる競技用車いすの技術革新で、レベルは飛躍的に向上した。
レーサーは3輪で全長が1メートル70〜80と、日常生活用より極端に細長い。風の抵抗を受けないように前傾姿勢で乗り、指先でたたくようにして車輪をこぐ。障害の程度によって、腕を動かせる範囲が異なるので、オーダーメードで作られる。
レーサーは70年代の米国で作られた。それまでは4輪の車いすが使われていたが、レーサーは瞬く間に世界中に広まった。パラリンピックに3度出場した山本行文さん(53)が初めてレーサーを見たのは、81年の大分国際車いすマラソン。「スポーツカーのようなデザインでかっこよく、レーサーに乗った外国人選手に日本勢は歯が立たなかった」と振り返る。
レーサー登場と同時期に始まった車いすマラソンは当初42・195キロを完走するのに約3時間かかっていたが、80年代には2時間以内で走る選手が現れ、一般のマラソンのタイムを上回るようになった。軽量化のため車体をチタンやカーボン製にしたり、向かい風の抵抗をできるだけ受けないよう、正座でシートに乗ったりするなどの工夫が試みられている。
国際パラリンピック委員会公認の現在の世界記録はハインツ・フライ(スイス)が99年にマークした1時間20分14秒。当初よりも記録は半分以下に縮まった。「レーサーが開発されたことは、車いす競走がスポーツとして認知される転機となった」という山本さんの言葉を裏付ける。
◆時速50キロの攻防 体力温存がカギ
上半身を鍛え抜いたアスリートたちが下り坂を時速50キロものスピードで走り抜ける車いす競走。車体同士が接触してクラッシュする場面もあり、格闘技さながら。一方で、勝負に徹した駆け引きも見所の一つだ。
昨年9月の世界陸上大阪大会。公開競技として行われた男子車いす競走千五百メートル決勝で、日本の第一人者副島正純(37)はスタートから先頭を走るマルセル・フグ(22)(スイス)にぴたりと食らいつき、最終コーナーから一気に加速した。カート・ファーンリー(26)(豪)に抜かれたが、ゴール直前でフグをかわし、2位に入った。
自己ベスト記録で、副島は出場9選手中5位。しかし、副島は目の前のフグを風よけにしてスタミナを温存し、ラストスパートで勝負に出た。向かい風を受けなければ、こぐ力は6〜7割で済む。日本身体障害者陸上競技連盟の吉村龍彦・普及指導委員長は「うまく集団に潜り込めたので、たいしてこいでいなかったね」と作戦勝ちを強調した。
体格にまさる海外の選手は日本勢の強力なライバルだ。しかし、中長距離種目では、駆け引きのうまさが勝敗を分けるため、世界ランキング15位ぐらいまでならメダルの可能性があるという。(近藤幹夫)
◆層厚い日本勢 陸上はメダルラッシュ期待
日本がアテネ大会で獲得した金メダル17個のうち、7個は陸上競技だった。今回も陸上の選手層の厚さは際立っている。
車いす競走では、中長距離陣を中心に、メダルラッシュが期待される。マラソン世界ランキング1位の副島正純(37)を筆頭に山本浩之(41)、安岡チョーク(35)、広道純(34)らが海外の大会でも実績を残している。女子ではアテネ大会に出場後に結婚、出産した土田和歌子(33)がマラソン、五千メートル走で2冠を狙う。
立位(りつい)では、全盲の高橋勇市(42)がマラソン連覇を狙うほか、義足のスプリンター山本篤(25)が百メートル走と走り幅跳びで初出場がほぼ確実だ。
フィールドでは、義足のハイジャンパー鈴木徹(27)が1メートル90台を安定して跳べるようになり、メダル獲得の期待が膨らむ。円盤投げの世界記録(26メートル62)保持者の大井利江(59)や、7大会連続のメダル獲得を目指すやり投げの尾崎峰穂(44)らベテラン勢も健在だ。
代表選考にかかわる記録会は3月16日に熊本市で行われる九州チャレンジ陸上競技選手権大会が最後。5月中旬ごろには代表選手の顔ぶれが出そろう。
〈北京パラリンピック〉
2008年9月6日から17日まで北京、青島、香港の計20会場で開かれる。夏季パラリンピックとしては13回目で、前回アテネ大会を上回る約4000人が参加する。今回からボートが新たに加わり、20競技471種目。障害の程度や運動能力に応じて「クラス」に分けられ、クラスごとにメダリストが決まる。たとえばアテネ大会の「水泳女子五十メートル自由形」は、運動機能障害や視覚障害などの12クラスに分けられた12人の金メダリストが生まれた。
写真=アテネ・パラリンピック陸上男子二百メートルで優勝したピストリウス(ロイター)
写真=(上)前傾姿勢でレーサーに乗りトレーニングに励む選手たち(昨年12月22日、沖縄県糸満市で)(下)80年代前半までのレースで使用されていた車いす(大分国際車いすマラソン大会事務局提供)
写真=「ママさん選手」として2冠を狙う女子車いす競走の土田和歌子選手(昨年9月1日、大阪・長居陸上競技場で)
『朝日新聞』2008年02月14日
夕刊
南アフリカの義足選手が提訴 北京五輪を含む健常者レース出場求め
義足の陸上男子スプリンター、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)が13日、北京五輪を含む健常者のレース出場を求め、スポーツ仲裁裁判所(CAS)へ提訴したことを明らかにした。国際陸連(IAAF)は1月、同選手が使用する義足が人工的な推進力を与えるとして、出場を認めない決定を下している。(AP共同)
『読売新聞』2008.02.14
義足ランナーCASに提訴 南ア・ピストリウス、北京出場認められず/陸上競技
東京夕刊
【パリ=若水浩】「ブレードランナー」の異名を持つ両足義足の男子スプリンター、オスカー・ピストリウス(21)(南アフリカ)は13日、北京五輪への出場を国際陸上競技連盟(IAAF)が認めなかったことを不服として、スポーツ仲裁裁判所(CAS、本部・スイス)に提訴した。
IAAFは、ピストリウスのカーボン繊維製の義足が、健常者に比べて25%少ないエネルギー消費で速度を維持できるなどと判断。不公正な推進力に当たるとして、北京五輪をはじめとする健常者のレースへの出場を認めない判断を下していた。
ピストリウスは、アテネ・パラリンピック二百メートルで金メダルを獲得。その後は北京五輪出場を目指して、健常者のレースに出場していた。昨年3月の南アフリカ選手権四百メートルで2位に入ったほか、7月にはトップ選手も出場したゴールデン・リーグのローマ大会の四百メートルB決勝で2位になるなど、実績を残していた。
ピストリウスは「自分のためにではなく、障害を持つすべてのアスリートのために提訴した」との声明を発表した。
『朝日新聞』2008年04月02日
夕刊
29日から陸上男子・ピストリウスの聴聞 スポーツ仲裁裁判所
スポーツ仲裁裁判所(CAS)は1日、義足の陸上男子スプリンターで、北京五輪出場を認めない国際陸連(IAAF)の決定を不服として提訴していたオスカー・ピストリウス(南アフリカ)の聴聞会を29、30日に行うと発表した。(AP共同)
『朝日新聞』2008年04月06日
朝刊
(スポーツラボ)障害を越えて・夏:2 義足をつけ走り高跳び
義足を使う走り高跳びの選手で、2メートル台をマークしたのは世界で2人しかいない。
その1人が鈴木徹(27)だ。義足でない左足で踏み切るが、両足のバランスがとれた助走を追求して、06年に2メートル到達に成功した。「義足をいかに自分の体の一部にするか」。今年の北京パラリンピックで優勝するためのテーマとなっている。
鈴木も、筑波大時代は健常者と同様に長い距離を走り込んでいた。しかし、疲れとともにフォームを徐々に崩していく健常者と違い、義足の選手はある距離で突然乱れる。崩れたフォームで走っても効果はないため、正しいフォームで走れる距離を少しずつ伸ばしていく練習方法に変えた。今は約250メートルまできれいに走れる。
何年も義足の生活を続けていれば、誰でも走れるようになるというわけではない。18歳の時の交通事故がもとで義足をつけるようになった鈴木は「リハビリで走る努力をしないと走れるようにならない」と説明する。鈴木も義足をつけた直後は、歩き方のイメージが頭にあるのにうまく歩けなかったという。
現在は、競技では反発力のある短距離用の義足を使う。ただ義足の性能より、走りのバランスが重要と鈴木は感じている。「今でも義足が完全に自分のものになっているとは言えない。それだけに、自分のものと感じた時の可能性が広がる」
両足義足のスプリンター、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)が北京五輪出場を訴えたが、国際陸連は認めなかった。「100メートルの世界記録保持者が義足をつけても、速く走れるようになるには何年も何十年もかかる。オスカーは五輪に出ても1次予選を突破できるかどうかのレベルだし、門戸を閉ざす必要はなかったのではないか」と鈴木はいう。(由利英明)
【写真説明】
走り高跳びの鈴木徹の跳躍(レプロエンタテインメント提供)
『読売新聞』2008.05.17
義足ランナー、五輪可能に 国際陸連の参加禁止は無効/スポーツ仲裁裁
東京朝刊
