焦点:下落に転じるアジア債券市場、流動性低く総崩れの恐れも
[香港 12日 ロイター] - アジアの債券価格が5月末から急落しており、トレーダーはこれが総崩れに転じかねないとの警戒感を抱いている。金融システムの安定を意図した世界的な低金利政策が、アジア市場をかえってショックに対して脆弱にしている可能性もある。
低金利を背景にアジアではドル、ユーロ、円(G3)建ての起債ブームが起こり、国と企業は借金への依存を強めた。
しかしこれらの債券を取引する市場は徐々に枯渇しており、保有者が処分売りを出した場合に急落しやすくなっている。マッケンジー・インベストメンツ(シンガポール)のファンドマネジャー、ディマント・シャー氏は「問題は、だれかが保有債券の売りを決断した時、市場にそれを吸収できるほどの器がないかもしれないことだ。そうした状況に達すれば、流動性は素早く枯渇し、連鎖反応を招きかねない」と述べた。
リーマン・ショック以降、アジアの債券市場は概ね上昇基調を続けてきた。一助となったのは、先進国の中央銀行による大量の資金供給。JPモルガンの債券バスケットで見ると、アジア債券市場は5月に世界金融危機以来の最高値を付けた。
しかし5月末には、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和の縮小に着手するのではないかとの懸念からアジア債券市場は急落。JPモルガンの債券バスケットによると、利回りは過去1カ月間で60ベーシスポイント(bp)以上上昇。大半は過去2週間の上昇分だ。2020年償還のインドネシア国債に至っては、利回りが過去1カ月間で100bp近くも上がった。
アジア市場は流動性が低いため、爆発的な売りを招く恐れがある。クレディ・スイスのアジア太平洋地域債券トレーディングヘッド、リチャード・コーエン氏は「テールリスク的なイベント不在で債券価格が先月のように急落したことは、近年の記憶には無い」と話す。
<強力な要因>
ディーラーによると、アジア債券市場は価格が急落するにつれて取引高も急減した。より大きな流れを見ると、いくつかの強力な要因を背景に流動性は過去1年間で低下している。
新銀行資本規制(バーゼルIII)と米金融規制改革法(ドッド・フランク法)の基準に則り、先進国の銀行はグローバルな事業を縮小しており、リスクを減らそうとアジア債券のポートフォリオや自己勘定取引を削減、あるいは全廃する例さえある。
一方でアジア銀はその穴を埋めるような専門性やリスク志向を培っていない。その上、低金利によって起債は容易になっているが、古い日付の債券は売るよりも保有し続けることの魅力が増した。その結果、流通市場の取引高は減少している。
ヘッジファンド、オラクル・キャピタル・リミテッドのパートナー、フレドリック・テン氏は、こうした要因があいまって債券の売り手にとって環境が厳しくなっている、と説明する。
アジア諸国では起債による資金調達の需要が高まっているため、こうした状況が及ぼす影響は大きい。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートによると、アジア地域の域内総生産(GDP)に対する債務の比率は2008年の133%から12年半ばには155%に上昇した。アジア通貨危機の起こった1997年に比べても高い。
確かに、アジア市場にパニックが広がる兆候は認められない。日本を除くアジアのG3債発行額は2012年に1338億ドルと過去最高に達し、ことしは増勢が加速。1─5月の発行額は880億ドルと、前年同期の710億ドルを上回った。
<コインの両面>
格付けが「シングルB」の中国の不動産会社や、スリランカ、ベトナム、モンゴルといったソブリン発行体などは、債券の買い手を見つけにくくなっている。これらの債券はただでさえ流動性が低いため、市場の緊張が高まる局面では買い手が引っ込む。
ただ、良い側面もある。フィデリティ・インターナショナルのポートフォリオマネジャー、ブライアン・コリンズ氏は、債券市場の流動性枯渇はリスクだが、強気相場において、ある程度過熱を取り除く働きもあると指摘する。
超低金利下で起債は急増したが、多くの企業は既存債務をより長い期間の債務に借り換えたため、デフォルト(債務不履行)リスクの低減にも寄与した。つまり、米国債利回りが一段と上昇したとしても、キャッシュの豊富なアジア企業がパニックを起こす可能性は小さい。
(Saikat Chatterjee、 Umesh Desai記者)
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