本編もよかったが、本書の翻訳者の解説が、ガルシア=マルケスの描く作品世界の理解を助けてくれたように思う。
”「ラテンアメリカ」というところは、「ラテン的」という標語によって、快楽的、開放的、陽気、お気楽、といったイメージ・・が、その裏側には、鬱屈した、がんじがらめの、抑圧され、しゃちこばった、権威主義的な、不満の、暗澹たる心情が濃厚に横たわっている。・・・ほんとうに開放的ですばらしいところなのだが、何か、隠微に人をつぶすところがある。悪霊が人をつぶすのではなく、人間が作りだした何ものかが人をつぶしてしまうようなのです。”
これはラテンアメリカだけではなく、誰かに特に我慢を強いることで成り立っている、格差社会に広く見られる現象かもしれない。
(最たるものは、先住民迫害や奴隷制度だろう・・侯爵が奴隷に殺されるのではといつも怯えていることからも、そのような社会においては抑圧する側される側の双方に大変なストレスがあることがうかがえる)
(それから連想する余談だが、北米もその二つは歴史的に持っている国だなあ、と。マーク・トウェインの時代か?トウェインには厭世的作品もあるなあーー;)
いろんな言ってはいけないタブー(権力者に都合が悪いことだけでなく、弱者のぎりぎりの我慢を爆発させないように刺激しないこと)や、理屈に合わない迷信(思考力の退行と真実を言えないがための暗喩)が多くなるのが、抑圧社会の程度を見分ける、目安かもしれない。
作者30才台の作品『百年の孤独』では、抑圧の原因を北米の欲深な資本主義の進出(これは北米が”フロンティア搾取”を場所を変えて繰り返したようにも見える)に帰していたが、60才台にして、実はそれ以前から、ラテンアメリカにもその要素があったと赤裸々に述べている、問題作ではないだろうか。
翻訳者もあとがきで書かれているように、一見甘いメロドラマ・ラブストーリーのようだが、その主題は ”思いのほかヘビーで解釈しづらいもの” である。
抑圧社会の優等生デラウラ・カエターノは、聡明な知性と純粋さをもち、一時は同情心と激情にかられ行動するものの、結局は社会の掟に屈服し、諦めた。物語的に、けっして彼の髪は伸びることはないのだろう。残生を刑に服し、病みたいという最後の望みも叶わない。
侯爵も同様、優しく善良だが、恋人も娘も守ることができない臆病な意気地なしであり、そのみじめな最期はまるで罰のようだ。
これら2人、特に侯爵の最期には、作者の批判心が表れているようにも思われる。どんな悪者や、女たらしのちゃらんぽらんな人物にでも、作中の主要人物に優しいガルシア=マルケスにしては、非常にめずらしく厳しい眼である。
社会で地位や良心、問題意識を持ちながら、弱者のために行動する勇気のない人の罪深さを描きたかったのか。…現代の私たちにも当てはまることだ。
(考えてみればこの侯爵は、『百年〜』のアウレリャーノ大佐とは正反対の行動様式だ…いろいろな意味でーー;どちらが善良か、というと、侯爵のほうだろうか、なぁ。。)
(Gマルケスにミもフタもなく描かれている侯爵だが、気取って描くと『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン少年になりそう…行動パターンが似てるよナーー;けど大人は青春の自虐的/自己愛的行動に自己満足している場合ではないんだゼ、という作者の警句かも。想像するとマルケスはサリンジャーのこと好きじゃないかもしれない、有名作家になった後も社会に関わりカストロとの交遊や麻薬犯罪組織 や独裁管理社会潜入ルポタージュなども発表したマルケス vs 田舎に隠棲して作品もスピリチュアル化したサリンジャー 、という対比より)
ちなみに、この作品では、悪魔憑きというような超現実的題材を扱っているにもかかわらず、ガルシア=マルケス小説の特徴とされる、マジック・リアリズム超常現象は、ほとんど起こらない。迷信深く狭量な修道女が悪魔の仕業と思う出来事も、作者によって理性的に解説されており、作中でもカエターノほか聡明な何人かは、理性的に理解している。実は、いままでの作品でも、作者はすべてそのように見てきたと思う。新聞記者・社会派ジャーナリストでもあるガルシア=マルケスである。小説中の超常現象は、作者が”真実を言えないがための暗喩”だったのだと、理解している。本作は「超常現象やマジックリアリズム、奇妙な迷信は、抑圧的社会においてこんな風にして作られるんだよ^^」という、作者の手中ネタばらしの感がある。
そして、聡明な人が迫害され、迷信や超常現象がまかり通る抑圧社会は、平和な先進国の読者は作品として軽薄に痛快がって面白がっているが、実はあまり楽しい世界とは言えない、実はその社会の多くの人にとって不幸な社会である、という、作者の真面目な思いも感じられる。(数多くの模倣便乗作品とは異なる本家の凄みというか・・そこが好い!!)