読売新聞社に入った連絡によると、スポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス)は16日、両足義足の陸上男子短距離のオスカー・ピストリウス選手(21)(南アフリカ)が、世界選手権などの競技会に参加できないとする国際陸上競技連盟(IAAF)の決定を無効とする判断を下した。北京五輪への出場については、競技会で参加標準記録を切るなどの条件をクリアすると、「五輪」への門戸が開かれる。
IAAFは昨年11月から、ドイツの研究者による調査を実施。その結果、一定以上のスピードに達すると、義足は健常者に比べて、約25%少ないエネルギー消費でスピードを維持できると結論付けた。これがIAAF規則で禁止する「技術的な装置による競技能力の向上」に当たるとして、IAAF競技大会への参加は認められないと判断した。
しかし、CASはIAAF判断について、「IAAFは義足が身体的、機能的に他の選手に比べて有利となることを証明し切れたとは言えず、参加を禁じるだけの根拠は不十分」として退けた。
ピストリウス選手はアテネ・パラリンピックの陸上男子二百メートルで金メダルを獲得。その後も昨年3月の南ア選手権四百メートルで健常者を相手に2位に入るなど、北京五輪の参加標準記録Bに迫るタイムもマークしている。
写真=五輪出場の可能性が出てきたピストリウス選手=ロイター
『朝日新聞』2008年07月12日
夕刊
イシンバエワ、世界新 棒高跳び、5メートル03 陸上・ゴールデンガラ 11日
ゴールデンリーグ第3戦はローマで行われ、女子棒高跳びで今季屋外初戦のエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が5メートル03の世界新記録をマークし、自身が3年前に樹立した世界記録を2センチ塗り替えた。通算22度目の世界記録更新で、屋外では12度目。
女子5000メートルはティルネッシュ・ディババ(エチオピア)が14分36秒58で快勝し、福士加代子(ワコール)は15分19秒74で10位。男子100メートルで前世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)は予選で足の付け根を痛め、決勝を棄権した。決勝はフランシス・オビクウェル(ポルトガル)が10秒04で制した。
男子400メートルはジェレミー・ウォリナー(米)が0秒01差でラショーン・メリット(米)をかわして44秒36で勝ち、同400メートルBレースに出場した義足選手のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)は46秒62で同組7着だった。同110メートル障害は世界記録保持者のダイロン・ロブレス(キューバ)が13秒08で圧勝した。(共同)
●福士、過去最悪
この大会で過去2度の日本新を出している福士は、タイムでは過去最悪の15分19秒74で10位。優勝したT・ディババとゴールで約250メートルも差が開き「相性が良かったのに今回は最初から全然駄目だった」と首をひねった。
今季は3月に左ふくらはぎを痛めて出遅れ、日本選手権でも切れ味は影を潜めたままだった。最後の追い込みに入る26歳は「これをきっかけに練習のイメージをつくれる」と前向きに話した。(共同)
◇五輪連覇へ女王復権
イシンバエワが今季屋外初戦でいきなり世界新の大跳躍を見せた。「今日の目標は世界記録を破ることだったし、準備はできていた。ローマの観客はすばらしく、みなさんのためにもやり遂げたかった」。AP通信は26歳の自信にあふれるコメントを伝えている。
6日の全米選手権でスタチンスキが4メートル92の米国記録をマーク。昨年の世界選手権を制したものの記録的には足踏みの続いたイシンバエワは「みんなが私は終わったなんて言っているのを聞いて、本当に怒っていたんだから」と胸の内を明かした。
この日は4メートル95を跳んだ後、バーを世界記録を2センチ上回る5メートル03に設定。2回目にクリアした。「これまで何度も5メートル02に挑戦して失敗していたので、何かを変えようと思った」
これで屋内外合わせて世界記録は22度目の更新となった。男子のブブカ(ウクライナ)の35度を上回ることが目標と言う。「今は速く走れるし調子はよくなってきている。それ以上に大事なことは気持ちが落ち着いていること」。五輪2連覇に向けて絶好のスタートを切った。(堀川貴弘)
■イシンバエワ世界記録更新の歩み
03年7月13日 4メートル82
04年2月15日 ※4メートル81
2月15日 ※4メートル83
3月 6日 ※4メートル86
6月27日 4メートル87
7月25日 4メートル89
7月30日 4メートル90
8月24日 4メートル91
9月 3日 4メートル92
05年2月12日 ※4メートル87
2月18日 4メートル88
2月26日 4メートル89
3月 6日 4メートル90
7月 5日 4メートル93
7月16日 4メートル95
7月22日 4メートル96
7月22日 5メートル00
8月12日 5メートル01
06年2月12日 ※4メートル91
07年2月10日 ※4メートル93
08年2月16日 ※4メートル95
7月11日 5メートル03
(※は室内=共同)
【写真説明】
女子棒高跳びで世界記録を出したイシンバエワ=AP
『読売新聞』2008.07.12
陸上・ゴールデンガラ11日 女子棒高跳び イシンバエワが世界新
東京夕刊
◆5メートル03 世界新、2年11か月ぶり
【ローマ=若水浩】陸上のゴールデンリーグ第3戦ゴールデンガラは11日、ローマのオリンピックスタジアムで行われ、女子棒高跳びのエレーナ・イシンバエワ(ロシア)が、自己の世界記録を2年11か月ぶりに2センチ更新する5メートル03をマークして優勝した。世界記録更新は、室内、屋外を合わせて自身22度目。
男子百メートルでは、前世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)が、予選で足の付け根を痛め、決勝を棄権した。重傷ではないという。
北京五輪出場を目指す両足義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)は、男子四百メートルBに出場したが、46秒62の7位に終わり、五輪標準記録突破はならなかった。福士加代子(ワコール)は、女子五千メートルで15分19秒74の10位だった。
◆女王闘志に火
ほかの競技はすべて終わり、時計の針は午後11時15分を回っていた。世界記録更新を期待して残った観客の大きな手拍子に押され、イシンバエワの体は宙に舞い上がり、バーの上を余裕を持って越えていった。
「バーから離れていたのが分かったでしょう。きょうの跳躍は最高だったわ」。2005年8月の世界陸上ヘルシンキ大会以来の世界記録更新に興奮を隠さなかった。
アテネ五輪で金メダルを獲得した後、無敵の状態が続いていた。ところが、今月の全米選手権でジェニファー・スタチンスキ(米)が4メートル92の好記録をマーク。「みんなが新星の話をし始めた。それが私の怒りを呼び起こして、集中力を高めた」
4メートル85を跳んで優勝を決めた後は、4メートル95の今季最高をマーク。次は、これまで何度か失敗していた5メートル02ではなく、さらに1センチ上を狙ったのも、女王の闘志に火がついたからだ。「これは始まりに過ぎない」。久しぶりに強気な笑顔が戻った。(若水浩)
◆パウエルけがで棄権
予選でパウエルは50メートル過ぎに先頭に立ったものの、70メートルごろから急減速。ゴール前で4人に抜かれ、全体の9位でかろうじて決勝に進んだが、けがのため棄権した。関係者によると、けがは深刻ではなく、五輪前で大事を取ったという。
五輪標準記録を突破できなかったピストリウス「(今季2度目のレースで五輪標準記録Aの45秒55を破れず)北京五輪の可能性はとても小さい。リレーで選ばれる方が現実的だろう。来週もう1大会出場して、挑戦する」
写真=自らの世界記録を2年11か月ぶりに更新し、両手を突き上げて喜ぶイシンバエワ=AP
『読売新聞』2008.07.13
義足のピストリウス、陸上400mで北京五輪絶望的 標準記録突破ならず
東京朝刊
◆リレーに望み
【ローマ=若水浩】両足義足の陸上選手、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)は11日、ローマで行われたゴールデンガラの男子四百メートルBに出場。自己ベストに0秒06差と迫る46秒62のタイムで7位に入ったが、五輪標準記録には大きく届かなかった。
ピストリウスは5月中旬、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定によって、北京五輪出場への道が開かれた。しかし、そこから練習を再開して2か月もたっていないため、思うようなレースができていない。
2日の復帰初戦よりもタイムを1秒16縮めたが、五輪標準記録Aの45秒55を切るのは「現実的には難しい」と本人も認める。
ただ、南アフリカにはリレーで出場できる可能性もある。16日にスイスで行われる最後のレースで、標準記録を上回れなくても、好タイムを出すことで、リレーメンバー入りの希望は残される。
写真=男子400メートルBで7位に終わった義足のピストリウス=AP
『読売新聞』2008.07.15
