脳のしくみは、まだ解明されていないところも多い。しかし、本書による説明は、その一部はまだ仮説であるにもかかわらず、納得できるところが多く、知能とは何かという命題に重要な示唆を示している。
新皮質は機能ごとの領域に分割されていて、それらは神経のつながりにより、階層を構成している。各領域は、6層からなる柱状構造により構成されている。
各領域は、下位の領域からのパターンの入力と、上位の領域に記憶されているこのパターンのシーケンスに関する情報と、この領域が下位の領域に出力したパターンの履歴を用いて、下位からこれから入力されるであろうパターンの予測を試みる。
予測が成功した場合は、それは新たに得られた知見として記憶され、より下位での予測が可能になる。予測ができない場合は、その情報はより上位の領域の概念で、解明・予測が試みられる。
以下に、その詳細を記述する。
1)新皮質の構造
新皮質のすべての機能領域は、ひだになった同じ膜の上にある。各領域は階層構造の関係にあり、その関係は各領域が多数の軸索によってどうのようにつながっているかによって決まる。
この階層構造の最上部には、それらを統合する連合野と海馬が存在する。
各領域は、視覚、聴覚、触覚、言語などの機能に特化されているが、細部の構造は均一で、すべて同じ原理にもとづいた働きをしている。
各領域は、細胞の密度と種類、つながり方の違いによって、厚み方向に6つの層に区分される。一方、縦方向には、上下方向の情報の流れを伝える柱状構造に分割されているが、隣の柱状構造との境界はそれほど明確ではなく、各細胞のシナプスの90%以上がその構造の外側とつながっている。
2)情報処理の流れ
下位の領域から送られてくる現実の世界に関する情報(空間的な分布とその時間的な変化に関する普遍表現としてのパターン)は、柱状構造も主要な入力層である第4層に到達する。
一方、上位の領域において予測が可能になった場合には、その予測をシーケンスの名前として下位の領域に伝え、下位の領域において表面に沿って走る軸索が大部分を占めている第1層で水平方向の広い範囲に広がる。さらに、本領域が興奮した過去の履歴も第5層から視床を経由して、第1層にフィードバックされる。(後述)
下位からの情報により第4層が興奮しているとき、その柱状構造の第1層のシナプスも興奮していれば、そのシナプスの結合は強くなり、第2,3,5層の細胞は第1層の信号(興奮)パターンにもとづいて興奮するタイミングを予測しはじめる。
もし、下位からと上位からのパターン同士に関連性が見つかり、それによってつぎに発生するパターンを予測(上位の記憶を用いて、自己連想的に、現在の入力を補い、自己連想によって次に何が起きるかを予測する)し、それが確実なものになったら、そのシーケンスの永続的な表現、つまり記憶を形成する。
つまり、感覚をパターンとして記憶し、新たな入力と記憶を比較することにより現在の状況を比較し、将来受け取るはずの感覚を予測できるようになる。
このように、脳は問題の答えを「計算」するのではなく、シーケンスの記憶の中から引出している。
ある柱状構造が(時間的に連続して起こる)パターンの集合としてのシーケンスを学習すると、第2層の名前細胞がそのシーケンスに名前(一定のパターン)を付けて、上の領域の第4層に送り返す。
名前細胞は、学習が進むと、上位の領域からの情報だけで興奮できるようになる。
パターンを予測できた柱状構造の抑制細胞は、周囲の柱状構造が興奮するのを防ごうとする。
パターンを予測できないときには、その変化するパターンを細胞体に近いシナプスを通して上位の領域に渡し、解決できない問題が、階層を上がっていく。
このように未来を予測できるとことが、理解していることを意味し、その能力こそが知能の本質と言える。また、世界に存在する物体に名前をつけられるのは、その名前がつけられた物体には共通の特徴をもつ部分が複数存在するからである。
