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「生存戦略としての身近な人々によるグローバライゼーション」

永田 貴聖 2009/02/25 「国際研究調査報告」 『生存学』1: 394-396


 二○○五年、日本政府による「興行」在留資格要件厳格化により、フィリピンから来日するフィリピン人女性契約芸能移住労働者の数が激減しました。一方、二○○七年末、フィリピン上院議会は、日本への介護・看護者の候補生を送り出す条項を含んだ日比経済連携協定をようやく承認し、日比間の人の移動は新たな局面を迎えつつあります。
 しかし、フィリピンから日本への、別の人の移動の流れが形成されつつあります。八○年代以降、日比の国際結婚が増加しました。何らかの理由で離別し、フィリピン人の母親とともに暮らしている多くの日比二世たちがフィリピンに存在しています。これらの二世たちの中には日本国籍を保持している者、日本人の父親との親子関係を証明でき、日本での在留資格を取得できる可能性が高い者が多くいます。
 二○○八年六月最高裁の国籍法違憲判決により、法律婚をしていない日比の両親を持つ二世たちが日本国籍を取得すことが可能になる様子です。この様な流れの中で、フィリピンに拠点を置くいくつかの営利、非営利の団体が日本国籍、在留資格を取得できる二世たちを、日本に労働者として送り出そうとしているのです。
 現在、私は、日本学術振興会科学研究費補助金・特別研究員奨励費(課題『日・比間の双方向的な移動による在日フィリピンネットワーク構築の人類学的研究』)の支援を受け、この新しいフィリピン人たちが日本に移動するルートを追跡するための調査を実施しています。主な、内容は関係団体へのインタビュー、見学、インターン学生などからの情報収集、当事者たちとの係わりなどです。フィリピンに滞在中、主にマニラ首都圏で調査を実施しています。人類学が専門である私は、主に八○年代以降から増加している日本人との国際結婚により定住化したフィリピン人女性の社会関係を調査しています。日本においては、カトリック教会にあるフィリピン人組織、インフォーマルのフィリピン人同士の集まり、個別の聞き取り調査などを行っています。フィリピンでの調査は、日本でのものと比べると新たな人との出会いが決して多くはなく、ストレスが溜まる要素が大きいです。
 しかし、以前、フィリピン大学ディリマン校に留学していたこともあり、調査中も、留学時代にお世話になったホームステイ先に間借りをして、調査の合間に旧友たちと 会う機会がしばしばあります。ここでは、 その中のエピソードを紹介したいと思います。
 その友人たちは、私が留学中タガログ語を磨くために週に数回、大学の講義の合間に通っていた外国人向けの語学学校の講師として働いていた二○代半ばから後半の若者たちです。彼らは、いわゆる「ミドルクラス」の家庭に生まれ、いずれも有名大学を卒業しています。アメリカの植民地だったフィリピンにおいて、高学歴の人々の多くが英語を当然のように話します。そして、現在、この様な「ミドルクラス」の人々の多くが海外に職を求めて「OFW」と呼ばれる移住労働者になります。友人たちの家も家族の誰かが海外で働き、仕送りにより家族の生活が維持されています。しかし、友人たちは、単に仕送りに依存するだけではなく、少しでも家計の足しになるようにフィリピン国内で何らかの仕事をしています。
 ある日、一日の仕事を終え、彼らの夕食を共にすることとになりました。彼らはすでに私が学んでいた語学学校を退職し、海外にいる受講生にチャットを通じて、オンラインで英語レッスンを行う学校で働いていました。聞くところによると、語学学校では、一対一のレッスン(五○分)一回で五○ペソ (日本円で約九五円―二〇〇八年一二月現在)しか報酬がなく、この安さが原因で退職した様子です。ちなみに私は語学学校に一レッスン三○○ペソ払っていました。
 彼らはそこ通退職前に、オンライン語学学校への採用が決定していた模様です。この学校は、海外に、受講生が学ぶ通信機器を揃えた拠点にいくつか設けています。講師は一コマ三○○ペソの報酬を得ることができます。そして、驚いたことは、海外拠点があるのが韓国、シンガポール、マレーシアなど、いずれもフィリピンよりも経済水準が高い国ばかりなのです。友人たちは植民地支配の影響により身についた語学力と八○年代の東南アジアの経済成長の波に乗れなかったフィリピンでの人件費の安さを「利用し」、「利用され」、チャットにより国境を越え、受講生たちに知識とスキルを安価に提供していると言えるでしょう。
 今後、来日する新しいフィリピン人たちが彼らのような「ミドルクラス」であるかどうかはまだ調査中です。しかし、フィリピン人たちがさまざまな知識を備えた安価な労働者であることを「利用し」、「利用され」る生存戦略を備えていることを受け入れる側はより深く理解しなければならないでしょう。

*作成:永田 貴聖
UP:20100207 
全文掲載  ◇『生存学』1  ◇永田 貴聖
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