北京五輪リレー、義足選手の出場に懸念/国際陸連事務局長
東京夕刊
国際陸上競技連盟(IAAF)のピエール・ワイス事務局長は14日、北京五輪出場を目指す両足義足の選手、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)について、千六百メートルリレーへの出場は、安全面から好ましくないとの見解を表明した。AFP通信が伝えた。選手が入り乱れるバトンゾーンなどで、接触して転倒する危険性を指摘。「南ア連盟にはピストリウスをリレーメンバーに選んでほしくない」と話した。ピストリウスは男子四百メートルでの参加を目指しているが、五輪参加標準記録を突破できず、個人種目での参加は難しく、リレーでの出場が現実的な目標となっている。(パリ、若水浩)
『朝日新聞』2008年07月17日
夕刊
個人種目で北京五輪、義足選手届かず リレー参加に可能性
両足義足の男子陸上選手、オスカー・ピストリウス(21)=南アフリカ=は16日、スイスのルツェルンで行われた一般の競技会の男子400メートルに出場し、自己ベストの46秒25で3位となったが、北京五輪の参加標準記録A(45秒55)、B(45秒95)は突破できず、個人種目での同五輪出場の可能性はなくなった。リレーメンバーとして、五輪に参加する可能性は残されている。
同選手はスポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定で、健常者のレースが参加可能になり、北京五輪出場にも道が開かれた。五輪参加標準記録の突破を目指し、今月に入り競技会に出場したが、過去2度の挑戦も失敗。この日が最後のチャンスだった。
ロイター通信によると、ピストリウスは、「きょうの走りには満足している。リレーに出られるかは、決定を待ちたい」と話した。同選手がリレーに出場した場合、他選手との接触の危険性を指摘する声もある。(時事)
【写真説明】
男子400メートルで3位に入ったピストリウス=AP
『読売新聞』2008.07.17
陸上・ルツェルン国際16日 男子400 義足ピストリウス、個人は五輪届かず
東京夕刊
【ルツェルン(スイス)=若水浩】陸上のルツェルン国際が16日行われ、男子四百メートルで、両足義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が、北京五輪出場をかけた最後のレースで、自己ベストの46秒25をマークした。しかし、五輪参加標準記録A(45秒55)には及ばず、個人種目での出場は不可能となった。近く発表される予定のリレーメンバー入りに、北京行きの望みをかけることになった。レースは2組に分かれて行われ、ピストリウスは1組の3位。女子三千メートル障害物の北京五輪代表、早狩実紀(京都光華AC)は、9分49秒37のタイムで優勝者と0秒13差の2位に入った。
写真=自己ベストをマークしたものの、五輪標準記録には届かなかったピストリウス=AP
『朝日新聞』2008年07月19日
義足選手は出場ならず 北京五輪
南アフリカ陸連は18日、義足の男子短距離選手のオスカー・ピストリウスを北京五輪代表に選ばなかった。400メートルの五輪参加標準記録を上回れなかったピストリウスは1600メートルリレーのメンバーに入る可能性があったが、同陸連会長はリレー4選手の持ちタイムがピストリウスより速かったと話した。
ピストリウスの代理人によると、同選手は公式な発表を受けていないが、メンバー入りに期待していなかった。(AP共同)
『朝日新聞』2008年09月05日
朝刊
(2008北京パラリンピック 世界から)オスカー・ピストリウス 陸上 南ア
狙うは五輪、完勝誓う
オリンピックとパラリンピック。この1年、21歳はそのはざまで闘い続けた。
先天的に両ひざから下がなく、カーボン製の義足をはめる。「ブレードランナー」の異名を持つ04年アテネ・パラリンピック男子200メートル金メダリストは昨年、五輪出場を目指すと宣言した。
種目は400メートルと1600メートルリレー。「出場できると信じている」。五輪に出るには参加標準記録をクリアする必要がある陸上では、それまでの考えを覆す新たな挑戦の始まりだった。
彼を賛美するトップ選手がいる一方、国際陸連が禁じる「バネや車輪など、他選手より有利になる人工装置の利用」にあたるのではないかとの声もあった。
ピストリウスの走りは後半に向かって弾むように加速する。普通、400メートルは後半の200メートルが前半より遅いが、彼の場合は速くなる。今年1月、調査を終えた国際陸連が下した決定は「五輪出場不可」。規定に抵触するという判断だった。
それでもあきらめなかった。2月、スポーツ仲裁裁判所に提訴。5月には五輪出場を認める裁定が下された。「分かったときは泣いてしまった。歴史に名を残す日になる」と語った。
ただ、現実は厳しかった。7月、400メートルで自己最高の46秒25をマークしたが、五輪参加標準記録B(45秒95)に届かなかった。「難しいことは分かっていた。でも、リレーがある」。その最後の望みもかなわなかった。
喧騒(けんそう)が過ぎ去った後、どんな思いでパラリンピックの舞台に立つのか。100、200、400メートルの3種目に出場予定。4年後、再び五輪出場を狙う男は「三つの金メダルを持って帰る」と完勝を誓う。
(小田邦彦)
【写真説明】
今年7月のスイスの大会で力走するピストリウス=AP
『朝日新聞』2008年09月06日
朝刊
熱戦北京、再び パラリンピック、今夜開幕
【北京=由利英明】障害者スポーツの祭典、北京パラリンピックは6日午後8時(日本時間同9時)に開会式が始まって、17日までの戦いがスタートする。組織委員会の発表によると、148カ国・地域の約4千人が参加。今回から加わったボートを含む20競技、472種目が行われる。
五輪と同じ会場を使い、04年アテネ大会と同様に五輪と同じ組織委員会が運営する。ドーピング検査はアテネより7割多い1100検体が実施される予定で、「五輪化」が一層進んでいる。
アテネで公開競技として実施された知的障害選手の種目は、障害の程度の確認が難しいなどの理由で行われない。
●代表10年、メダル狙う 日本の主将・京谷
日本代表162選手の主将で、車いすバスケットボール男子の京谷和幸(37)が、3度目のパラリンピックに臨む。「事故にあってから、人間的に成長しなければと思ってきたし、周りにも助けられてきた。主将に選ばれたのは名誉だと思っています」
北海道出身。元Jリーガーで、市原(現千葉)に所属していた。自分以外の選手を認めるような性格ではなかったという。93年、結婚式の衣装合わせの日の朝だった。運転していた自動車が電柱にぶつかり、半身不随となった。だからこそ結婚しようと、婚約者は言ってくれた。
車いすバスケットの京谷は、仲間を気遣う選手となった。「僕があたふたしては若手に影響が出る。苦しい時に対応できる選手でありたいと思ってやってきた」。日本チームの主将としても、選手村で他競技の選手に会えば声をかける。コートの内外でムードを盛り上げようと努める。
車いすバスケットの日本代表に選ばれて10年。「最初に選ばれた時、10年後も日本代表でいようと思った。それが、たまたま北京だった」
前回アテネは8位。区切りの大会でメダルを目指す。
◆高まる競技性の陰で(自由自在)
北京パラリンピックは、これまでになく競技レベルの高い大会になる。左ひざから下を失った水泳のナタリー・デュトワ(南アフリカ)と、右ひじから先がない卓球のナタリア・パルティカ(ポーランド)が五輪に続き出場する。
デュトワは、五輪のオープンウオーター女子10キロで25選手中16位の成績を残した。パルティカは五輪で世界ランク10位の選手と競り合った。
五輪標準記録に迫っている両足義足のランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)も出場する。12年ロンドン大会での飛躍を目指す英国は過去最大規模の206選手を送り、競技の枠を超えた事前合宿を試みた。障害者のリハビリの延長といった古い概念を、軽く超えている。
障害の種類や軽重によるクラス分けが多すぎると批判されてもきた。今回は472種目で、4年前のアテネより1割減った。この点でも競技性重視になっている。
競技レベル向上にともなう心配はある。障害者特有のドーピング「ブースティング」はその一つだ。陸上短距離の車いす選手が、スタート直前に体の一部を圧迫したり、膀胱(ぼうこう)を膨張させたりして血圧を急激に高める危険な手段で、確実な防止法は見つかっていない。
問題はあるものの、頂点が上がればすそ野は広がる。今大会を通じて障害者スポーツの理解はさらに進むだろう。
だが、選手だけに障害者スポーツの発展を任せておいてはいけない。依然として偏見や、バリアフリーが進んでいない社会はある。
「中高年になり、病気で障害者になる人も多い。ひとごとではないのに、なぜ健常者と障害者の壁を設けるのか」。ある選手の言葉が忘れられない。こんな声が少しでも少なくなればいい。
(由利英明)
【写真説明】
車いすバスケ男子主将の京谷和幸
『読売新聞』2008.09.07
クレーブンIPC会長に聞く「障害者対策 中国に遺産」/北京パラリンピック