上位の領域の第6層は、情報の上からの流れと下の領域からの流れを同時に見つけたときに興奮する。この状態は、その柱状構造に該当するシーケンスが起きていて上向きの信号が第4層を興奮させているか、またはこの柱状構造がシーケンスを認識してこれから起きるパターンを予測しているかのいずれかを示す。
興奮した第6層は、このシーケンスを下位の領域に知らせるとともに、第4層に戻すことにより、ある予測結果をもとにさらに次の結果を予測(空想)できるようになる。
予測が学習されると、入力が下位の領域から到達する前に興奮する。
上位の第4層の細胞は下位からの情報により新しい分類を行い、それによって下位の領域の第1層に戻されるパターンの予測が変化するので、シーケンスの学習に影響を及ぼす。
分類にもとづいてシーケンスが組み立てられ、シーケンスにもとづいて分類が修正されるという相互作用によって、両者はつねに変化していく。
シーケンスに名前をつけて階層をのぼるのと逆の作用が、パターンが階層を下るときに起こる。
第4層では、予測をするためには、起きると思っていたことと実際に起きたことを比較する。実際に起きたことによる事象に対して、シーケンスの解明に必要なパターンの分類情報は階層を上がっていく一方、予測したシーケンスは細胞体から離れたシナプスをとおして階層を下りながら記憶されていくが、もし新しい予測が正しくなければ、誤りが検出されてふたたび階層を上がっていく。こうして、新皮質はパターンを階層全体に分散して保存して、現実世界の階層構造を記憶する。(概念や本質を階層の上位に記憶する。)
対象を理解するために、新皮質の階層をのぼるにしたがって、ニューロンには同じパターンが長く存在し、変化の頻度が低くなり、新皮質の下位の領域が頻繁に変化する細かな特徴の処理に忙殺されているあいだも、上位の階層は全体像を保持しつづける。
もうひとつの流れとして、柱状構造のニューロンの集団から出力された情報(シーケンスの進行状況や最後に発生したパターン)が第5層から視床を経由して第1層に戻される。そのフィードバックに時間的遅れを加えると、順番に発生するパターンが自己連想記憶としての学習が可能になる。
さらに、この第5層からの情報は視床の別の部分を経由して、上位の領域にも至る。(この伝達は、普段は意識しない細部への注意が払われたときに発生するという説がある。)
第5層は、運動にかかわる旧脳の組織にも情報を渡し、この情報は階層を下るに従い複雑で詳細なシーケンスへと展開されていく。
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考える脳 考えるコンピューター 単行本 – 2005/3/24
「脳が備えていてコンピューターが持たない知能とはなんだろうか?6歳の子供は河床の岩から岩へと優雅に飛び移っていくのに、なぜ最新型のロボットはゾンビのようにぎくしゃくとしか動けないのか?わずか3歳の子供が順調に言葉を覚えていくのに、半世紀にわたる研究者の奮闘にもかかわらず、なぜコンピューターにはそれが不可能なのか?人間は一秒とかからずイヌとネコを見わけられるのに、なぜスーパーコンピューターにはまったく区別できないのか?」――パームコンピューティング社とハンドスプリング社を設立し、数々のPDAを世に送り出してきたジェフ・ホーキンス。IT業界で大成功を収めるかたわらで、彼が追い続けてきたもう一つの情熱は「脳の働きをあきらかにしたい。そして、その働きを人工の装置の上で実現したい。つまり、人間のように考える機能を持った、真の知能を備えた機械をつくりたい」という思いだった。哲学の観点からではなく、ただの一般論でもなく、実用的で詳細な工学の立場から知能の本質をさぐり、脳の働きを明らかにしたいという彼の情熱が今、大脳新皮質の「記憶」と「予測」の機能から、“真の知能”の姿を描きだす。長年の研究成果を踏まえ満を持して語る、脳科学、コンピューター科学を揺るがす新たなビジョン!