この作品で唯一の超常現象;少女シェルバ・マリアの、切られても剃られても死後も伸びつつける奔流のような赤い髪は、表社会にもの言うすべも持たず、御都合主義な臆病者たちによって裏切られ簡単に悲惨につぶされた最も弱い者(しばしば子供、女性)の、押し殺されても地の底から溢れ出る叫び声であり、それをくみとった作者が、弱い者に寄り添う懺悔と鎮魂の思いだと感じられた。
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愛その他の悪霊について: Obra de Garci´a Ma´rquez1994 単行本 – 2007/8/30
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- 本の長さ244ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2007/8/30
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- 出版社 : 新潮社 (2007/8/30)
- 発売日 : 2007/8/30
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 244ページ
- ISBN-10 : 410509016X
- ISBN-13 : 978-4105090166
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上位レビュー、対象国: 日本
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- 2010年2月17日に日本でレビュー済みAmazonで購入一気に読んでしまいました。単行本で約180ページです。マルケスの中では、読みやすさという意味では、一番でした。
評価は分かれるかもしれませんが、面白い小説だと思います。値段がもう少し安ければいいのですが(*_*;
テーマも面白い
教会、修道院(サンタ・クララ)、悪霊、異端尋問、狂犬病。
登場人物
司教(ドン・トリビオ・デ・カセレス・イ・ビルトゥーデス)、修道院長(ホセファ・ミランダ)。
サグンタ(インディア女)。
怪しい医者アブレヌンシオ。カサルドゥエロ(イグナシオ)伯爵とそのベルナダ夫人(商人の娘)、
そしてその不思議な娘シエルバ・マリア(アフリカ名マリア・マンディンガ)。
そしてカエターノ・デラウラ神父。
以下、気になる方は読まないでください。以下、本文から。
シエルバ・マリアの髪は独自の生命を得てメドゥーサの蛇のように逆立ち、口からは緑色の涎が、そして、邪教のことばの罵詈雑言が果てることなくあふれ出した。デラウラは十字架を振りかざして、彼女の顔に近づけ、恐怖のさなかで叫んだ―――
「そこから出ろ、何者なのか知らぬが、地獄のけだものよ、出ろ」。
これをきっかけに、マルケス「百年の孤独」も読まれるといいと思います。
- 2017年10月11日に日本でレビュー済み結ばれない主人公と少女の物語です。
いわゆる魔術的リアリズムの描写は一つしかありませんが、非常に象徴的で印象深いです。
マルケス特有の哀愁を感じさせるリズムを持った物語でした。
- 2024年3月30日に日本でレビュー済みAmazonで購入大変面白い小説です。教会 悪霊(狂犬病?)憑きの少女 修道院 神父と少女の恋
これらの単語だけでも面白くなるに決まってます。設定は自分的にどストライクでした。
ストーリーの運び方もテーマに陥りすぎず外堀から埋めたりして非常に上手い!読みだしたら止まりません。
なので余計にテーマの消化不良が許せない。悪霊の設定も少女と神父の恋も中途半端で唐突に終わります。
読み始めた時は自分のベスト小説になる可能性があったのに・・・期待値から落とされた分だけ評価が下がります。読み終わった後悶々としてしまいました。好奇心くすぐられて、はぐらかされた感じ。
熱くならず冷静に読める方向け・・
- 2017年4月4日に日本でレビュー済み狂犬病に悪霊祓い、異文化の習俗、狂気を感じさせる登場人物たち…禍々しいような物語設定です。だからこそ、というか、読後感は何か神話・聖なる物語を読んだという不思議な感覚がありました。 決して陰惨ではなく、教訓めいたものもなく。他の作者では作り得ない独特の世界に、あっという間に連れさられます。
- 2016年4月17日に日本でレビュー済みこの物語は悲しみと同時に怒りの物語だ。
ガルシア・マルケスの蠱惑的な世界の中に一瞬差し込んだ純粋な愛に、引き裂かれる男女。
引き裂いたものは何かというとそれは聖なるものによって。見捨てたのは何かというとそれは俗なるものによって。
聖と俗の狭間でもがく二人を、世界は誰も救えないということへの悲しみと怒りをマルケスは描いているように思えた。
- 2010年10月27日に日本でレビュー済み「愛その他の悪霊について」とは,何と謎めいて詩的なタイトルだろうか。日本人にとってはわかりづらいカトリックの教義とラテンアメリカ土着の迷信を背景としながら,実はとても明快な恋愛小説。悪魔憑きとされた美貌の少女を祓うため遣わされた修道士が,やがてその少女に恋をする。純粋な二人は息つく間もなく激しい愛の深みに落ちるが,信仰の不条理がそれを引き裂いてしまう。聖俗の間で引きちぎられていく悲恋という構図はシンプルではあるが,野性と理性をするどく対比させつつ描かれる性描写の技巧など,細部まで深い陰影がある。旦敬介氏のよどみない訳も美しい。読者は不思議なリアリズムに満ちたこのおとぎばなしに浸りながら,それぞれのイメージを脳裏に描き,そして最後には涙せずにはいられないだろう。
- 2008年1月30日に日本でレビュー済み全ての人が熱病にかかっているようなこの国の風土と、恋愛を土着宗教の悪魔のように語る視点にとりこになってしまいました。私が最初に読んだガルシア・マルケス作品が「愛その他の悪霊について」です。読み始めた最初は、自分が住んでいる”ここ”と”いま”に比較し、書いてある事のあまりのリアリティのなさと、ストーリーのサキが読めないことに苦労しましたが、この国では全ての空気が熱病のようであり、人々は下半身が土に埋まったままにそこから栄養分を吸い上げているかのようです。しかし愛と狂犬病とを同じものと捉えるこの小説は、なぜか最高の恋愛小説になっていました。熱病にかかった頭で愛し、足の先に生えている根っこから愛を吸い上げ、お互いが土に根が生えた動物である事を思い知らされる疼きが、恋愛小説としての最高の昇華になっています。この神父ように愛されたら最高ではないでしょうか。神父自身もハイだと思いますが。狂犬病少女も狂犬病によってハイになってイってしまいました。この狂犬病少女がとてもいいのです。こんな女に愛されて見たいとホント思います。