東京朝刊
国際パラリンピック委員会(IPC)のフィリップ・クレーブン会長は6日、読売新聞のインタビューに応じた。一問一答は次の通り。(結城和香子、写真は佐藤俊和撮影)
――競泳の成田真由美が、大会前のクラス変更により、4大会連続の金メダル獲得が困難になった。こうした事例は、パラリンピック人気に水を差さないか
「選手が直前にクラス変更を受けることで生じる、落胆や失望は容易に想像できる。成田選手の事例の詳細は知らないが、こうした事態を減らすよう、クラス分けをなるべく早期に行うよう指導をしていく」
――スポーツ仲裁裁判所が、両足義足の陸上選手オスカー・ピストリウス(南ア)に、五輪参加への門戸を開いたことの影響は
「あくまで彼自身の、自らの限界を極めるための挑戦と考えている。パラリンピックには五輪とは異なる競技も多く、ピストリウスの事例が、大勢のパラリンピック選手の五輪参加につながるとは思わない」
――パラリンピックを取り巻く環境の変化は
「多くの選手がより厳しい練習を積み、競技レベルが向上している。このため世界の人々やメディアの関心が増し、スポンサーの打診も増えている。スポーツとしての魅力が増しているということだ」
――IPCは車いすバスケットボールなど4競技のワールドカップを創始した。競技エリート化の是非は
「最高の競技と選手を世界に発信し、観客やメディアの関心を高める狙いだ。競技間の格差が開くという批判もあるが、どこかで突破口を開く必要がある」
――北京で開く意味は
「中国の障害者対策は、近年急速な改善を見せた。我々が直接関与して、変化を導いた場面も多い。万里の長城へのエレベーター設置を始め、市民すべてが享受できる遺産が残るだろう」
写真=フィリップ・クレーブン会長
『朝日新聞』2008年09月09日
朝刊
北京パラリンピック 第3日(8日)
日本勢はメダルなしだった。柔道男子81キロ級(視覚障害)の大我健侍(石川)は3位決定戦で敗れた。陸上女子5000メートルで連覇を狙った土田和歌子(東京)は複数の選手とともに転倒。12日に再レースとなった。車いす卓球の岡紀彦(岡山)は1次リーグ初戦で快勝。車いすテニス男子シングルスでは、昨年、史上初の年間グランドスラムを達成した国枝慎吾(千葉)が1回戦を突破した。陸上男子100メートル(切断など)では、北京五輪出場を目指した両足義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が予選2組を11秒16の1着で通過。
(記録は共同)
『朝日新聞』2008年09月10日
朝刊
快走、4年後は五輪だ 陸上・男子100で金のピストリウス 北京パラリンピック
カーボン製の義足が両ひざから伸びている。南アフリカのオスカー・ピストリウス(21)が競技場に現れると、観客席から歓声が上がった。(有吉由香)
9日にあった北京パラリンピックの男子100メートル決勝。スタートで出遅れた。だが、後半追い上げて11秒17、2位と小差でゴールイン。小雨で湿ったトラックで転倒する選手も出るレースだった。目標とする金メダル3個の一つ目を獲得した。
「とてもうれしいよ。この種目での金メダルは特別。雨で条件は悪く、スタートも最悪。簡単ではなかったが、とにかく後半は速く走った」
夢だった北京五輪への出場はかなわなかったが、圧倒的な速さは陸上競技界に議論を巻き起こした。
国際陸連は「他選手より有利になる人工装置の利用」を禁じている。いったん五輪への出場は不可とされたが、スポーツ仲裁裁判所は出場を認める裁定を下した。だが、7月の競技会で参加標準記録に届かなかった。
「初めは失望し、テレビ中継は目の端で見ていた。次第にあの選手の間に入って競ってみたいと思うようになった」。4年後のロンドン五輪を目指している。
先天的に両ひざから下がないが、子どもの頃は他人と違うことが分からず、父親に「ラグビーの選手になる」と宣言。小中学生時代にラグビー、水球、テニスをやっていた。
17歳のときにラグビーで右ひざを故障し、医師から陸上競技への転向を勧められた。わずか8カ月後、アテネ・パラリンピックで、200メートルの金メダルを獲得した。プレトリア大学で商学を専攻しているが、今は競技が最優先。「30歳までに大学を卒業できればラッキーだと思うよ」と笑う。
インタビューで「もしも足があったら」と聞かれたときにはこう答える。
「足がある人が、もしも義足だったらと考えるのと同じだと思う。自分は自分だ」
【写真説明】
男子100メートルで優勝したピストリウス(南ア、右)=小宮路勝撮影
『朝日新聞』2008年09月10日
朝刊
北京パラリンピック 第4日(9日)
日本選手の金メダル第1号は、自転車の男子1000メートルタイムトライアル(脳性まひ)に出場した石井雅史(神奈川)だった。同3000メートル個人追い抜き(運動機能障害)の藤田征樹(神奈川)は、今大会2個目の銀メダル。
競泳男子100メートルバタフライ(視覚障害)の河合純一(静岡)が銅メダルを獲得した。
陸上男子100メートル決勝(切断など)で、3冠を目指すオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が1個目の金メダルをとった。
(記録は共同)
『読売新聞』2008.09.10
ピストリウス、五輪へ加速 陸上男子100で雪辱の「金」/北京パラリンピック
東京夕刊
◇北京08・パラリンピック
◆ロンドン向け筋力強化 100メートルで雪辱の「金」
【北京=結城和香子】雨にぬれたトラック。男子百メートル決勝に臨んだ両足義足のオスカー・ピストリウス(南ア)は、スタート時の加速に手こずり、30メートル地点ではトップから数メートルも後れを取った。しかしここからが見ものだった。「人生最速の60メートル」と振り返った後半、地表を飛ぶようなストライドで追い上げ、最後は2位に100分の3秒差の11秒17で制した。
前回銅の雪辱を果たし「百メートルの金が、世界最速の証明。これが本当に欲しかったメダル」。ブレードランナーの異名を取る21歳が、表彰台で目を潤ませた。
今年1月、国際陸連はピストリウスの競技用義足が「器具による運動能力の向上」だとして、管轄下の大会と五輪への出場禁止を宣告した。しかし5月、スポーツ仲裁裁判所が陸連の決定を却下。両足義足の選手として史上初めて、五輪などの出場に道が開かれた。
ただ、訴訟や義足の調査に費やした1年余のツケは大きかった。最後の機会となった7月の国際大会は、体重を数キロ落とし、四百メートルで46秒25の自己ベストをマークしたが、45秒55の五輪参加標準記録Aには及ばなかった。
「残念だったけど、それは自分のせい。次を目指し頑張るだけ」。五輪の四百メートルは、南アで訓練に没頭しながら、テレビで見た。秘めた誓いを、心に込めて。
今大会の目標を、得意の四百メートルではなく百メートルに置いた。2009年の世界選手権、12年ロンドン五輪と、健常者の大会参加を目標にするためには、両足義足では不利なスタート時の加速とスプリント力の強化が欠かせない。北京五輪の夢が断たれた直後から始めた、筋力トレによる肩と太ももの強化。より強い腕の振りと脚の動きでピッチを上げる練習を積み、この日後半の走りにつなげた。
二百、四百メートルとの3冠を制し「最速」を歴史に刻む時、新たな夢への挑戦が始まる。
写真=男子100メートルで優勝したピストリウス=ロイター
『朝日新聞』2008年09月14日
朝刊
ピストリウス2冠 陸上 北京パラリンピック
男子200メートル(切断など)決勝でピストリウス(南アフリカ)が圧勝した。いつものようにスタートで出遅れたが、50メートル付近から加速。直線に入ってトップに立ち、パラリンピック新の21秒67で2位に1秒近い差をつけた。「素晴らしいレースだった。信じられないし驚いている」。すでに100メートルも制し、五輪出場を目指した得意の400メートルで三つ目の金メダルを狙う。
<男子5000メートル(切断など)の二宮> 1000メートルあたりから遅れ始め、10位。「今の力は出し切った。後悔はしていない。スタミナが課題だ」
<女子200メートル(脳性まひ)の加藤> 5位入賞。「最初から力が入った分、思った動きができなかった。結果はすごくよかった」
▽男子5000メートル(切断などT46)決勝 (10)二宮尚寛(熊本)15分35秒44
▽女子200メートル(脳性まひT36)決勝 (5)加藤有希(神奈川)33秒53
【写真説明】
男子200メートル(切断など)で優勝したピストリウス(南アフリカ)=小宮路勝撮影
『朝日新聞』2008年09月14日
朝刊
北京パラリンピック 第8日(13日)
アーチェリー女子コンパウンド個人で神谷千恵子(東京)が銀メダルに輝いた。競泳男子50メートルバタフライ(運動機能障害)の小山恭輔(東京)も銀。車いすテニス男子の国枝慎吾(千葉)はシングルスでは15日の決勝へ進んだが、ダブルスは準決勝で敗れ3位決定戦へ。自転車男子ロードレース(脳性まひなど)の石井雅史(神奈川)は転倒して途中棄権、今大会4個目のメダルならず。車いすバスケットでは女子準決勝で日本はドイツに敗れ3位決定戦へ。男子準々決勝で日本はオーストラリアに敗れた。陸上男子200メートル(切断など)決勝はオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が21秒67で制し、100メートルとの2冠達成。
