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2012年1月4日水曜日

内面の豊かさと経済システム ①               ―「経済と生の対立」について―

 

日本の経済成長が20年以上停滞している状況の中で、内面的・精神的な豊かさを人生の基本的な価値観とする人が、とりわけ若い世代に少しずつ潜在的に増えてきている。僕にはそんな印象があります。これは、LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)として名指されるクラスタであると言ってもいいと思います(名指される当人たちの中には、商業的に利用されてきているこのネーミングを拒絶する人も多いでしょうが、他に適切な言葉が思いつかないので、さしあたりこの名前で呼ぶことにします)。

そして、こうした傾向は今後、より一層強くなってきて、社会の表層にあらわれてくるだろうと予想されます。というのは、福島第一原発の事故によって、従来の権力構造とそれを支えてきた価値観が大きく揺るがされる中で、必然的に多くの人が生命や生活というものを見つめなおしつつあるからです。

こうしたムーブメントは個人的には喜ぶべきことだと考えています。それはおそらく、僕自身が、大きくわけるとそのクラスタに属しているからでしょう。僕自身は美味しいもの、美しい音楽を至上の喜びと感じる官能主義者ですし、生活全体を芸術化したいという欲望もあります(実現には程遠いですが。てかまず部屋を掃除しろよw)。

ただ率直に言うと、そうした方向性を向いている人たちが口にしているイデオロギーに対して、僕は少し違和感と、もっといえば危惧を感じています。彼らは、「経済よりも生活・命が大切だ」「経済成長という神話を捨てて、内面を充実させるべきだ」と主張することが多いからです。すなわち、経済と内面の豊かさとを対立項ととらえており、経済を否定することによって精神を充実させる―とまでは言わないけれど、精神的豊かさを追求することは経済システムの廃棄・否定に繋がる、と考えている節があるからです。そうした考えの背後には、経済というものに対する無理解と、もっと言えば侮蔑があると思います。

2010年8月1日日曜日

消費税増税のシミュレーション 2 予測編

さて、前回のブログ、消費税増税シミュレーションのメタ理論編に引き続いて、消費税増税について検討してみましょう。

まず、消費税増税をすると、年金不安が解消されて消費が増え、デフレが解消されると自民党の谷垣総裁が発言し、菅首相も同様の発言をその後したと記憶していますが、それは明らかな誤謬です。というのは、すでに見たように、個人消費の低迷は、そもそも民間給与総額の低下にあるからです。収入が減っているのに、「年金は将来も安心だからお金をぱーっと使おう」と思う人はいませんよね(笑)。というか、思っても、先立つものがなければどうしようもありません。それに、少なくとも年金不安より大きな問題は、収入不安・雇用不安です。もし将来的に収入が減る、あるいは解雇されるという恐れがあるならば、消費は抑制されます。つまり、個人消費を決定する要因は、おそらく

現在の収入>近い将来の収入・雇用不安≫年金不安

です。

もう一つ検討しないといけないことがあります。消費税増税は、政府でどのように使われるのか、です。つまり、財政再建のためなのか、それとも小野理論が提唱するように、福祉目的の雇用に使われるのか、という問題です。後者だとすると、消費税増税前に法人税を減税すべきだとなぜ主張されているのか、整合性がとれません。まあ、財政再建のためだとしても、法人税減税と整合性はとれないのですが(笑)。ともあれ、今回の消費税増税騒ぎのバックにいると思われる財務省や財界の動き、そして現在の民主党政権の動向から考えるならば、消費税を増税してその分福祉が充実する、という期待は、あらかじめ念頭から排除しておいた方が、国民としては賢明でしょう。

ちなみに、私の前稿を読んで理解してくれた人は、法人税減税で景気が回復する見込みがまったくないことも、容易に理解してくれると思います。というのは、減税された分、従業員の給与に還元される可能性は、現在の日本では限りなく低く、それゆえ個人消費も低迷するからです。これでは設備投資需要は生まれませんし、余ったお金は世界のどこかでバブルを発生させるだけです。そしてバブルは必ずはじけ、また企業の債務超過を生み出します。そもそも、企業の内部留保の拡大(≒賃金抑制)こそがデフレの最大の原因だったわけですから、法人税減税は、財政赤字を増やさない限り、デフレを生み出すのです。

 

さて、消費税を増税すると、何が起こるのか推測してみましょう。過去の増税の時から考えると、増税前のかけこみ需要と、その後の消費の大幅な冷え込みがあるはずですが、一時的な現象であるのと、またその後の効果を計算しづらいこともあり、今回は捨象します。とりあえず、確実に言えることは、貯蓄率が一定であると仮定するなら、消費税を5%増税すると可処分所得が事実上目減りするということです。

たとえば、今、私が10500円持っていたとします。それで、10000円のモノが買えていたわけです。ところが、消費税が10%になると、

10500÷1.10=9545円

しか使えなくなるわけです。

つまり、可処分所得が

(10500÷1.10)÷(10500÷1.05)=95.45%

に減るというのと事実上同じなのです。

さて、そうすると、貯蓄率がもし一定という条件ならですが、個人消費が4.55%減ります。ということは、消費税を5%引き上げると言うことは、個人・家庭向けに商品やサービスを売っている企業の売り上げ(利益でも粗利でもなく、売り上げです!)が、自動的に4.55%減るということです。もちろん、この売り上げ減は、自動的に物流業や卸売業、製造業などに波及し、また設備投資需要も大幅に落ち込ませるので、完全に海外向けの製造業以外、日本経済のほぼ全領域にその効果は行き渡ります。

