@IT自分戦略研究所が実施したアンケートでは、およそ36%のITエンジニアが腰痛で悩んでいる。
ITエンジニアがパソコンに向かううえで欠かせない環境の1つである「いす」。1日の大半をともにする、人間の体に最も接触している物体である。体に合ういすとは何か、正しい座り方とはどういうことなのか、真剣に考える必要があるのではないか。
今回、いすを中心にエルゴノミクスを研究している、早稲田大学名誉教授でエルゴシーティングのCEOの野呂影勇氏にお話を伺った。
このエルゴノミクスとは、人間と機械のかかわり(調和)を考える人間工学であるが、最近ではエルゴノミクスの対象が、ソフトウェアからものづくり研究へ広がっているという。いすや文房具などハードウェア面を含めたものづくりが行われている。
正しい姿勢について野呂氏は「立っているときの背骨の形、すなわちS字カーブが健康上1番いい」という。理想の姿勢といわれている背骨のS字カーブ。立っているときの背骨のS字カーブを保つことがよいことから、いつしか座り姿勢でも背中をまっすぐ伸ばし、背骨をS字カーブに保つよう頑張り続けることがいいことだという認識が広がってきた。子どものころ、親や教師から、「背筋を伸ばして座りなさい」と注意された人も多いのではないか。
ところが、野呂氏はそんな常識をきっぱり否定した。「私も含めて世界中の人がそういうことをずっと思っていました。でも、実は座るときにはS字カーブを保つということはできないんです」
野呂氏がいうことはつまりこうだ。いすに座ると背骨の下にある骨盤がいすの座面に乗り大腿部が前に出る。すると、骨盤はどうしても角度が変わる。角度が変わると骨盤が曲がり、背骨が引っ張られ、S字カーブが解消されてしまう。従って、座り姿勢でS字カーブを実現することは、構造的に難しい。
S字でないとしたら、どういう座り姿勢がいいのか尋ねると、「どんな姿勢を取ってもいい」という目を丸くするような答えが返ってきた。ただし、「めちゃくちゃな姿勢を取るのは、ごく短い時間にしてください。また、腰痛をお持ちで苦しんでいるような人に『どんな姿勢でもいい』とはいえませんが、健康な人は楽な姿勢を取ってください」。
野呂氏がいうとおり、本当に好きな姿勢で座り続けていいのだろうか。「そもそも、人間は生理的に同じ姿勢をずっと保つということができないようになっている」。座るということは臀(でん)部の筋肉を座面が圧迫することだ。筋肉の血流が悪くなるため、その状態を長く取り続けることは非常にいけないことなのだという。血液による栄養補給が途絶えると筋肉が死んでしまう。いわゆる壊死だ。「人間が生きるために、壊死のような状況からプロテクトすること、それが『座り直し』である」という。
つまり、人間は好きな姿勢を取っていても、適度に座り直しを行いさえすればよいということだ。
仕事などで一度気分が乗って集中してしまうと、パソコンに向かって前かがみの姿勢をずっと続けてしまう、そんな状況はITエンジニアによくあることだろう。肩甲骨を曲げた前かがみ姿勢は、肩や腰などの骨に良くない。体も動かしにくく、何より内臓が圧迫されてしまうそうだ。
前かがみ姿勢の防止策は2つある。1つは、いすの近くにキーボード台を置き、その上にワイヤレスマウスやキーボードを置く。こうすると前かがみが解消されるという。
もう1つは、背もたれの活用だ。いすの背もたれを使う最大のメリットについて、野呂氏は、休息を取ることだという。パソコンでアプリケーションを立ち上げているときなど、少しでも時間があれば背もたれに寄りかかってみると休息になるのだそうだ。このように背もたれを使うことで、前かがみの姿勢を変えることができる。
「理論的にも、腰を支点としたとき、普通に腰掛けた角度(大腿部と体幹の成す角度)が90度前後、背もたれに寄りかかると120度前後である。この120度前後が、背骨のカーブも理想的という説がある」と野呂氏。
しかし、このような背もたれの使い方にも、現実には問題な場合があるという。それは、男性に多い座り方である足投げ出しスタイルだ。野呂氏は「これは背もたれの悪用だ。背もたれには、腰をしっかり密着させて座るべきである。背もたれの上部だけ背中に接すると、テコの原理で、臀部が前へずれ腰部で体が2つに折れ曲がった座り方となる。これは体に最も危険である」と述べる。
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