『読売新聞』2008.09.17
北京パラリンピック15、16日 陸上 伊藤・高田、再びワンツー
東京朝刊
◇第10、11日
◆陸上女子、八巻「銀」
【北京=読売取材団】終盤戦の15、16日、日本勢はメダルラッシュに沸いた。男子車いすテニスシングルス決勝で国枝慎吾(24)が完勝。陸上では男子八百メートル(車いす2)に伊藤智也(45)が勝ち、四百との2種目制覇、高田稔浩(43)も再び銀メダルに輝いた。女子百メートル(同)は八巻智美(37)、田中照代(49)が銀と銅。男子走り幅跳び(切断など4)では山本篤(26)が日本の義足選手として初のメダルを獲得した。男子四百メートル(切断など4)はピストリウス(21)(南ア)が47秒49で制し、短距離3冠を達成した。17日はマラソン(車いす、視覚障害)などがあり、12日間の熱戦が閉幕する。
《車いすテニス》
◆国枝、多彩ショットで完全「金」
世界ランキング1位の横綱相撲というほかない完勝だった。15日の車いすテニス男子シングルス決勝で、アテネの金メダリストのアメルラーン(40)(オランダ)を退け、金メダルを手にした国枝慎吾(24)。6試合で1セットも落とさず、相手に12ゲーム与えただけ。充実した環境で培った実力を、大舞台で存分に証明した。
アテネの後、4年計画で金メダル奪取に取り組んできた。健常者の大会で素早い車いす操作を鍛え、バックハンドからのスライスやトップスピンを磨いた。車いすは動ける範囲が狭く、打ち分けが勝負のカギ。「散らすことを心がけた」という言葉通り、決勝ではライン際に球を落としてアメルラーンを左右に走らせ、戦意を喪失させた。
2006年4月に母校・麗沢大学(千葉県柏市)に就職。海外遠征の費用などを支援してもらい、テニスに専念できる環境を整えた。パラリンピック優勝が競技の普及につながることを望む王者は試合後、「優秀な選手を支援してくれるスポンサーがもっと現れてほしい」と訴えた。
《陸上》
◆49歳田中「銅」
陸上女子百メートル(車いす2)で、陸上女子陣では最年長の田中照代(49)がシドニー大会以来8年ぶりとなるメダルを手にした。
田中は1996年のアトランタ大会八百メートルで金、シドニーで銀3個を獲得。シドニー後は右ひじ神経を切断するけがで競技用車いすがこげなくなり、7年間はほとんど引退状態だった。
「やっぱり走るのはいいなあ」と昨年、本格的に競技を再開。身長1メートル50と小柄でパワー不足を補うため、アテネ五輪で日本陸上チームのトレーナーだった大井和夫さん(43)の指導を受け勝負勘を磨いた。
15日の決勝では、スタートダッシュに成功したが、後半失速。「気持ちが焦ったかな」と悔しそうだったが、銅メダルを首にかけられると笑顔に。「もう少し頑張りたい」と話した。
◆踏み切り変え「銀」 山本「ロンドンは金」
陸上男子走り幅跳び(切断など4)で銀メダルに輝いた山本篤(26)は最後の6本目を終えると、スタンドにいた義足の先駆者で走り高跳びの鈴木徹(28)のところに駆け寄った。
義足選手として初めて大きな壁を跳び越えたが、アテネを逃した4年前は車いす転向も考えた。国内大会で転機が訪れる。歩数が合わず、いつもとは逆の義足で踏み切ると、空を歩くような感覚。4メートル50程度だった記録は大幅に伸びた。
偶然から始まったメダリストへの道。地道な練習で表彰台にたどり着いた。「ロンドンでは金を」と何度もメダルに手をやった。
◆広道8位「余裕なかった」
陸上男子八百メートル(車いす3)決勝で3大会連続のメダルを狙った広道純(34)は最下位の8位に沈んだ。出場全選手がそれまでの世界記録を上回るハイレベルな争い。「完敗。駆け引きする余裕もなかった」とショックを受けた様子だった。
高校1年の時、バイク事故で脊髄(せきずい)を損傷、車いす競走を始めた。シドニー大会で銀メダルを取り、2年後に会社勤めからプロに転向。海外を転戦し、アテネでも銅を獲得するなど国内の車いす陸上界をリードしてきた。
車いす陸上の大会への参加選手が年々減少していることに胸を痛め、2006年から企業の協賛金を集め、大分市で一流選手が参加する大会を主催。選手が障害を持つ子どもに指導する教室を開くなど認知度アップに努めてきた。
「北京でメダルを取って人気を上げる」という意気込みとは裏腹に、車いす競走の男子のトラック種目は伊藤智也(45)ら障害の重いクラスでメダルを獲得しただけ。安岡チョーク(35)、副島正純(38)ら有力選手は決勝にも残れなかった。
広道は「中国など海外勢のレベルが予想以上に上がっていた」と惨敗にがっくり。「海外の有力コーチを招いて技術を学ばないと、世界との差は開く一方だ」と危機感をあらわにしていた。(迫田修一)
《車いすラグビー》
◆日本、中国下し7位
車いすラグビー日本代表は16日の最終戦で中国に58―32と完勝したものの、8か国中7位に終わった。米国リーグで活躍した日本代表の要、島川慎一(33)に笑顔はなかった。
21歳の夏、交通事故で頸椎(けいつい)を損傷、両手の握力はほとんどない。陸上の車いす競走でスピード感あふれる操作を習得した。2005年11月、約50の車いすラグビーチームが争う米国リーグに参戦。最初のシーズンに最優秀選手に輝いた。
16日は途中出場し、うっぷんを晴らすように暴れ回った。車いすを加速させ、相手選手に体当たり。落としたボールを奪い取り、得点につなげた。チーム一の15得点。「自分らしいプレーを見せたかった」と息を弾ませた。
◇主な記録(共同)
◇…11日目…◇
【陸上】男子▽八百メートル(車いす2)決勝〈1〉伊藤智也1分53秒42〈2〉高田稔浩1分53秒67〈4〉上与那原寛和▽走り幅跳び(切断など4)決勝〈2〉山本篤5メートル84▽四百メートルリレー(切断など6)決勝 日本(二宮・多川・鈴木・山本)=失格 女子▽百メートル(視覚障害3)沢田優蘭=予選敗退▽同(脳性まひ6)決勝〈4〉加藤有希
【車いすラグビー】▽7、8位決定戦 〈7〉日本
◇…10日目…◇
【陸上】男子▽千五百メートル(車いす4)山本浩之、安岡チョーク、副島正純=準決勝敗退▽走り幅跳び(視覚障害1)決勝〈5〉高田晃一▽八百メートル(車いす3)決勝〈8〉広道純 女子▽百メートル(車いす2)決勝〈2〉八巻智美21秒00〈3〉田中照代21秒33
【競泳】男子▽五十メートル自由形(運動機能障害5)鈴木孝幸=予選敗退、▽同(運動機能障害6)決勝〈5〉小山恭輔 女子▽五十メートル自由形(運動機能障害5)河村有香=予選敗退、決勝〈5〉成田真由美〈6〉竹内すが子▽同(運動機能障害6)決勝〈6〉奈良恵里加
【アーチェリー】▽女子団体 日本(小西・斉藤・山川)=1回戦敗退
▽男子団体準決勝
韓国 201―188 日本(原口・長谷川・小野寺)
▽同3位決定戦
イタリア 207―194 日本
【車いすバスケットボール】▽男子5―8位決定予備戦〈7〉日本(イランが順位決定戦棄権のため)
▽女子3位決定戦
豪州 53―47 日本
【車いすフェンシング】男子エペ(障害1)久川豊昌=1次リーグ敗退
【車いすラグビー】▽5―8位決定予備戦 日本=7、8位決定戦へ
【車いすテニス】
▽男子シングルス決勝
国枝慎吾 2―0 アメルラーン(オランダ)
写真=笑顔で金メダルをくわえる国枝(15日)=加藤祐治撮影
写真=男子800メートルで8位の広道(15日)=佐藤俊和撮影
『朝日新聞』2008年09月17日
朝刊
走り幅跳び、開拓者・山本「銀」 800も伊藤「金」 陸上 北京パラリンピック
◇2回失敗、力み消えた(ハイライト)
パイオニアの胸に、メダルが輝いた。男子走り幅跳び(切断など)で銀メダルを獲得した山本は、実業団選手の道を切り開いた先駆者だ。
がけっぷちの跳躍でメダルをつかんだ。1回目はファウル。「思い切り跳べた」という2回目も、踏み切り板をわずかに越え、ファウルになった。3回目までに上位8人に入らないと競技が終わる。「とりあえず記録を残したかった」と、次は慎重に板の手前で踏み切った。「力みがなかったのがよかった」。自己記録にあと10センチと迫る5メートル84。2位でその後の試技に進み、そのまま逃げ切った。
静岡県出身の26歳。高校のバレー部でアタッカーとして活躍していた17歳の春、バイク事故で左足をひざ上から切断した。高校を卒業後、義肢装具の製作を学ぶ専門学校で、陸上に目覚めた。
走り幅跳びの記録が伸びたのは、大阪体育大に進んだ04年秋。右足踏み切りだったのが、記録会でたまたま左の義足側で跳ぶと1メートルも記録が伸びた。踏み切りを変え、在学中は100メートルと走り幅跳びの日本記録を何度も塗り替えた。
今年4月、自ら売り込んで「スズキ」の陸上競技部に迎えられた。女子走り幅跳びの北京五輪代表、池田久美子らが所属する実業団の強豪。同社によると、障害がある選手が実業団陸上部への入部を前提に入社するケースは非常にまれという。
周囲の期待は感じるが、「プレッシャーはあまりない」。陸上にはプロ選手もいる。「自分が活躍することで、実業団が障害者に門戸を開くようになればいい」。そのためにも、ロンドン大会では短距離と走り幅跳びの両方で金メダルを目指す。(渡辺志帆)