(このあいだも言いましたが、もう一度言わせてください。利益に対する税である法人税の減税の代わりに、売り上げを自動的に落ち込ませる消費税増税を要求する財界は、朝三暮四の猿より頭が悪いです)。

前稿で見たように、個人消費総額と名目GDPは完全に連動しています。それゆえ、個人消費総額が4.55%減れば、名目GDPもまた、だいたい4.55%程度下落するのです。

さて、売り上げあるいは名目GDPが4.55%減ると、大部分の企業の収益は大幅に悪化します。そして、これが消費税減税の、いわば恒常的な効果であることを(やっとその時点になって)理解し、疑いなくリストラや賃金カット、サービス残業の拡大、非正規雇用への切り替え、などなどによる賃金抑制で対処しようとするはずです。そうすると、さらに個人消費が落ち込み、さらにリストラが進行し・・・このデフレスパイラルが続くのです。

前稿でも述べたように、この賃金抑制と個人消費低迷のデフレスパイラルは、すでに90年代末から少しずつ進行しており、それが日本経済のデフレの大部分の原因でした。そのメカニズムが、消費税増税によって、いっきに増幅するのです。

では、増税後のデフレスパイラルは、どの程度の規模になるでしょうか?ここで、景気後退期に、リストラおよび賃金カットによって、どの程度賃金が抑制されたのかを示す「雇用弾性値」および「賃金弾性値」の過去の統計が参考になります。

雇用弾性値・賃金弾性値

これは、例によって『平成21年度労働経済白書』のp151から採らせてもらいました。90年代末の景気後退期では、GDP1%減につき、賃金総額が0.91%低下したことがわかります。2000-2002年ではそれが1.03%に増えています。これは、非正規雇用の拡大やリストラの合法化による、労働環境や雇用の不安定化が如実に表れています。もっとも、2007年度末からの景気後退過程では、2008年度の末までには雇用減が見られなかったため、雇用弾性値はわずかにマイナスになっていますが、実はその次の四半期から失業率の大幅な悪化が見られており、この景気悪化期全体で1.6%程度上昇していました。GDPの落ち込みがだいたい4%ですので、後退全期間の雇用弾性値は、概算で0.40程度だと思われます。賃金弾性値も引き続き悪化しているので、きっちり計算していないですが、景気後退過程全体では、1.1ポイント程度だったのではないかと推測するのは、おそらく的外れではないでしょう。

引き続き雇用条件が悪化していると考えるならば、次に、数年後、消費税増税で景気が後退したときに、賃金弾性値・雇用弾性値あわせて、1.2ポイント低下すると予測するのが妥当なところでしょう。さしあたり、GDP1%下落につき、給与総額が1年間で1%、次の1年間で0.2%低下する、と仮定してみます。

そして、この賃金低下が、そのまま個人消費の低下に直結すると便宜上仮定します。これはもちろん、現実にはありえないことです。本来は、失業保険の効果、預金取り崩しによる貯蓄率の減少なども考慮にいれないといけないのですが、一方で、賃金カットやリストラに遭ってない人も、雇用不安とデフレのため貯蓄率を増加させる可能性が高いため、計算を簡単にするため、この両者は相殺すると考えます。

さらに、もう一つ考慮に入れなければならないことは、賃金低下によるデフレは、実は98年度からすでに始まっているということです。消費税増税がなくとも、あるいは好景気であっても、賃金は年間わずかずつ減少していっていると、さしあたり仮定しておかないと、正確な予測が困難です。実際、1997年と2007年の名目GDPはどちらも515兆円ですが、給与総額は220兆円から201兆円と、約10%低下しています。とは言っても、これは00年代前半に給与が急激に下がったことを反映しているため、その点を差し引いて、年間0.7%ずつ給与総額は自動的に低下する、ととりあえず仮定しておきましょう。(このあたりの処理方法は、相当に議論の余地があります。)

ついでに、個人消費総額280兆円の内訳ですが、そのうちどの程度、民間給与所得から支出されているのか、それがかなりの難問です。マクロで見ると、日本人の平均貯蓄率はだいたい3-4%(国民経済計算による)なのですが、家計調査によると勤労者家計の貯蓄率は30%前後の高率を保っています。これは、高齢者の預金取り崩しを差し引いても、まったく計算があいません。ので、とりあえず民間給与所得者の貯蓄率を15%と仮定し、280兆円のうち、民間給与家計からの支出が170兆円、残りが110兆円と考えましょう。この110兆円の内訳は、公務員給与と年金(この二つでおそらく70兆円弱)、自営業収入、家賃収入、株式配当、預金取り崩しですが、これらは当然景気変動によっても変わってくるはずですし、年金は増えるはずですが、正確な計算がほぼ不可能なので、全体として、便宜上定数とみなします。

さて、これで準備が整いました。あとは、前稿で述べたように、現在の経済システムにおいて、個人消費と名目GDPがほぼ完全に連動する

具体的には

名目GDP≒個人消費総額÷55.5%

という条件を足して、エクセルで計算するだけです。結果はこちら。

消費税増税シミュレーション2

5年間でGDPが16.0%、10年で21.1%下落しました

 

