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「美味しんぼ」福島の真実編へのコメント

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」4月28日及び5月12日発売号に掲載された「美味しんぼ」の放射線による身体的影響に関する内容について、日本放射線影響学会有志の見解を示します。漫画雑誌に掲載された内容に関して、学術団体がコメントすることの是非に関する議論もしましたが、当該週刊誌の発行部数が直近の2014年1〜3月において188,385部(一般社団法人 日本雑誌協会)と多いことと表題が「福島の真実(・・)編」であることから社会的影響が大きいと考え、表明するものです。

 「美味しんぼ」では、低線量放射線の身体的影響に関して、以下のように描かれています。まず、登場人物が東京電力福島第一原子力発電所を視察した後に、鼻からの出血や疲労感を訴える場面が描かれています。また、大阪府・大阪市が実施した岩手県の震災がれき焼却によって身体的不調を訴える人が大勢いたことを専門家が説明する場面も描かれています。

 低線量放射線の身体的影響については、これまでに数多くの学術研究が行われており、以下のことが明らかになっています。
 放射線被ばく後、数週間以内に現れる身体的な異常を放射線による早期影響といいます。放射線による早期影響は、ある一定の被ばく線量を超えると現れます。被ばくした100人に1人以上の割合で影響が現れる最低線量をしきい線量と呼び、これまでに数多くのしきい線量に関するデータが蓄積されてきました。成人で最も低い線量で現れる影響は、睾丸への被ばくによる一時的不妊で、しきい線量は100 mGyと推定されています(国際放射線防護委員会2007年勧告, ICRP Publication 103)。これより低い線量の被ばくでは、鼻血や全身倦怠を含めて臨床的に観察可能な放射線が直接原因となる身体的影響は報告されていません。

 残念ながら、作品中では登場人物の被ばく線量に関する記載がありません。もし、これはフィクションであると言うのであれば、「福島の真実(・・)」という言葉は不適切ということになります。もし、実測値があるならば公表すべきですし、今後の放射線防護のためにも正確な状況の記述が重要です。

 震災がれきは岩手県由来のものであり、福島県のものではありません。がれきを焼却した焼却工場周辺において、住民の被ばく線量が焼却以前に比べて高くなるような測定値は存在せず、大阪市・大阪府は発行元の小学館へ正式に抗議しています (http://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000266273.html)。したがって、作中で描かれた放射線の身体的影響に関して、これまでのところ、これらを支持する学術研究結果はありません。

 私達、放射線影響学会員は、放射線の生物影響を遺伝子、細胞、動物、及びヒトなど様々なレベルで研究しています。偶然ではなく、再現性をもって放射線が原因となる生物影響とそのメカニズムを明らかにしようと不断の努力を積み重ねています。しかし、生物影響の現れ方は多様で、動物実験が困難な研究もあります。そのため、放射線の人体影響については、未知のことが多く残されています。作中では、放射線がフリーラジカルの生成を通して身体を構成している細胞にあらゆる悪い作用を及ぼすような描写があります。しかし、被ばくして直ぐに生命に関わるような影響でない場合、影響が明らかになるまでに人体では十年単位の長い時間がかかります。したがって、放射線によるフリーラジカルの発生だけが生物影響を及ぼすということでは片付かないことは明らかです。
 事実(・・)と真実(・・)は、明確に分けて描くべきであり、事実を描くのであれば、どのような状況でどのようなことが起こったのかについてできる限りの丁寧な表現をする必要があります。
 「真実」と言う言葉は極めて重く、安易に使うべきものではありません。今回の漫画作品での取り上げ方から、放射線の生物影響を解明することは、私達、日本放射線影響学会員への付託と重く受け止め、今後も益々研究に精進する所存であります。

日本放射線影響学会員有志
同 代表
  福本 学