▽男子走り幅跳び(切断などF42、44)決勝 (2)山本篤(静岡)5メートル84
◆800も伊藤が金、高田が銀
男子800メートル(車いす)決勝は、伊藤が金メダル、高田が銀に輝いた。2人とも400メートルと同じ結果。伊藤は「うれしいですね」と喜びをかみしめた。
スタートの合図とともに勢いよく飛び出したのが45歳の伊藤。高田が後ろに続くのを確認しながら、無理にとばさなかった。
ラストスパートに力を残し、思惑通りに逃げ切った。「パーフェクト」とレース運びを自画自賛した。
12日に400メートルで金メダルをとった後、極力1人で部屋にこもり、知人からの電話にも一切出ず、メールも開かなかった。
「『おめでとう』という言葉を見ると、区切りになってしまう。今日まで気持ちを切らしたくなかった」
43歳の高田は伊藤の背後につき、風よけにしながら走った。「伊藤さんがいいスタートで引っ張ってくれた。伊藤さんがいなかったら、いい記録がでなかった」とライバルの走りに感謝していた。(小田邦彦)
▽男子800メートル(車いすT52)決勝 (1)伊藤智也(三重)1分53秒42(2)高田稔浩(福井)1分53秒67(4)上与那原寛和(沖縄)2分0秒65
◆ピストリウス3冠 400メートル、世界新
両足義足のランナー、ピストリウス(南アフリカ)が、12年ロンドン五輪出場を目指す男子400メートルで圧勝した。
47秒49の世界新。3冠を果たした21歳は、両手を上げて歓声に応えた。「多くの人が、僕に勝つことを期待していた。プレッシャーがかかっていた。世界記録を破れてうれしい」
スポーツ仲裁裁判所の裁定で、五輪参加の道が開かれた。7月に健常者の大会に臨んだものの、五輪参加標準記録には届かなかった。
パラリンピックは、五輪に挑戦する再出発の舞台だった。スタートでいつものように出遅れたのにもかかわらず、直線で一気に加速した。
「僕には、五輪とパラリンピックのどちらかを選ぶということはできない。これからも健常者と戦い続ける。まずは来年のベルリン世界選手権を目指したい」
◆加藤メダル逃す 女子100メートル4位
女子100メートル(脳性まひ)で前回大会銅メダルの加藤は、3位と0秒02差の4位だった。「悔しいです。100メートルは得意なんで」。スタートで出遅れ、後半の加速で追い上げた。
2大会連続のメダルは逃したが、記録は自己最高を100分の8秒更新する15秒42。「力を出し切った」と34歳は納得の様子だった。
▽女子100メートル(脳性まひT36)決勝 (4)加藤有希(神奈川)15秒42
▽同100メートル(視覚障害T13)予選「2組」(5)沢田優蘭(東京)14秒18=落選
●「バトン不使用」に対応できず失格 日本、男子400メートルリレー
男子400メートルリレー(切断など)で日本は失格に終わった。「走力で劣るのでバトンパスの練習をしてきた」と3走の鈴木。ところが、ブラジルに両腕のない選手がいたため、競技直前になってバトンを使わず、手と手のタッチによるリレーに変わった。この変更に対応できず、2走と3走の間のリレーゾーン内でタッチすることができなかった。「バトンでやりたかった」とアンカーの山本。悔いの残る結果となった。
▽男子400メートルリレー(切断などT42―46)決勝 日本(二宮、多川、鈴木、山本)=失格
【写真説明】
男子走り幅跳び(切断など)で2位の山本=林敏行撮影
男子800メートル(車いす)で優勝した伊藤智也(右)と2位の高田稔浩=林敏行撮影
『朝日新聞』2008年09月17日
朝刊
北京パラリンピック 第11日(16日)
陸上の男子400メートル(切断など)をオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が47秒49の世界新で制し、100メートルと200メートルに続く3冠を達成。男子走り幅跳び(切断など)では山本篤(静岡)が銀メダルに輝いた。男子800メートル(車いす)は、伊藤智也(三重)が優勝し、400メートルとの「2冠」を達成。2位に高田稔浩(福井)が入り、こちらも400メートルと同じ結果になった。女子100メートル(脳性まひ)は加藤有希(神奈川)が4位に入賞。男子400メートルリレー(切断など)に出場した日本は引き継ぎ違反で失格となった。車いすラグビーの日本は中国に勝ち、7位になった。
(記録は共同)
『読売新聞』2008.09.17
快走、亡き母が支え 陸上男子3冠のピストリウス/北京パラリンピック
東京夕刊
◇北京08・パラリンピック
【北京=結城和香子】同じスタジアム、同じ距離。16日の陸上男子四百メートル決勝でオスカー・ピストリウス(南アフリカ)は、北京五輪で走るはずだったレースを心にだぶらせていた。バックストレートの驚異的な加速。最終カーブ後の独走。タイムこそ自己記録に1秒24及ばない47秒49だったが、「これ以上ないほど感動した」と3冠目を振り返った。
右腕の内側に、ローマ数字の黒い入れ墨が並ぶ。数年前、病院の治療に対するアレルギー反応で亡くなった、母シェイラさんの誕生日と、死亡した日付だ。
生まれつきすねの骨がなかったピストリウスは、生後11か月で両足切断の手術を受けた。1歳半になった息子に、シェイラさんが書いた手紙がある。「神がこんなにも厳しい人生を与えたのには、素晴らしい理由がある。(失った)両足はあなたを、はるか遠くにまで連れて行くでしょう」と。
「母はそんな考え方の持ち主で、それが僕の人生への向き合い方に、深く影響を与えた。母のような人と出会えたことを、恵まれていたと思う」。ピストリウスは言う。「母が与えてくれたものは、一生僕とともにある。それは何ものにも奪えない」
いじめを受け、1年後にはけんかで相手を負かした幼少時。何でも健常の兄と競い、「障害があるんじゃなく、足がないだけ」と思ってきた成長期。スポーツ仲裁裁判所が今年5月、国際陸連の決定を覆し、五輪などへの参加の道を開いた時も、「はしゃぐ代わり、僕は顔を手で覆って泣いた。祝杯の代わり、翌日練習トラックに行った」。21歳にとっては、挑戦が許されることが、何より大切だった。
母への誓いを腕に刻んで約1年。まず参加標準記録に挑む来年の世界選手権、そして2012年ロンドン五輪へ。ピストリウスの両足は、どこまで彼を運んでいくだろう。
写真=男子400メートルで圧倒的な強さで優勝したピストリウス(16日、北京・国家体育場で)=佐藤俊和撮影
『朝日新聞』2008年09月18日
朝刊
五輪化、日本は苦戦 「競技性低い」得意階級減る 2008北京パラリンピック
17日に閉幕したパラリンピックで、日本は不振だった。五輪選手が出場するなど競技性が高まっている大会への対応が遅れた。障害の種類や軽重で選手を分けるクラス分けにも苦しんだ。一方で車いすには、自動車レースF1の素材を使ったものも登場していた。=1面参照
今回は種目数が前回のアテネから1割も減って472となった。日本が得意としていた重度障害者のクラスが削減対象となった。
背景には大会が「リハビリの延長」から「スポーツ」へと大きくかじを切っていることがある。競技性が低いことと競技人口が少ないこと。重度障害者のクラスがなくなったのは、こんな理由からだった。
アテネ陸上男子5000メートル(車いす)で金だった高田稔浩(福井)のこの種目は、今回なかった。女子100メートル背泳ぎ(視覚障害)で世界新を出していた秋山里奈(神奈川)も種目がなくなり、自由形に転向して決勝に進むのが精いっぱいだった。
河合純一・日本パラリンピアンズ協会事務局長は「戦いが白熱すれば見る人も増える」と、こんな動きにある程度の理解を示した。
「このままではやめられない。これからも、泳ぐことで何か感じ取ってもらえるように頑張りたい」。競泳女子の成田真由美(神奈川)は悔しがった。選手の障害の程度を決めるクラス分けに泣かされた。
成田は前回7冠。通算20個のメダルを持つ日本のエースだった。今回は軽いクラスと判定されて、これまでより障害の程度が軽い選手たちと戦った。出場した3種目すべてで5位にとどまった。
あるクラス分け委員によると、障害をわざと重く見せて有利なクラスに入ろうとする選手も少なくないという。いかに公平さを保つか、という課題は残されたままだ。
成田は「クラス分けが未成熟」と残念がった。
◆バネのような義足・F1素材の車いす…器具進化
五輪との垣根は低くなった。金メダル三つを獲得した両足義足のランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)は、陸上男子400メートルで12年ロンドン五輪出場を狙えるまで実力を伸ばしている。スポーツ仲裁裁判所の裁定で、北京五輪に出場する資格を持っていた。
義足のスイマー、ナタリー・デュトワ(南アフリカ)は、北京五輪オープンウオーター女子10キロで16位に入り、パラリンピックで5種目を制した。右ひじから先がない卓球女子のナタリア・パルティカ(ポーランド)も五輪に出場し、パラリンピックではシングルスで金を獲得した。
ピストリウスは「この義足はスタートでは不利だが、後半で速度が増して追いつける」と、カーボン製の義足に胸を張った。アイスランドのオスール社製。同社の広報担当者は「衝撃を吸収しバネのように働くので、従来の義足よりも動きがスムーズ。最高の義足と考えている」。