(以前にTwitterでは5年で18%、10年で27%と書きましたが、なぜ違いが出たのか説明します。前回は、民間家計の貯蓄率を10%と考えましたが、調べた結果、15%の方がより実態に近いのではと推測し、変更しました。また、前回のシミュレーションでは、消費税増税にあわせて、毎年1.0%給与総額が低下させる効果があると考え、それらをあわせて、個人消費低下→翌年の給与総額低下を累乗的に計算しましたが、今回は0.7%定率で低下すると考え、消費税増税の効果のみを累乗化して計算しています。実際のところ、どちらがより正確な計算が可能なのか判断は難しいです。あるいは、この賃金低下を初期値にのみ入れて計算するべきなのかもしれません。いずれにしても、5年予測では、14-17%のGDP減少という結果が出ます。10年予測になると、さらに差が開くのですが、たぶんその頃には経済構造も変わっており、政府の施策も何かしら出てくるか、あるいは完全に大恐慌に突入しているので、この予測には意味がなくなっている可能性が極めて高いです。)

 

しかし、なぜ消費税をたった5%増税しただけで、ここまでのメルトダウンが発生するのでしょうか?たぶん直感的には考えづらいことですが、そのメカニズムを端的にあらわすグラフがこちらです。

消費税増税時の給与総額低下率

消費税増税で個人消費が(前年からの給与総額低下とあわせて)5%下落し、それが給与総額を5%以上削減させ、さらに個人消費の低下が続き、・・・この縮減プロセスが10年以上にわたって均衡化していく様子が理解できると思います。

 

以上が私の定量的なシミュレーション結果です。私が扱ったのは、むろん経済的現実それ自体ではなく、計算を容易にするために単純化されたモデルにしかすぎません。将来的に、私あるいは他の人が、より正確なシミュレーション、より正確な推測を行うために、もう一度、このシミュレーションにおいては、何が捨象され、何が考慮に入れられていないのか、説明しておきます。預金の取り崩しによる貯蓄率の変化は無視していますし、失業保険の効果についても考慮に入れていません。もちろん、その他の景気変動、為替など対外的要因、あるいは政府の施策については予測不能なので、捨象しています。また、最低賃金の効果も考慮していません。

さらにもう一つ考慮に入れていないのは、株価の変動や連鎖倒産、金融恐慌などですし、産業構造の変化も考慮に入れていません。というのは、この縮減プロセスでは、基礎的支出を担う産業についてはあまり影響がないでしょうが、選択的支出を担うサービス業などが、一定の時期を過ぎると持続不可能になり、倒産する企業が続出するでしょう。なので、産業構造も大幅に変化するはずですし、予測よりも失業率はむしろ高くなるでしょう。

また市場の心理的効果も含めて予測してみると、こういう風に事態は推移するんじゃないかと思います。消費税増税前に駆け込み需要があり、その次の四半期で、数十パーセント単位で個人消費が低迷します。ここまでは、市場も最初から予測しているでしょう。その後、ある程度回復しますが、増税前より回復しないため、その時点で経済学者や経営者たちは、消費税増税で個人消費が減ったことに(今更ながらw)気づき、その新たな環境に適応するために、各企業は賃金を抑制します。でも、その合成の誤謬の結果は予想していません。ごく一時的な縮小均衡だと思っていたのに、2年たっても3年たってもGDPが年率2%以上落ち続けるため、市場はその原因を理解できず、パニックになり株価が暴落、金融恐慌の発生、債務超過による連鎖倒産が発生するでしょうし、企業はより一層内部留保を高めようと賃金を激しく抑制し、家庭は自分たちの身を守ろうと貯蓄率を高め、加速度的に経済が急降下する。

まあ、もっとも、海外の投資家は(日本の市場よりもたぶん)賢いため、1997年の消費税増税時とまったく同じ事態が、さらに大規模に起きる可能が、実は最も高いのかもしれません。つまり、消費税増税=財政再建をしはじめて数ヶ月で、これからの日本経済に何が起こるかを予測し、円と株のを売り始め、銀行の債務超過から金融恐慌が発生し、一気に大恐慌に突入するというシナリオです。

発生時期はともかく、この十分に起こりうる大恐慌に対して、政府が何もしない訳もないですが、そもそも消費税を増税してしまう彼らの経済感覚では、適切な薬を投与できる可能性は極めて低いと考えざるを得ません。つまり、あいも変わらず量的金融緩和や法人税減税、財政再建などで対処しようとして、経済を完璧に崩壊させるでしょう。

あるいは、政府が仮に正しい手段、すなわち財政出動をしたとしても、おそらく百兆円規模の支出を迫られるため、かえって財政赤字が増大するでしょう。

 

以上が、私の暫定的な予測です。批判・異論・反論歓迎いたします。私の議論を、消費税増税について、より正確に考える際の、一つの踏み台にしてもらえればと願っています。

2010年7月31日土曜日

消費税増税のシミュレーション 1 メタ理論編

消費税増税で日本経済がどうなるかシミュレーションしてみたので、その根拠と計算方法、そして限界を示しながら説明したいと思います。

先日、Twitterで、消費税増税後5年後、10年後のシミュレーション結果を提示したのですが、多くの人は、私のシミュレーション結果と、経済学者や政府が言っていることとの間に大きな乖離があることに驚いたことでしょう。なぜ、かくもかけ離れているのか、それは経済にかんする理解の相違に基づくわけですが、まずそれを本質的なところからまず説明してみたいと思います。