彼は「知能を持つ機械」の新たな設計図を示した。今後の発展が本当に楽しみだ。――甘利俊一(理化学研究所脳科学総合研究センター長)
彼は「知能を持つ機械」の新たな設計図を示した。今後の発展が本当に楽しみだ。――甘利俊一(理化学研究所脳科学総合研究センター長)
- ISBN-104270000600
- ISBN-13978-4270000601
- 出版社ランダムハウス講談社
- 発売日2005/3/24
- 言語日本語
- 本の長さ269ページ
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商品の説明
メディア掲載レビューほか
考える脳考えるコンピューター
「脳の働きを明らかにしたい。そして、その働きを人工の装置の上で実現したい」――。本書は、米Palm Computing社の創業者として、数々のPDA(携帯情報端末)や携帯電話を世に送り出してきたJeff Hawkins氏が、いわく「第2の情熱」として長く資金や時間を費やしてきた人工知能の研究について綴ったものである。
「脳の働きを明らかにしたい。そして、その働きを人工の装置の上で実現したい」――。本書は、米Palm Computing社の創業者として、数々のPDA(携帯情報端末)や携帯電話を世に送り出してきたJeff Hawkins氏が、いわく「第2の情熱」として長く資金や時間を費やしてきた人工知能の研究について綴ったものである。
「科学にせよ技術にせよ、最も強力なものはおしなべて単純だ」という信念を持ち、ヒット商品となったPDAの設計時にも引き算の思想を強く打ち出してきたHawkins氏だけあって、その論理展開は単純明快。しかし内容は、従来の人工知能や、ニューロンネットワークの理論を真っ向から否定する斬新なもの。しかも説得力に満ちている。
Hawkins氏は、「従来の研究者は知能の本質を明らかにしないまま、コンピューターが人間のように振る舞うプログラムを書いてきた」と、脳の働きのメカニズムを理解しないままに、その働きの一部だけを模倣する無意味さに言及。大脳新皮質における、記憶や予測の機能が知能の本質であるとした上で、「真の人工知能」搭載装置の開発について、企業家らしい現実味を帯びた視点で議論を展開していく。既存の学問の枠組みに縛られない研究アプローチに、痛快な読後感を得られる一冊だ。
(日経バイオビジネス 2005/07/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
-- 日経BP企画
登録情報
- 出版社 : ランダムハウス講談社 (2005/3/24)
- 発売日 : 2005/3/24
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 269ページ
- ISBN-10 : 4270000600
- ISBN-13 : 978-4270000601
- Amazon 売れ筋ランキング: - 463,383位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 347位情報学・情報科学全般関連書籍
- - 92,389位ノンフィクション (本)
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- 2008年3月23日に日本でレビュー済みAmazonで購入Palm の開発者であるジェフ・ホーキンスによる脳のモデル関する本だ。
脳を理解するには記憶と予測が大切だという説は極めて説得力がある。というか、言葉の聞き取りについて、私が思っていたモデルそのもので、うんうんと頷きながら読んだ。大枠としては正しいであろう。意識とはパーソナリティーとは何か(速い話が「あなたは誰?あなたはどこから来たの?」)という哲学的な問いをする際にも無視できない本になるだろう。
ホーキンスは脳科学を自由を研究するために、まずビジネスで成功して研究所を作るための資金を作ったそうな。この発想は極めてアメリカ的だ。しかし、初めから脳科学に飛び込むことが出来なかった理由は、科学の形式主義がある。つまり、科学に乗せようとすると、半分以上はナンセンスな(特に壁にぶつかっている分野で革新的な考えを持つ人にとっては)論文を山ほど読んで、そちら側からの批判にいちいち答えないといけない。まあ、ルネサンス時代に教会の批判に答えないといけなかったコペルニクスと立場はさほど変わらないのだ。こちらの方はアメリカ的には聞こえない。アメリカの社会が我々の考える「アメリカ的」ばかりでないことも面白いし、科学の発展が必ずしも「科学的」でないことを認識することも重要であろう。
私もアイデアはあるけど、主流とあまりに離れているので追求に躊躇しているテーマがある。ホーキンスのアプローチは極めて刺激的だ。ホーキンスと同じアプローチは今更取れないが、あきらめてはいかんなあと刺激を受けた。
- 2019年10月2日に日本でレビュー済みAmazonで購入書かれたのは少し昔ですが、現在のニューラルネットに通じる部分、まだ足りていない部分が整理でき、とても有益な一冊でした。
- 2017年11月11日に日本でレビュー済み本書籍は、現在はHewlett-Packard社の子会社であるPalm社(主にPAD等の携帯端末を販売)を創設した起業家であり開発者であるジェフ・ホーキンス氏の著書である。著者は元々電気工学出身のエンジニアであり、コンピュータ産業で成功をしたことから、以前からやりたかった神経科学の研究をするために自ら研究所を創設したかなり豪快な人物でもあります。
内容としては、既存のAI研究アプローチであるコンピュータから知能・知性を生み出す方法についての限界について述べており、脳から知能・知性を探るべきだと言う論調で議論が進んでいきます。しかしながら、本書籍は2005年に翻訳されたもので、内容が少々古いと言う事もあり、現在のコンピュータサイエンスのアプローチで開発された囲碁や将棋に勝てるAIや自動運転の見通しが立つほどの性能のAIの登場を想定できなかったと思われる表現が随所にあります。すなわち、コンピュータ側の限界を甘く見過ぎている感がある。さらに言えば、著者の脳側からの研究アプローチについてはほとんど仮説の段階であり、2017年現在、まともな学術論文が出されていない状況です。
もう何年かすれば、ナノテクによる脳のリバースエンジニアリングが進むかもしれませんが、現状ではこれ以上の評価がしづらいです。
- 2008年10月25日に日本でレビュー済みAmazonで購入人工知能に関する本です。
マイクロプロセッサーが登場して、およそ40年。
パーソナルコンピューターが登場して、およそ30年。
コンピューターは驚異的な進歩を遂げました。
それでも鉄腕アトムもドラえもんもHAL 9000も誕生していません。
そこには「知能」を人工的に構築する難しさがあります。
知能って何?考えるとは?
