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孤族の国

親孝行請けます 「孤族の国」家族代行―2【全文】

2011年1月27日12時34分

写真「親孝行代行サービス」を立ち上げた内海実さん(右)と妻茂野さん。屋号は「燦々(さんさ)村 南伊豆」=静岡県南伊豆町

 シワの寄った手でミカンが差し出される。お茶でも飲んでいけ、と勧められる。

 太平洋を望む伊豆半島南端。地元スーパーから商品を配送する仕事で、内海(うつみ)実さん(60)が山あいの集落を回っていると、お年寄りから声がかかる。配達先は、買い物が重くて持ち帰れない高齢者がほとんどだ。

 ぽつんと佇(たたず)む一軒家に、独り暮らす老女たち。世間話をしていると、5年前に亡くした故郷の母の姿が重なる。

 日本海に面した京都府舞鶴市。山あいの一軒家に、両親と兄、祖母の5人で暮らした。幼いころ、体が弱い自分に母が添い寝をしてくれるのがうれしかった。兄に続いて故郷を離れたのは20歳のとき。妻となる同郷の娘を追い、東京に出てきた。その後、祖母と父は他界。母は50代で独りになった。

 「次は、いつ来る?」。そう聞いてくる母の言葉に胸が痛んだ。だが、米軍横田基地のそばで始めた弁当屋が軌道に乗り、2人の子育てにも追われて、帰省できるのは年に1、2回。

 ある日、親類から耳打ちされた。「お母さん、訪問販売で何か買っているみたいよ」。深刻だと気づいたのは、70歳を過ぎて認知症の症状が出てからだ。帰省すると、家に見慣れぬ商品がごろごろしていた。磁気ネックレス、高級ふとん、健康マット。総額数百万円にのぼった。

 「人恋しくて、誰でも受け入れてしまったんでしょうね。でも、故郷に仕事はなく、簡単には帰れない。僕らの世代には、そんな人多いでしょう?」

 一人暮らしは25年。母は最期の数週間を兄の家で過ごし、80歳で逝った。

      □

 「あのころ、母を見回ってくれる人がいたら」「早く様子を知らせてくれていたら」

 そんな思いがよみがえったのは、母を亡くして間もなく、妻と静岡県南伊豆町に引っ越してからだ。人口は1万人に満たない。高齢化率は35%超。近隣の町も似たような状況だ。配達の仕事をしながら、「親孝行の代行サービスができるのではないか」と思いついた。

 子に代わって親を見守る仕組みだ。週1回約30分間、高齢者宅を訪ねる。親の様子は、離れて暮らす子どもにメールで報告する。その際、買い物の代行や郵便物の投函(とうかん)、自宅の照明器具取り換えなども請け負う。活動エリアは近隣1市3町。利用料は月額6千円。最近、会員募集を始めた。

■子どもからの贈り物

 総務省の推計では、子どものいる単身高齢者のうち3人に1人は、子どもが1時間以上離れた場所に住んでいる。親孝行に需要があると踏んだ民間業者は、すでに掃除や洗濯の代行を「親孝行プラン」として東京23区内で売り出すなど、親から離れて暮らす現役世代に照準を合わせている。

 埼玉県所沢市のニュータウン。一軒家に一人暮らしの越賀健(こしが・たけし)さん(79)が、生活支援業者カジタク(東京)の清掃代行サービスを利用したのは今月上旬。男性スタッフが訪れ、台所のレンジフードについた真っ黒な油汚れを2時間かけて落としてくれた。思わず「こんなに白かったのか」と苦笑いした。

 長女(44)がプレゼントしてくれた「家事玄人(くらうど)」というサービスだ。料金は1回1万2600円。台所か浴室の清掃など、どれか一つを請け負ってくれる。ティッシュペーパー大の箱が「商品」。全国のドラッグストアなど1500の店頭に並ぶ。箱の中のパスワードを会社に電話で伝えれば、スタッフが派遣される。昨春から約5400個が売れた人気商品だ。

 越賀さんは、元はエレベーター会社の営業マン。2人の娘は独立し、妻を6年前にがんで亡くして1人になった。「でも、気楽で楽しいよ」。囲碁にウクレレと趣味は広く、飲み仲間のお誘いも絶えない。家の掃除にまでは気が回らない。

 都心の広告会社に勤める長女は、休日出勤、徹夜の作業もしばしばだ。年に数回帰省できれば、まだいい。「親孝行できない後ろめたさがあった」

 長女は言う。「プロの手で家がきれいになって、私も気持ちをかたちにできる。両者が得するウィンウィンのサービスではないでしょうか」

      □

 南伊豆町の内海さんのもとには、問い合わせが増えてきた。正月に帰省した子ども世代が、国道沿いに掲げた看板に目を留めてくれたのだろう。

 周辺には過疎地が広がる。半数以上が高齢者の集落だってある。「仕事がない」と、子どもたちは都会へと出て行く。

 「このサービスがうまくいけば仕事が生まれ、地域が元気になってくれるかも」。親と子、地方と都市をつなぐ新しいビジネスモデルになる予感を、いま抱いている。

■孝行にもいろんなかたち

 親孝行と聞いて思い浮かぶのは、一緒に旅行に行ったり酒を飲んだり、そんなものばかり。ところが今回、日々の見守りも、家の面倒な掃除も、いろんなかたちがあるのだと知った。

 大阪で一人暮らしの私は、いま30歳。東京の両親は健在だが、帰省できるのは年1、2回。どこか後ろめたさがある。一度、親孝行代行をお願いしてみようかと興味を引かれた半面、他人の手に委ねることには少し引け目も感じた。感性が古いのだろうか。(高橋健次郎)

■朝日新聞世論調査 質問と回答

 朝日新聞社が15、16日に実施した全国定例世論調査(電話)のうち、「孤族の国」第2部「家族代行」に関連する質問と回答は次の通り(数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で該当する回答者の中での比率。〈 〉内の数字は全体に対する比率)。

◆仮にあなた自身が、病気になったり年をとったりして、だれかの手助けが必要になったとき、家族や親類に頼れると思いますか。頼れないと思いますか。

 頼れる57

 頼れない37

◇(「頼れない」と答えた37%の人に)それはどうしてですか。(選択肢から一つ選ぶ)

 家族や親類がいないから2〈1〉

 遠くに住んでいたり、高齢だったりするから17〈6〉

 迷惑をかけたくないから72〈27〉

 頼み事ができる関係ではないから6〈2〉

◆仮にあなた自身が、病気になったり年をとったりして、だれかの手助けが必要になったとき、家族や親類以外の人や業者に頼ることに抵抗を感じますか。感じませんか。

 感じる40

 感じない53

 〈調査方法〉 15、16の両日、コンピューターで無作為に作成した番号に調査員が電話をかける「朝日RDD」方式で、全国の有権者を対象に調査した。世帯用と判明した番号は3380件、有効回答は2030人。回答率60%。

  

孤族の国

  単身世帯の急増と同時に、日本は超高齢化と多死の時代を迎えます。「孤族」の迷宮から抜け出す道を、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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