まず、一国の経済システムは主要な四つのプレイヤーに分かれます。企業・家庭・銀行・政府(日銀含む)、です。企業の内部にも様々な産業があり、それらが(たとえば卸売業と小売業を物流業が媒介するというように)複雑に連関しあっているわけですが、そうしたことを捨象すると、だいたい図のようになります。

国家経済モデル

この図では線はお金の流れを示しています。青い線は、たとえば商品や労働力と引き替えにお金を支払う、実体経済のコアの部分です。言い換えれば、この青の線と逆方向に、モノやサービスが回り続けています。緑の線は、お金の貸し借りをあらわしており、そこには国債購入や年金なども含まれています。赤い線は、税金をあらわしています。この図には、いくつかの要素が欠けていて、たとえば日銀が米国債を買ったり、銀行や企業の海外への資金流出などもあるはずですが、とりあえずその実態がどれぐらいの規模なのか調べていないので、今回は省きました。

この図のポイントは、日本経済の実態にあわせて、あくまでだいたいですが、流通金額と線の太さと比例させて書いているということです。そして、図のようにお金が、時に速くなったり遅くなったりしながら、ぐるぐる回りつづけて自らを再生産する、それが経済システムなのです。

ここからわかるように、私たちの経済システムの中核は、家庭と企業、そして企業間の経済循環であって、その他の取引は、それを補完したり調整したりする、いわば周辺部分なのだ、ということです。たとえば、今の日本のGDPはだいたい500兆円ですが、民間給与の総額が200兆円、個人消費の総額が280兆円です。それに対して、グローバル化とか言われていますが、輸出総額は70兆円、輸入総額は60兆円程度にすぎません。国内での企業間取引もあわせると、海外との貿易は、国内経済の、たった5分の1以下の影響力しかないのです。

あるいは、「みんなの党」などリフレ論者が主張する量的緩和ですが、それは政府・日銀が、銀行などから直接国債を買うことで資金供給しましょう、そしたら「理論上は」お金が溢れてインフレになりますよ、ということです。でも彼らは、2001年からの量的緩和の「実際の」効果の程をあらわすこのグラフについてどのように説明するつもりなのでしょうか? 金融緩和の失敗

このグラフは、リチャード・クー『「陰」と「陽」の経済学』の45ページにあります。量的緩和をおこなっても、民間向け信用は減り続けています。なぜ、理論に反して、このような事態になったのか、リフレ論者は説明できているのでしょうか?もしそのメカニズムを彼らがわかっていないのだったら、今後も同じ政策を採用しても、同じ失敗を繰り返す可能性が高い。普通の人ならそう考えます。

例えば、栄養失調患者の症状を示している患者がいるとしましょう。直感的には、栄養を与えれば栄養失調からは回復できる、と考えます。そこで医者は、ニンニクエキス、うなぎ、などを患者に与えますが、どんどん弱っていきました。そこで医者は「栄養がまだ足りてない」と考え、ニンニク20個、ウナギ10匹で効かなければウナギ30匹、そしてダメなのでスッポンやマムシの生き血を大量に飲ませます。その努力に反して、患者はどんどんと衰弱していく・・・。まさにこんな印象を上のグラフは抱かせます。

この医者の何がダメだったのでしょうか?「思い込みが強いところと、反省しないところ」。確かにそのとおりです(笑)。反論の余地はありません。まあ、理論的な間違いを言えば、栄養を与えれば、自動的に栄養失調が改善されると考え、栄養が吸収されるメカニズムについてまったく考慮していないのが間違いだったのです。つまり、患者は栄養摂取不足ではなく、胃腸が極度に衰弱していたために、栄養が吸収できないのが、栄養失調の原因だった。にも関わらず、医者はどんどん強い食べ物を大量に与えていって、胃腸をさらに衰弱させ、かえって栄養失調を促進していたのです。

まあ、実際にはこんな医者は非常に少ないと思いますが、マスコミに出てくる経済学者はこの手の人間が大部分です。理論によって現実が動いていると信じている。だけど、理論より現実の方がはるかに複雑で、人間には、その全体像を認識することも把握することもできません。その現実をなんとか理解し、予測しやすくするために、現実を部分的に取り出して単純化したのが理論なのです。だから、すべての理論、とりわけ社会理論と経済理論は、それが成立する文脈や経済システムの条件を、常に念頭においておかないといけないのです。(このあたりの話は、カール・マルクス「経済学批判 序説」に書いてあります。)

