原著は“Thing Knowledge”というタイトルで、直訳すると「物の知識」、「物知識」とも言える。邦訳のこの本は「物のかたちをした知識」とした。
どういうことかと言えば、計測機器や実験機器、そして機器(望遠鏡、顕微鏡、測定機器など)には、理論より先行した「知識」が宿っているという言い方になるが、別に物に「霊」が宿るといったアニミズムということではない。
手についた知識、技能知、暗黙知、ノウハウといった知ることは語ることだけではないということを示している。
18世紀にはイギリスに「太陽系儀」(オーラリー)と呼ばれる「珍しい機械」があった。これらは「ちゃんとした科学的知識」とは認められなかったし、物の不完全さを免れなかった。しかし、「モデル」(模型)として我々の想像力を羽ばたかせてくれる。
パルス・グラスと呼ばれる、真空状態のガラス管内の液体は、人が手を触れるだけで沸騰させることが出来る。一見単純でどうということのない装置は、19世紀に「恒温変態」と言われる。水銀温度計の目盛りが温度によって上がったり下がったりするのもその一例であるが、蒸気機関で有名なジェームス・ワットは、これを蒸気機関で動力を発生させられることと結びつけた。今ではこの理論的背景も古く、間違っていたにも関わらずである。
モデル(模型)というのは、主観的な意味では「一定の条件を満たせば、将来、誰の身の上にもきっと起こることを言っている」重要なノウハウを有している。客観的な意味では、人間の手になる装置があり、それは特定の現象を示し、その現象に対して、人は実質を伴う物によってーー言葉によるのでなくてもーー支配出来るということを示している。ワトソンとクリックが考案した「DNA二重螺旋」モデルは模型をブリキ板で作っていた。あれこれ弄っている内に着想が二重螺旋に至ったという事態である。
マイケル・ファラデーは「電磁回転」と呼ばれる装置を生み出した。ファラデーが示したことは、電気と磁気の要素をしかるべく配置すれば、回転運動を生み出すことを示したのであるが、これが電磁石による「電動モーター」の発明である。
しかし、実験による発見の記述を解釈することが、いかに難しいかをファラデーは知っていた。そこで、ファラデーは作るのに必要な技能のない人でも、新しい現象を直接体験できる様に、その図面を手紙で配布したり、公表したりした。
文字だけによる記述ではとらえきれないものがある、ということを示している。機器はどんなものであれ、信じる内容ではない。
誰でも有無を言わさないだけである。
物理学者のリチャード・ファインマンは「私は作れないものは理解していない」という名言がある。科学を経験基盤に「依拠する」理論的構成物と考えることが間違いなのだ。世界のかかわり方と世界のわかり方とに、色々なモードがあるのだ。中には理論的なものがあり、中には物による場合もある。両者は相互作用する。
著者の父が実験装置の製造会社を営んでいた。本書にもたびたび登場するベアード・アソシエイツ社(BA)の創業者の一人だ。中々稀有な環境の元、親とは違う「科学哲学」を志すと父に告白して落胆させたという話であるが、少年時代から家には実験装置が転がっていたそうなのだ。それはそうだろう。子供の頃から実験装置とは何かと考えたくもなるだろう。
著者の面白いところは機器には「カプセル化した知識」というものが内包されていると喝破したことだ。
少し前の少年ジャンプに連載されていた、「Dr.STONE」というマンガがあったことを覚えている人なら理解出来るだろう(このマンガを読んでからこの本を読むとこの本の骨子が理解しやすい)。文明の崩壊した生活の元で機械や機器を生み出すということが、どれほどの理論的背景や動作知識を有しているか、示しているかを考えてみればわかりやすい。つまり、機器には「カプセル化」された知識が内臓されていることがどういうことかがわかる。
科学が機械化して、進むにつれて人から分離された「ブラックボックス」になることで、科学と技能は別の領域を調べられる様になった。AIにより、職人的技能も模倣され出した。MRI(磁気共鳴画像化装置)がどういう仕組みかを知らずとも、医者もそれを修正を加えつつ精度を上げつつ活用している。
頭だけで考えることには限界があるし、理論よりも表現(モデル化)、実験や検証(解釈)、を物で行った方が言葉で語るよりも多くのことを有していること、物の方が現実に密着していることを示しているとも言える。
私が大学時代に読んだ、マイケル・ポランニーの本にも「私たちは、語ることよりも多くのことを知っている」として「暗黙知」を提唱した本を読んだ。そのマイケル・ポランニーも「吸着ポテンシャル理論」という、50年以上も学会で理解すらされなかった理論を提唱した化学者だった。理解されずとも、「活性炭」や「消臭剤」による効果は誰でも検証出来る。要は、理論よりも先行して正しさを示すことに「物知識」が如何に有効かをこの本は語ってくれている。
こうやってPCで打ち込みをしている私にしても、電子回路の量子力学の理論などこれっぽちも理解出来ないし、液晶テレビの構造やスマホの回路や理論的内容を知らずとも、我々の多くは活用しているし、それには過去の多くの実験があり、機器による「物知識」、モデルが多く生み出された過去があることを少しは思い出しても良いのではないだろうか?
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物のかたちをした知識 実験機器の哲学 単行本 – 2005/8/25
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- 本の長さ400ページ
- 言語日本語
- 出版社青土社
- 発売日2005/8/25
- ISBN-104791762061
- ISBN-13978-4791762064
登録情報
- 出版社 : 青土社 (2005/8/25)
- 発売日 : 2005/8/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 400ページ
- ISBN-10 : 4791762061
- ISBN-13 : 978-4791762064
- Amazon 売れ筋ランキング: - 373,252位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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- 2023年1月21日に日本でレビュー済みAmazonで購入
- 2005年9月15日に日本でレビュー済みAmazonで購入『『ルネサンスの工学者たち』 レオナルド・ダ・ヴィンチの方法試論』
も図に惚れて即買いでしたが、これはそういう意味では、第2弾。
実験道具に近いので物理屋さんの方が好きかな?