アラン・チューリングは「カーテン越しの相手とキーボードで会話して、
人間と変わらない様に会話が成立すれば、それには知能がある。」
と考えました。しかし、実際は相手の言うことを鸚鵡返しに返すだけの
プログラム(人口無能というらしいですが)にも人間は騙されてしまうこと
が判りました。
著者はこう語りかけます。
「それはあまりにも人間中心の考えでは無いのか?」
そこで本書では、知能をこう定義付けました。
「今までの記憶から未来を予測する力。それが知能である。」と。さらに、
「結果、人工知能を構成するためには膨大な記憶メモリが必要。ただし、
全ての情報が正確である必要は無く、演算速度もそれほどいらない。」
人工知能を持った機械はまだ開発されていません。
しかし、その萌芽はすでに現れています。例えば、このアマゾンの「お勧め
商品」は膨大なデータベースを元にまさに顧客の好みを「予想」している訳
です。筆者が予想している様に、そういった類の商品が出るのは以外と早い
のかも知れません。
この本の冒頭には、こんな記載があります。
「知能について、あるいは知能についての新しいアイディアが喜んで受け入
れられるとすれば、その最初の場所は日本だろう。」
多分、その予想は正しいと思います。第8章 知能の未来 は日本の近未来でも
あるのです。
- 2007年6月20日に日本でレビュー済みAmazonで購入従来のAIやニューラルネットには成し得なかった、知能を持つコンピューターへ向けての概論。ポイントは実際の大脳新皮質機構に倣う事。
時間的・空間的信号処理の階層化や信号の双方向性、その中で存在する一時記憶、自己連想記憶等の記憶機能を盛り込む事により、著者の言うところの”知能”の要である”予想する機械”実現を図る。
将来は(サイバーダイン社のような!?)知能チップ開発を目指す。
提案モデルは概念レベルであるが、意識や創造性も含めたコンピュータと人間の知能についての内容は興味深い。特に次世代への啓蒙書でもあるという著者の情熱は気持ち良い。
本書から2年あまり経った現在、著者等はNumentaという会社を創設し具現化へ向けて邁進しているようだ。サンプルソフトや文献も充実しているので興味を持たれた方はチェックしてみては。
- 2016年7月30日に日本でレビュー済みAmazonで購入商品の発送対応も早くて、商品も梱包状態しっかりしており、大変満足でした。
- 2016年7月5日に日本でレビュー済みAI関係じゃ有名な本だったのでわざわざ中古の割り増し料金で買ったわけだけどがっかり。
AIに興味がある人間ならだれでも思いつくであろうことしか書いておらず新しい発見がまるでなかった。
肝心の誰もが知りたいような情報がなにもない。終始著者の功績自慢を聞かされるだけで終わる。
AI開発に手ごたえを感じていて実現も時間の問題みたいなこと言ってるが、この本が出版されて何年
も経った今クソみたいなAIもどきしか世の中にない現状を見るにこの著者の思う通りにはならなかっ
たみたいですね。