先のリフレ政策の例で言えば、経済学では、中央銀行の流動性供給とマネーサプライ、そして民間企業への貸し出しが非常に強く連動することになっています。上のグラフをみると、確かに90年まではその連関がはっきり見られます。ですが、それ以後は、この三つの指標が完全にばらばらに動くようになってしまったのです。なぜか。それは、この連動性は、つねに民間の資金需要が存在することを条件としているからです。当たりまえですよね。だって、日銀がお金を銀行に貸しても、企業が銀行にお金を借りなければ、市場には回らないわけですから。そして、リチャード・クーによれば―それは私は明らかに正しいと思う訳ですが―、90年代、多くの企業がバブル崩壊で債務超過になってしまったせいで、お金を借りるどころか借金返済にまわったわけです。今でこそ、ほとんどの企業は債務の返済を完了して綺麗になっているのですが、それでも企業はお金を借りようとしません。クーは、それをバブル崩壊を経験した経営者による借金恐怖症のせいだと主張していますが、僕の考えは微妙に違います。彼がいう、投資不足による「バランスシート不況」のメカニズムは2003年頃に終わっているのですが、1998年から、サービス残業の拡大と非正規雇用の拡大による、給与削減メカニズムが作動しており、それが個人消費不足となってデフレを生み出している。経済全体のパイが縮小し続けているため、投資需要が生まれない。こういうことだと思っています。ともかく、銀行から企業へ、企業から家庭へ、家庭から企業へ・・・こういうお金の流れがスムーズに働いて、初めて金融政策が意味をなすわけです。その経済循環がないのに、銀行をお金でじゃぶじゃぶにしても、企業はそもそもお金を借りようとしないし、どこかでバブルを生み出すだけですし、もしそれでもなお企業がさらに設備投資をしたとしたら、生産性が増大することで、リストラを促進し、かえって需要と供給のあいだにギャップがうまれ、デフレを生み出してしまうのです。それは、胃腸が弱ってる人はあまり食欲がないし、その結果栄養失調になるけれど、でも無理に食べさせるとかえって胃腸を壊して栄養失調を促進するのと、構造的にはほぼ同型です。

経済学者は、理論が現実から抽出された、単純なモデルであることを忘れ、理論それ自体を信じはじめます。そして、現実は理論どおりに動か「なければならない」と考え、現実がもはや理論と整合しなくなっていればいるほど、理論に固執するのです。研究者たるもの、本来は、理論と現実の齟齬こそを、より整合的な理論へと破壊的創造を行うための一つのチャンスであると受け止めなければならないはずです。そのための一つの導きの糸(というのは現実自体は認識ができないので)が、最初にあげた国家経済の再生産モデルです。この図をもう一度みてください。経済学者が精緻に理論化していて、マスコミで「経済学者の知見」として取り上げられるのは、政府から銀行への流動性供給や、政府から企業への公共事業、銀行と企業の間のお金の貸し借り、税制、そして輸出と輸入です。ですが、これらはすべて、はっきり言ってしまえば、どれも多くが10兆円単位の、日本の経済システムの周辺部分にしかすぎないことが見てとれます。もちろん、それらは条件によっては重要な調整機能や逆機能を果たします。だけど、経済システムの根幹は、国内での民間給与→個人消費→(企業間取引→)民間給与という循環であることは、この全体像を見る限り疑いようもないことです。ですが、この領域は、ほとんどの経済学者の認識からすっぽりと抜け落ちているのです。

それにも関らず、実は、00年代以降の日本経済は、まさにこの基底的な循環によって、構造的に強く規定されています。それが、経済学者の解説や予測がまったく的外れになった理由ですし、まさにこのメカニズムの理解によって、消費税増税のシミュレーション結果が、彼らと私の間で決定的に異なる理由なのです。

00年代以降の日本経済が、民間給与と個人消費のサイクルによって強く決定されているということを、まずグラフで示してみたいと思います。年収とGDPデフレーター

まず、一人当たりの年間給与とGDPデフレーターとの相関関係をあらわすグラフです。もちろん、年間給与が左目盛りで、GDPデフレーター(積年)が右目盛りです。だいたい、2002年ぐらいから、給与所得とGDPデフレーターが非常に緊密に連動していることがわかると思います。これは、デフレの構造的要因が、給与が下がる→個人消費が低迷するため、企業が値段を下げる→リストラや賃金カットにより給与が下がる、というメカニズムによって生じていることを強く示唆しています。厚生労働省が発行している平成21年版労働経済白書も、90年代半ば以降のデフレは、このメカニズムによってデフレのほとんどすべて説明できると主張しています(p110)。また、「まとめ」の次の論述は、非常に簡潔で的確です。私の解説と冗長になりますが、引用しておきます。

バブル崩壊以降、我が国の状況は一変した。総需要の停滞は著しく、完全失業率は継続的に上昇するとともに、1990年代末からは物価の継続的な低下がみられるようになった。こうしたもとで、企業は賃金抑制傾向をさらに強め、それがまた消費と国内需要の減少へつながり、さらなる物価低下を促すという、物価、賃金の相互連関的な低下が生じるようになった。総需要が減退し、価格が継続的に低下する状況は、企業の前向きな投資環境として好ましいはずもなく、我が国経済は極めて深刻な事態に直面した。(p212)

「労働経済白書」の論述の明確さに比して、経済学者の論じるデフレ対策のなんと愚鈍なことか。デフレ対策をするならば、まず企業が従業員の賃金を下げ続ける事態に歯止めをかけなければいけない。まして、好況の時にも平均給与を下げ、派遣社員を増やすことで給与総額を抑制していれば、個人消費は増えず、経済は自律回復のしようがない。この自律回復を妨げている原因が、企業の内部留保の拡大、その反面の被害総額年間40兆円にものぼるサービス残業と、非正規雇用の拡大による賃金抑制なのです。(前回のブログで、非常に単純なモデルで、儲けようとした人がかえって収入を減らしたことを思い出してください)。ここにメスを入れなければ、デフレ対策など絶対に不可能です。