競技に特化した義足は人間の足とは似ても似つかない。J字形の黒い義足を、オスール社は「チーター」と名付けた。後ろ脚に似ているからだ。
自転車で銀、銅計3個のメダルを取った藤田征樹(神奈川)の義足は、足首から下がウマのひづめのような形をしている。ペダルをこぎやすくするためで、義肢装具士が独自に開発した。
陸上では、新素材のカーボンファイバー(炭素繊維)で出来た車いすが現れた。現在主流のアルミ製よりも軽く強い素材だ。ホンダの子会社の試作品に乗る山本浩之(福岡)は「F1で使われている素材で、空気抵抗も少ない。仮に市販されたとしたら数千万円になるでしょう」と話した。
■パラリンピックでのメダル獲得上位国
<北京大会>
順位 国名 金 銀 銅 計
(1)中国 89 70 52 211
(2)英国 42 29 31 102
(3)米国 36 35 28 99
(4)ウクライナ 24 18 32 74
(5)豪州 23 29 27 79
(6)南アフリカ 21 3 6 30
(17)日本 5 14 8 27
<アテネ大会>
順位 国名 金 銀 銅 計
(1)中国 63 46 32 141
(2)英国 35 30 29 94
(3)カナダ 28 19 25 72
(4)米国 27 22 39 88
(5)豪州 26 38 36 100
(6)ウクライナ 24 12 19 55
(10)日本 17 15 20 52
【写真説明】
女子50メートル自由形(運動機能障害)で5位に終わり、試合を見守る成田真由美=林敏行撮影
金メダル三つを獲得したピストリウス=小宮路勝撮影
『読売新聞』2008.09.18
北京パラリンピック17日 燃えた12日間 ハンデ越えた挑戦
東京朝刊
◇最終日
【北京=読売取材団】最終日の17日、日本勢は陸上男子マラソンで銀2個、銅1個のメダルを獲得し、有終の美を飾った。車いす4のクラスは先頭集団の争いが終盤までもつれ、国家体育場(鳥の巣)に入る直前で接触事故もあったが、集団にぴったりついていた笹原広喜(34)が間隙(かんげき)を突いて銀メダル。障害のより重い車いす2でも上与那原寛和(37)と高田稔浩(43)が銀と銅を手にした。夜の閉会式で熱戦を照らし続けた聖火が消え、大会は幕を閉じた。次回パラリンピックは2012年にロンドンで開催される。〈本文記事1面〉
《陸上》
◆高橋16位、連覇逃す
陸上男子マラソン(視覚障害2)で、アテネ大会の金メダリスト高橋勇市(43)は2時間43分38秒で16位に終わった。目標の連覇はならなかったが、「精いっぱいやった」と、吹っ切れた表情を見せた。43歳ながら、アテネよりも約1分記録を更新。レース後は「練習でも多くの方々に伴走していただき、『ありがとう』と言いたい」と話していた。
◆「力出し切った幸せ」
戦い終えた障害者アスリートは肩を組んだり、手を振ったりしながら「鳥の巣」に戻ってきた。17日、北京パラリンピックが閉幕、選手たちは祭典最後の夜を惜しんだ。
日本選手団は、日の丸と中国国旗の小旗を振りながらフィールドへ。男子走り幅跳びの銀メダリスト山本篤(26)や競泳男子の木村潤平(23)がテレビカメラに向かっておどけてみせる。
思うような跳躍ができず、悔し涙を流した走り幅跳びの佐藤真海(26)も笑顔。「聖火を見ると持てる力を出し切った幸せがわき上がってくる。4年後の夢に向かって努力を続けたい」と話した。
閉会式のパフォーマンスのテーマは「未来への手紙」。約2000人のダンサーが紅葉や収穫をイメージして踊った後、開会式に続いて中国障害者芸術団が登場。盲目の団員が笛を独奏し、パラリンピック旗が北京市長からロンドン市長に渡された。
芸術団の団員が千手観音を演じる中、式典はフィナーレに。聖火が消えると、無数の花火が打ち上げられ、夜空を焦がした。
◆自分超える魅力あるから
エリート化が進むパラリンピック。競技レベルの向上で、五輪とパラリンピック双方に出場を目指す選手も出てきた。しかしこうした選手も、パラリンピックに参加を続けたいと口をそろえる。その魅力とは何か。
五輪の女子10キロオープンウオーターで16位、パラリンピックで競泳5冠を達成したデュトワ(南ア)は、「手足がなくても世界記録保持者になれる、それがパラリンピックのすばらしさだ。私自身、自分より重い障害を持つ選手の姿に心を打たれる。これが参加し続けたい理由」と言う。
「私も、もうこれ以上できない、と思ったことが何度もあった。でも今はこう思える。人生の悲劇とは、障害で自分の目標が達成できなくなることではない。悲劇は、目指す目標を持てなくなることなのだ」と。
男子陸上3冠のピストリウス(南ア)も言う。「健常者の大会では、常に勝つことを要求された。でもパラリンピックで一番大切なのは、優勝でなく自分を超えることだと教わった」
自身パラリンピック選手のクレーブン国際パラリンピック委員会会長は、「パラリンピックが持つ独自性を守り続けたい。それが大会の存在価値そのものだからだ」と語っている。(結城和香子)
◇主な記録(最終日)共同
【陸上】男子▽マラソン(車いす4)〈2〉笹原広喜1時間23分17秒=大会新〈5〉洞ノ上浩太〈6〉山本浩之〈7〉広道純〈12〉副島正純〈13〉安岡チョーク▽同(車いす2)〈2〉上与那原寛和1時間40分10秒〈3〉高田稔浩1時間40分20秒▽同(視覚障害2)〈16〉高橋勇市〈19〉新野正仁〈21〉加治佐博昭
◆金5、銀14、銅8 計27個 25減、トップは中国211個
日本選手団のメダル獲得数は27個(金5、銀14、銅8)に終わった。ソウル以降の6大会で最少。開幕前に選手団が発表した予想メダル数(39個)にも大きく及ばなかった。
4年前のアテネに比べると退潮ぶりは際立つ。競泳は23個から5個、陸上は18個から12個、柔道は4個から1個に減少。大幅な上積みをしたのは2個から6個の自転車だけだ。チーム競技も8年ぶりのメダルを目指した女子車いすバスケットボールは一歩届かず、前回銅のゴールボール女子は予選突破できなかった。
開催国の威信をかけて強化を進めてきた中国は、計211個のメダルを獲得し、断然のトップ。次回のホスト国、英国も強化費を倍増し、102個を手にした。
「信じられない」。陸上男子千六百メートルリレー(車いす4)の永尾嘉章(45)は、優勝した中国のタイム3分5秒67に絶句した。2位に6秒差の驚異的な世界記録。世界との差は広がり続けている。
競技生活のサポートで、一つのヒントを示したのは陸上男子走り幅跳び(切断など4)2位に入った山本篤(26)だ。今春、実業団選手として自動車メーカーに就職。練習時間を確保できただけでなく、資金面も安定し、欧州遠征などもこなせるようになった。
「日本選手も環境が整えば戦えると証明できた。企業や国が支援に本腰を入れてくれれば」。義足選手として陸上で初めて表彰台に立ったアスリートの言葉が重く響いた。(竹村文之)
◆今大会の日本のメダル(写真は読売取材団撮影)
■金メダル(5)
【自転車】
▽男子1000メートルタイムトライアル(脳性まひ4)石井雅史(35)「レースへの集中の仕方は体がおぼえていた」(日本勢の金メダル第1号を手にして)
【競泳】
▽男子50メートル平泳ぎ(運動機能障害3)鈴木孝幸(21)「東京に戻ったらこれからのことをゆっくり考えたい。まずは就職活動します」(金、銅メダルを獲得、ロンドンを目指すかとの質問に)
【陸上】
▽男子400メートル(車いす2)、男子800メートル(同)伊藤智也(45)。2冠達成「人生で5番目にうれしい。4人の子どもが生まれた時に次いで」
【車いすテニス】
▽男子シングルス 国枝慎吾(24)「健常者と同じ。自分は車いすに乗ってテニスをやっているだけ」(ダブルスの銅メダルに続き、金メダルを獲得)
■銀メダル(14)
【自転車】
▽男子1000メートルタイムトライアル(運動機能障害3)、3000メートル個人追い抜き(運動機能障害3)藤田征樹(23)
▽3000メートル個人追い抜き(脳性まひ4)石井雅史
【柔道】
▽男子66キロ級 藤本聡(33)。4連覇を逃して「悔しい。相当研究されていた。相手はプロ。言いわけにしたくはないが」
【競泳】
▽男子50メートルバタフライ(運動機能障害6)小山恭輔(20)
▽男子50メートル自由形(視覚障害1)河合純一(33)
【アーチェリー】
▽女子コンパウンド個人 神谷千恵子(48)
【陸上】
▽女子100メートル(車いす2)、女子200メートル(同)八巻智美(37)
▽男子400メートル(車いす2)、男子800メートル(同)高田稔浩(43)
▽男子走り幅跳び(切断など4)山本篤(26)
▽男子マラソン(車いす4)笹原広喜(34)「北京を集大成と考えてきた。銀メダルで最高の区切りになった」
▽男子マラソン(車いす2)上与那原寛和(37)
■銅メダル(8)
【競泳】
▽男子100メートルバタフライ(視覚障害1)河合純一。苦戦の続く競泳陣に「日本はパラリンピックで勝ちたいのか。それを問うべき時期に来ている」と危機感をあらわに
▽男子150メートル個人メドレー(運動機能障害4)鈴木孝幸
【自転車】
▽男子ロードタイムトライアル(運動機能障害3)藤田征樹
▽男子ロードタイムトライアル(脳性まひ4)石井雅史
【車いすテニス】
