The Naked Civil Servant
e-learning オフィスアワー。文学理論試験採点、教科書の丸写しのしかたがたいがいそっくり同じように的を外している。CALL英語共通試験。二部屋でやるのをすっかり失念していて、直前に試験用のDVDをコピー。しかも再生してみると一部よけいな映像が入っていて慌てる。最近こういう細かいミス多い。アンケートを見ると「家からインターネットで教材にアクセスできるといい」というのが多数。当然の反応だが、それを認めてくれる教科書会社にはいまのところお目にかかっていない。同僚G氏と軽く飲む@高雄。
- 作者: Quentin Crisp
- 出版社/メーカー: Flamingo
- 発売日: 1985/02/13
- メディア: ペーパーバック
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これを読んだのは1930、40年代のロンドンのゲイ・ライフを知りたかったからだが、クリスプはあまりに狷介に単独行の人なので、コミュニティを知る資料としては向かないのかもしれない。それでも、30年代の Charlotte Street のカフェの居心地のよさ、国籍やジェンダーを問わない自由でリラックスした雰囲気はわかる。彼の女装はあまりに目立ったので、チェルシーでは窓際に座らないようしばしば言われたが、Charlotte では一切そんなことはなかったという。小説 『魔性の犬 (ハヤカワ文庫 FT 46)』 の印象もあって、クリスプにはもっとSM的な趣味があったのかと思っていたが、まったくちがっていたようだ。実際のところはわからないが、他人を支配したりされたりといったことに一切関心をもたないこの本のトーンに、サドマゾヒズムが合わないのはまちがいない。
印象的なのは、戦争が一種の性的なパラダイスを産んでいたという回想だ。もちろん戦時中も、とくに灯火管制下の暗いところでは、道で殴られたりしていたようだが、米兵とのセックスは潤沢だったし、脱走兵とは、兵役不適格証明書を貸してやったりして、なかよくやれた。1937年の夏のポーツマスで、水兵たちと夜通し馬鹿騒ぎ(セックス抜き)する十三章は、ほとんど唯一の幸福感にあふれた章だ。しかし戦争が終わるとそうはいかない。ここのところは引用する。
Peace broke out.
...The horrors of peace were many. Death-made-easy vanished overnight and soon love-made-easy, personified by the American soldiers, also disappeared... Londoners started to regret their indiscriminate expansiveness. Emotions that had been displayed had now to be lived down; confidences had been uttered which must now be gainsaid. I, who had once been a landmark more cheerful looking and more bomb-proof than St Paul's Cathedral, had ceased to be a talisman. I had become a loathsome reminder of the unfairness of fate. I was still living while the young, the brave and the beautiful were dead.(176-77)
この後を読むと、本人が歳をとって中年の容姿になったから、気分が変わった、ということもあるのだが、やはりそれだけではない。戦争中はむしろゲイにとって幸福な時代だった、という視点は、ヒュー・デイヴィッドの名著 On Queer Street: Social History of British Homosexuality, 1895-1995 でも強調されていた(たしかさっきの「平和が勃発した」という文が引用されていた)のを思い出す。