さて、もう一つ、個人消費と名目GDPとの関連についてもグラフで示しておきます。

個人消費総額と名目GDP

給与総額と個人消費総額が左目盛り、名目GDPが右目盛りです。これもまた、2001年ぐらいから、驚くほど個人消費総額と名目GDPが緊密に連動しているのがわかると思います。具体的に言うと、名目GDPのうち個人消費が占める割合が、55.5%から56.5%の間で安定しているのです。

念のために言っておきますが、常に「GDPデフレーターと平均給与が連動し」し、「個人消費と名目GDPが連動する」という相関関係が、常に、経済法則という真理であると主張しているわけではありません。そうではなく、ここ10年ちかい日本の経済システム全体の再生産構造においては、この二つの要因が、決定的に日本経済を規定しているおり、そのため近似的に、上記が「経済法則」である「かのように」、私たちの目に映っているだけなのです。

(ちなみに、経済・社会システム論者であったマルクスの労働価値説も、同様の議論です。つまり、19世紀イギリスの経済システムにおいては、労働力の値段と利潤率が市場全体で平準化する傾向にあったため、あたかも投下された労働力に比例して値段が決定される「かのように」見えている、言い換えれば価値法則が成立している「かのように」見える、そのシステム論的なメカニズムをマルクスは「資本論」で示そうとしていたのです。)

では、この二つのグラフの背後にあるメカニズムを、一貫したものとして理解するのはけっこうな難問です。もう一度説明すると、平均給与の低下はGDPデフレーターと連動しています。それは、給与が下がるとモノが売れなくなるため、企業が利益を維持するために、結局給与水準の下落と同程度値下げをせざるを得ない、こういうメカニズムが働いていることが容易に予測できます。その一方で、平均給与が下がり、従業員(ほぼ非正規雇用)が増えているため、民間給与所得は横ばいになっていますが、個人消費はわずかに増えており、それが日本経済を下支えしていたわけです。問題は、個人消費の微増と給与総額の横ばい、この間のギャップをどのようにして説明するかです。どうも様々な要因があるようで、基礎的支出の物価上昇が半分以上を占めることは確かなのですが、その他が説明できません。収入面で言えば、年金が5兆円程度増えているのは確かです。もしかしたら、企業の利益拡大に伴って、富裕層の消費が増えたのかもしれません。

ともあれ、民間給与ー個人消費というサイクルと、経済システムとの非常に強い連関が現在見いだされることは、十分に示せたと思います。この連関が維持されている以上、消費税増税がどのような結果を生み出すのか、ある程度の精度のシミュレーションを示す準備が整ったわけです。具体的なシミュレーション方法とその結果については、次回のアップデートで提示します。

2010年6月20日日曜日

経済成長とはなにか―経済システムを理解するための簡単なレッスン―

色々書きかけで申し訳ありません。僕の癖なので、たぶん一生なおりません(笑)。
最近の僕の関心が、消費税増税問題に向かっていました。で、消費税増税でどのような怖ろしい事態が起こるのか、きちんとシミュレーションを示しておこうと思った。のですが、この問題の根本に、一般人のみならず、経営者、そして経済学者の、経済というものに対する根本的な無理解があることに気づきました。はっきり言ってしまえば、彼らが経済とはどういうものなのか、まとまったイメージができておらず、全体像をまったく把握していないのが問題なのです。
たとえば、消費税を増税することに経営者や経済学者の大部分は賛成しています。だけど、消費税を10%に増税しても日本人の給与の総額は変わらないので、個人消費が4.5%落ち込むことは確実です。たとえば、私の月給が10500円として、そのお金で1万円分のモノを今は買えます。ですが、消費税を10%にすると、9545円分しか使えなくなります。
僕は、消費者が単に損をします、といいたいのではありません。そうじゃなく、個人消費が4.5%おちるということは、消費者にモノを売っている企業、サービスを提供している企業、それらの製造業、物流業まで、全体として売り上げが自動的に4.5%下落するということを意味しているのです。そして、驚くべき事に、その事実を指摘している経済学者や経営者が、少なくとも表立ってはほとんどいないのです。はっきり言わせてもらいますが、彼ら、朝三暮四の猿※より頭悪いです。

結局、この問題は、経済を循環するシステムとして理解できていない、ということに帰着するのではないかと思うわけです。だから、消費税を「消費者が負担するお金」としてしか考えられず、それが企業の売り上げにどのように影響するのかも想像ができない。
また、今、法人税減税と消費税増税がセットになって景気回復のためのパッケージとして提示されているのは、法人税増税が企業の利潤を低下させるから経済成長を阻害するのに対し、消費税は消費者からお金を取るため経済成長を邪魔しない、というのが彼らの暗黙の前提だからでしょう。言い換えれば、経済学者や経営者・政治家たちは、経済成長とは企業が利潤を最大化することだ、と考えている。
でもそれははっきり間違っています。経済成長とは、生産→分配→消費(→生産・・・)の循環を強化し、その速度を高めることです。そして企業の利潤を最大化することが経済成長に繋がるのは、インフラを整備する高度経済成長期や、政治的・経済的植民地を拡大し続ける帝国主義的時代など、経済のパイが拡大しつづけているごく一部の特殊な条件においてのみです。多くの成熟した経済システムにおいて、公平な分配がされていないということは、経済を停滞させるどころか、その規模を縮小させる自滅的な行為なのです。本稿では、ぜひ皆さんに、そのことを理解してもらいたいと思います。