▽男子ダブルス 国枝慎吾・斎田悟司(36)。北京で競技生活に一区切りの斎田は「最後にメダルを取れて幸せ。今後は後進育成でかかわりたい」
【陸上】
▽男子円盤投げ(車いす4)大井利江(60)。
▽女子100メートル(車いす2)田中照代(49)。8年ぶりのパラリンピックを終えて「速い連中ばっかりの中、力は出し切った。もう少し頑張りたい」
▽男子マラソン(車いす2)高田稔浩。2種目の銀メダルに続いてマラソンでも銅メダルに輝き、「同じ障害を持つ二女に誇れるメダルになった」
◇パラリンピック(夏季大会)獲得メダル数
回数
開催年
開 催 地
金
銀
銅
計
2
1964
東京(日本)
1
5
4
10
3
68
テルアビブ(イスラエル)
2
2
8
12
4
72
ハイデルベルク(西独)
4
5
3
12
5
76
トロント(カナダ)
10
6
3
19
6
80
アーヘン(オランダ)
9
10
7
26
7
84
ニューヨーク(米)
9
7
8
24
ストークマンデビル(英)
8
88
ソウル(韓国)
17
12
17
46
9
92
バルセロナ(スペイン)
8
7
15
30
10
96
アトランタ(米)
14
10
13
37
11
2000
シドニー(豪)
13
17
11
41
12
04
アテネ(ギリシャ)
17
15
20
52
13
08
北京(中国)
5
14
8
27
(第1回ローマ大会は日本不参加)
写真=閉会式のため整列した各国旗(17日夜、北京・国家体育場で)=佐藤俊和撮影
写真=《1》男子走り幅跳びで優勝したドイツの選手《2》車いすを固定して上半身だけで戦う車いすフェンシング《3》女子走り幅跳びで5位入賞を果たしたドイツ選手の跳躍は、選手待機所の屋根が羽根のように重なった《4》つえをついてプールサイドを歩く米国選手《5》視覚障害のある選手にゴールやターン位置を知らせるタッピング。中国はテニスボールをつけた棒を使っていた《6》自転車個人追い抜きタンデムでスペインの選手(右)と握手する優勝を決めた豪州選手《7》花束を肩で受け取る選手《8》ひもで手をつなぎ、ガイドと一緒に走る選手=いずれも読売取材団撮影
◆支え、支えられ
写真=フェンシングの試合前、車いすを床に固定するボランティア
写真=車いすラグビーで、タックルを受け倒れた選手を起きあがらせる担当者
写真=男子50メートル背泳ぎでは、コーチやスタッフが持ち手などを工夫し、選手のスタートを支える
写真=視覚障害の男子400メートル予選を通過し、大喜びで伴走者に抱きつくブラジル人選手
◆今大会の日本のメダル
写真=鈴木孝幸(競泳)
写真=小山恭輔(競泳)
写真=河合純一(競泳)
写真=伊藤智也(陸上)
写真=八巻智美(陸上)
写真=高田稔浩(陸上)
写真=山本篤(陸上)
写真=笹原広喜(陸上)
写真=上与那原寛和(陸上)
写真=大井利江(陸上)
写真=田中照代(陸上)
写真=石井雅史(自転車)
写真=藤田征樹(自転車)
写真=神谷千恵子(アーチェリー)
写真=藤本聡(柔道)
写真=国枝慎吾(車いすテニス)
写真=斎田悟司(車いすテニス)
『読売新聞』2008.09.27
パラリンピックの今後 進むエリート化、東京招致の課題(解説)
東京朝刊
(要約)
◇パラリンピックは、大会の価値や競技レベルの高度化が急速に進んでいる。
◇東京招致に向け、選手強化や運営では「エリート大会」の流れに沿った対策が必要だ。
◇
障害者スポーツの祭典、パラリンピックが、エリート化の道を歩んでいることが17日に閉幕した北京大会で顕著になった。(運動部・結城和香子)
147の国・地域、約4000人の選手が参加した北京パラリンピックは、報道陣の数でも史上最多の約5500人が注目した華やかな大会となった。
中国政府がメンツと資金をかけた壮麗な開閉会式。選手村や陸上、競泳などの競技会場は、五輪施設をそのまま利用、観客動員も行って客席を埋めた。フィリップ・クレーブン国際パラリンピック委員会(IPC)会長は、閉会式で「過去最高の大会」と宣言した。
今大会では、競技レベルの向上が顕著になった。
背景にあるのは、トップ選手の中に、時間のすべてを訓練に費やす「プロ」が増えていることだ。強化費の大半は、国やスポーツ組織がメダル候補に支給しているが、2012年ロンドン五輪出場を目指す両脚義足の陸上選手、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)のように、数社のスポンサーが付く選手もいる。
こうしたエリート化の流れは、近年、IPCが強く推進しているものだ。
IPCが05年に創設して、英マンチェスターで毎年開催している「パラリンピック・ワールドカップ」は、車いすバスケットボール、陸上、水泳、自転車の4競技のみ、世界トップの招待選手を指定して行っている。差別化が進むとの批判もあるが、クレーブン会長は「最高の競技と選手を世界に発信し、見て面白いスポーツへの突破口を開く必要がある」と主張する。狙いは、観客やテレビ受けのいい競技を前面に出して障害者大会のイメージを変革し、スポンサー、放送権料の獲得に向け、大会の価値を高めることにある。
欧米にリーグがあり、チームを渡り歩くトッププロも存在する車いすバスケットボールは、その先端を行く。モーリーン・オーチャード国際車いすバスケットボール連盟会長は、「我々は多くの努力を重ねて今の地位を築いた。競技間に注目度の差があるのは五輪も同じ」と明言する。
こうした流れは、16年に東京五輪・パラリンピック開催を目指す日本にも、課題を突きつける。
国際オリンピック委員会(IOC)委員でもあるクレーブン会長は、地元の中国が最多の89個の金メダルを獲得、次回開催の英国が42個で続いたことを評価、「開催国の選手の活躍は大会成功のカギ」と強調する。五輪選手と同レベルの強化費、訓練施設利用や医科学サポートを受ける環境の整う国が増える中、日本はメダル27個(金5、銀14、銅8)と過去20年で最少に終わった。やや取り残された感のある日本は強化の方向性も、見直すべきだろう。
東京が招致を目指す16年五輪・パラリンピック大会は、選手や競技の社会的な地位が高いパラリンピック発祥の地で行われる12年ロンドン大会に続く大会だ。招致、開催に向けての計画作りでは、組織運営やボランティアの質だけでなく、障害者スポーツへの社会の関心と理解を深め、観客動員に直結するプランの練り上げも必要になる。
写真=運動部・結城和香子
『読売新聞』2008.12.01
義足ランナー、五輪も射程 パラリンピック3冠のピストリウス/陸上
東京夕刊
北京パラリンピックの陸上男子で3冠を獲得した義足のランナー、オスカー・ピストリウス(南ア)が、来年8月のベルリン世界選手権出場に照準を定め、始動した。国際陸連が「装置による競技能力の向上」に当たるとして禁止し、その後、スポーツ仲裁裁判所(CAS)が覆した、義足選手による陸上トップ大会への参加の道が開けようとしている。(結城和香子)
ピストリウスは今年7月、北京五輪男子四百メートルの参加標準記録に0秒70と迫る46秒25をマークし、来春の複数の公認大会で世界選手権の標準突破を狙う。2012年ロンドン五輪も射程内だ。
両足義足の22歳が使うのは、OSSUR社(本社アイスランド)のスプリント競技用ブランド「チーター」だ。国際陸連が委託したケルンの大学の研究によると、チーターの最大の特徴は、トップスピードに乗った後、健常者より約25%少ないエネルギー消費でスピードが維持できる点。カーボン繊維層で出来たJの字形の弾力構造が、かかと部分に蓄えたエネルギーを、効率よく放出するためだ。このため四百メートル走の比較研究では、健常者は前半に最速区間が来るが、ピストリウスは中盤から後半が最速区間になるという。
国際陸連はこの結果を受けて義足を「競技能力の向上」と断じた。しかしCASは、これが義足の長所が出る区間のみを分析しており不十分だとした。
同社研究開発部のヒルマー・ジャヌソン副社長によると、義足には、健常な脚のような柔軟な調節能力がなく、スタート時の加速やカーブ、雨にぬれたトラックなどでは大幅に不利となる。「ピストリウスの走りは、彼自身の運動能力があって初めて可能になる。義足が競技能力の向上になるのなら、ドーピングに命を賭すような者は、進んで(両足を切って)義足を使うだろう」と皮肉を込める。
北京パラリンピックの男子百メートルでピストリウスらに続く3位に入ったブライアン・フレージャー(米)は、「パラリンピックの競技レベルが上がり、今後多くの選手が健常者の大会の門戸をたたく」と話す。今後の義足の進化も踏まえ、「国際陸連は、どこまでが許されるタイプの義足かなど、技術規定を検討すべき時に来ている」とも。ピストリウスが開いた扉への流れは、もう止まらない。
写真=ベルリン世界選手権出場を狙うピストリウス(写真は9月、北京パラリンピック3冠を達成した男子400メートル決勝)=佐藤俊和撮影
『朝日新聞』2009年02月24日
朝刊
義足のスプリンター・ピストリウスが大けが
義足のスプリンターで、北京五輪出場を目指したことで話題を呼んだオスカー・ピストリウス(南アフリカ)がボート事故に遭い、大けがを負ったと南アフリカのラジオ局が22日、伝えた。症状は安定しているという。(AP共同)
*作成:20091230 植村要