・670年(唐暦咸亨1.3.丁丑) 唐の高宗,李治は「咸亨」と改元した。(『旧唐書』高宗本紀下) ・670年 4.30 法隆寺が火災で焼失した。(『日本書紀』) ・670年 ?.? 天智天皇は使者を派遣し、鹿島神宮の造営を行った。(『常陸国風土記』) ・671年 1.5 〔参考〕天智天皇は大友王を太政大臣に任じ、蘇我赤兄を左大臣に、中臣金を右大臣に任じたとされる。(『日本書紀』) ※大友王が任じられたという新設の職「太政大臣」は皇太子に近しい地位であり、大海人王ではなく大友王に皇位を継承させる意図があったとも考えられる(水谷千秋『女たちの壬申の乱』)。 ※既に大海人王は「皇太弟」であった以上、…