「経済成長とはどういうことか」を、もっとも簡単なモデルで説明します。僕とあなたが小石100個と1000円を交換する閉鎖的な経済システムです。全世界には、僕とあなたと小石と1000円札しかないと考えてください。小石じゃ意味が無いと思うなら、フライドチキンでもマックナゲットでも構いません。

まずあなたが小石を100個持っていて、僕が1000円をもっています。それを一日に一度交換するとしましょう。まず、僕が小石を100個もらって、1000円札を渡します。次の日、あなたの小石と私の1000円を交換します。さらに次の日、私の小石をあなたの1000円と交換します。一ヶ月が30日だとすると、私とあなたの月収はそれぞれ15000円で、そのお金で小石をそれぞれ1500個買えました。この2人きりの経済システムの月間GDPは30000円です。
さて、このGDPを二倍にするにはどうしたらいいでしょうか?千円札の代わりに、今は影も形も見られない2000円札(あれ、そういえばほんとどこに消えたんだろう?w)を導入してもあまり意味はないですよね。小石の値段が変わらなければ2000円の半分しか使えないし、小石の値段が半分になれば、実質GDPは変わらない。なので、小石の量も二倍にする。それが普通の答えかもしれません。
でも、もっとシンプルな解決法があるんです。1日に1回交換していたのを倍の速度にして、1日に1往復交換する。つまり、私が今日小石を売って、同じ日に買い取る。そうすると、月収がそれぞれ30000円で、そのお金で3000個の小石が買えたことになります。動いているお金が1000円札1枚であることには代わりありません。でも交換速度が倍になったことで、経済規模が月間GDP30000円から60000円と、2倍になったのです。

えっと、論理的に一番シンプルなモデルにしたため、登場人物をふたり、商品を一種類にしました。まあ、ほんとのことを言えば、商品が1種類しかないなら、交換することに意味はないですよね。でもイメージがつかめれば良いんです。商品を2種類にしても一緒です。私がマックナゲット生産者で、あなたがハーゲンダッツやさん。で私はハーゲンダッツが大好きで、あなたがマックナゲット大好き。今日マックナゲットをあなたに売って得たお金で、次の日ハーゲンダッツを買う、という交換速度を倍にして、今日すぐにハーゲンダッツに使っちゃお☆ってことにしちゃうと、お互いに収入が倍になって、しかもハーゲンダッツもマックナゲットも、2倍食べれますよね。
ともあれ、経済とは、生産して、分配・交換して、消費する、そのサイクルだということが理解してもらえればそれで良いです。そして、経済規模が思ったより増えない、あるいは落ち込む場合、その経済システムのサイクル(再生産構造)のなかで、どこがボトルネックになっているのか、それを考えなければいけない。それも、なんとなくイメージしてもらえるのではないかと思います。
最初モデルに戻ります。わたしがお金が好きなので、できるだけ手放したくない><って思って、私がお金を持つターンでは、2日間滞留させるとします。そうすると交換が往復するのに3日かかることになるので、それぞれの月収は10000円、小石は1000個、月間GDPは30000円から20000円と、33%落ち込んじゃいました。ここで面白いのは、この経済の落ち込みの原因は私の強欲にあるわけですが、みんな(って2人ですが(笑))が等しく損をするってことです。僕の強欲は、単にお金を持ってるターンを長くしただけで、ぜんぜん自分の得になってません。なので、こういう場合、必要以上に長くお金を持てばレッドカードを出すとか、逮捕して監禁しちゃうとか、そういうことをすれば、経済は回復します(笑)。

さて、僕の強欲が、経済システム全体の成長にとってプラスの結果を生み出さない、という話をしましたが、もっと現実に即した強烈なお話しをしましょう。私がこのシステムで、自分の利潤の最大化を目指したらどうなるのか、をシミュレーションしてみます。私(ジャイアン)はあなたより力が強くて傲慢、あなた(のび太)は力が弱くて優しいと仮定します。(あ、あくまで仮定ですよ。)なので、この力関係を反映して、私があなたに売るときは小石100個で1000円、あなたが私に売るときは小石100個で500円とします。私が最初小石を100個もっているため、あなたが1000円で小石100個買います。次の日私はその100個を500円で買います。私はいま手元に、小石100個と現金500円があるので、500円タダで儲けた計算になりますね♪すばらしい成果です。
でも、次の日からなんだか雲行きが怪しくなります。あなたは500円しかもっていないので、次の日、小石を50個しか買えないのです。私の手元には、小石が50個、現金が1000円あります。その50個を、翌日私は250円で買い取ります。さらに次の日、あなたは250円しかもってないので、25個しか買えません・・・・。こうやって、私が儲けた分、交換は半分ずつ縮小していくのです。
ここでそれぞれの月の収入を考えてみましょう。私の月間の収入は、1000+500+250+125+62.5+31.25+・・・≒2000円で、小石が100+50+25+・・・で200個買える。あなたの月間の収入(つまり私の支出)は500+250+125・・・≒1000円で、最初の手持ちの1000円とあわせて、小石を200個買ったことになります。このシステムでは、私はあなたの倍儲けたことになります。
ですが、あれ?私はほんとに儲かってますか!? だって、公平な交換のシステムだったら、私はもともと15000円の収入があったし、小石だって1500個も買えたんですよ。なのに、私が強欲を出して儲けようとしたとたん、7.5分の1の収入になっちゃいました><。システム全体の月間GDPで見ても、3000円なので、経済規模は10%まで落ち込んでます。
で、さらに悲惨なのは翌月です。不公平な交換を繰り返したので、その前の月までに、私の手元には小石が100個、1000円、ほとんどもってることになります。それに対し、あなたは事実上一文無し、鉄鎖の他には所有するモノがなにもない完璧なプロレタリアートです(笑)。でも、なにもないってことは、交換ができないってことです。なので、次の月には、経済システムそのものがもうなくなっちゃってます(笑)。
まあ、さすがにそうなると、僕も困っちゃうので、いくら頭が悪くても、どこかで気がついてもうちょっとマシな解決策を探って生き延びようとするでしょう。たぶん、どこかで僕が売る小石の値段を少しずつ下げて、できるだけあなたに買って貰おうとするでしょう。まあ、最初から小石100個500円で売ってたらいいのですが、そうすると、自分の交換とあなたの交換とが同じ条件になっちゃう(笑)。「そんなことしたら儲からないじゃないか、儲からなければ経済は発展しない」と思い込んじゃってるので、やっぱり有利な条件は維持しようと思って、「100個750円」ぐらいまで値段を下げて様子見をするんじゃないかと思うわけです。もちろんデフレが起きますし、それでも売れないので、交換速度がどんどん落ちていきます。面倒なので厳密なシミュレーションはやめときますが、破滅までは行かなくても、経済規模が大幅に縮小するのは確かです。
結局なにが問題なのか。それは交換の際に「相手に充分にお金を渡していない」ことです。言い換えれば、自分が儲けた分、相手はお金が減っていくから小石が売れないのです。そうなってから、どんなにがんばってセールスをしても、小石に綺麗なラッピングをして相手の気を引きつけても、無駄です。相手がどんなに小石が欲しくても、買うお金がないんですから(笑)。だから、私は「公正な交換をしないと結局自分が損をする」、「自分だけが利潤を最大化しようとすると経済システムが破壊される」っていう根本的な事実に気づかないといけないのです。

現実の経済システムに関しては、もうちょっと(っていうかはるかに)構造が複雑です。生産設備を生産したり、税金があったり、あるいは銀行システムがあって、利潤や貯蓄が他の部門に投資されたり。だけど一般化していうと、この生産→分配→消費というサイクルこそが経済システムであるという事実には代わりありません。それさえわかっていたら、経済学者がいまメディアで言ってることの大半が、さっきのモデルの「儲けようとして経済を壊した僕」と同じぐらい、頭がおかしいことが理解できると思います。たとえば、内需が足りないから需要創出イノベーションしなきゃとか言ってる人がいますが。企業が支払う給与総額が一定なのに、供給側の努力で内需が増える余地などないし、少なくともゼロサムゲームで消費のパイを奪い合うだけなのが、どうしてわからないのでしょうか。
それとか、消費税増税で年金不安が解消されて、消費が増えるからデフレが解消する?(笑)とか。解説は不要だと思いますが、あまり馬鹿な事を言うのもほどほどにしてもらいたいな、と思います。
とりあえず、本稿で日本経済にかんして私がここで言うことは一つだけです。唯一有効な経済政策とは、経済システム全体の循環の中で、一番弱いところ、もっとも滞っているところ、そこを強化したり流れをよくしたりすることで、全体の流れをよくすることです。現在の日本の経済システムのサイクルの中で、ボトルネックになっているのは個人消費です。より厳密に言えば、企業から労働者への貨幣流通チャンネル、つまり給与の支払いが抑制されている事が根本的な原因です。そして、この根本的な原因は、サービス残業という名の不払い労働です。サービス残業で企業が労働者に違法に払っていないお金は年間50兆円近く、GDPの1割に達しています。それだけ払っていなければ、お金が経済全体に回るわけがありません。
というと、「そんなに払ったらほとんどの企業が倒産する」とかいうひとがいますが、経済が循環するシステムであることさえ理解出来れば、その50兆円の大部分がさらに企業の売り上げになり、企業の業績も大幅に向上する、(そして労働生産性も大幅に向上する)ことがたやすくわかると思います。逆に、企業が外需などでどんなに儲かっても、それを不払い労働の強化によって対処し、労働者へ全く還元しようとしない現状では、経済の自律回復など望むべくもありません。
サービス残業が日本の経済と社会にどのような影響を与えるのかは、またそのうち稿を改めて、きちんと説明したいと思います。ともあれ、今回は「企業による利潤の最大化」という経済学者・経営者の暗黙の前提こそが、じつは経済を縮小させる最大の原因なのだ、ということだけ理解していただければと思います。

※朝三暮四 もちろんみなさん知ってるかとは思いますが、確認のため(笑)。非常に猿と戯れるのが好きな男がいた。この男は家族のことも放っておいて、猿を可愛がるものだから、餌の時間になるといつも猿が寄ってくる。ところが、それが原因である日、奥さんに「猿の餌を減らしてくれないと、子供たちの食べる物までなくなってしまう」と窘められてしまう。困った男は何とか猿たちを籠絡しようとし、一斉に呼びかけた。これからは「朝には木の実を三つ、暮(ばん)には四つしかやれない」と告げるも、猿たちは皆不満顔。それならば「朝は四つ、暮は三つならどうだ」と言うと、合計七つと変わらないにも係わらず猿は皆、納得してしまったのである。