現地時間で4月1日夜、日本時間で2日未明からロンドンでG20(主要20カ国・地域)による第2回緊急首脳会合(金融サミット)が始まる。2009年の世界経済はマイナス成長が見込まれる中、危機脱却に向け各国が金融やマクロ経済政策で、どのように協調していくかに注目が集まる。

 しかし、現在の危機からの脱却策を議論することも重要だが、同時に二度と今回のような混乱に陥らないようなシステムを構築することも求められている。既に金融サミットを前にその動きは出ており、3月初旬には、欧州委員会や英国がヘッジファンド規制やEU(欧州連合)統一の金融監督機関の新設などのプランを明かした。

 これに対して、今回の金融危機の発信源になった米国も、3月末に、一定規模のファンドの登録制やデリバティブ(金融派生商品)取引を監視する枠組みなどの創設を公表、新しい規制づくりを巡って欧米で主導権争いが起きようとしている。

 ただ新たな規制は、G20での議論だけでは完結しない面もある。世界の金融取引の大半は、タックスヘイブン(租税回避地)というG20には含まれない多くの国・地域を通して行われているからだ。このタックスヘイブンがグローバル経済に果たしてきた役割を解明しないで、今回のような金融危機の再発を防ぐことはできない、と言う男が英国にいた。


 ロンドンの中心から、地下鉄を2回乗り換えて、北西に1時間半ほど行くと、それまでの喧騒が嘘のように、小鳥の泣き声が聞こえてくる。空気もまるで浄化されたように、都会の不快な匂いはなく、静謐な田舎に姿が変わる。終点のチェサムに着くと、そこはもはやロンドンではなく、バッキンガムシャー郡(県)である。

TJNのジョン・クリステンセン氏
(写真:大野 和基)

 そこにある自分の家をオフィスにしているジョン・クリステンセンは、ブラジルから帰国したばかりだった。クリステンセンは、2003年に、タックス・ジャスティス・ネットワーク(Tax Justice Network:TJN)という組織を創設した人物だ。

 TJNはその名の通り、公正な租税措置を世界に広めるために活動する組織。その名を裏返せば、租税を回避するタックスヘイブンの監視をするための世界的なネットワークだ。

 クリステンセンを我々に紹介したのは、英バーミンガム大学教授のロナン・パラン。ロナンの専門は国際関係論。特にタックスヘイブンについては造詣が深く、『タックスヘイブン』(作品社)を、共著で上梓している。

 クリステンセンの話を聞くと、ロナンが「ともかく彼に会うように」と勧めた理由がすぐに分かった。彼は自らタックスヘイブンで働いた経験を持ち、そして現在は世界中の大学教授や当局関係者、弁護士や会計士、金融機関の社員、ジャーナリスト、さらにはタックスヘイブンで働いている関係者など1万8000人と情報網を築いているからだ。

世界貿易の60%に関わり、1100兆円の個人資産を保有

 クリステンセンはコーヒーを入れながら、話し始めた。

 「現在起きている金融危機の中心にあるのがタックスヘイブンですが、そのことに気づいている人はほとんどいません。世界中にばら撒かれた毒入り金融商品のほとんどは、規制が皆無に等しいタックスヘイブンで発明されています」

 1つ質問すると、雄弁に説明してくれるクリステンセン。彼はこう説明する。

 今回の金融危機で損失を大きく被ったヘッジファンドの大半がタックスヘイブンにあり、その中でも有名な管轄区がマン島チャンネル諸島を構成するジャージー島、ケイマン島である。レバレッジを使った影の銀行システムと呼ばれるSPC(特別目的会社)などであるが、その影の銀行のほとんどすべてがタックスヘイブンにある。

 「タックスヘイブンは単なる巨額脱税の温床ではなく、今起きている金融危機の原因のかなりの部分を占めています。もはやタックスヘイブンの存在なくしてグローバル経済は語れないのです。世界貿易の60%はタックスヘイブンを経て行われます。個人資産額で見れば11.5兆ドル(約1100兆円)ものお金がタックスヘイブンにあるのです」

OECDやEUが規制に乗り出すが…

 ここで話を共通の理解で進めるために、まずタックスヘイブンについて定義しておく必要がある。世界共通の公式定義はないが、OECD(経済協力開発機構)は次の3つの基準を示している。

 (1)資本収入に対して、税金を課さないか、ほとんど課さない
 (2)透明性が欠如している
 (3)外国の政府に対して情報提供を拒否する

3月にジャージ島の金融街で行われたタックスヘイブンに反対するデモ行進の様子
(提供:ジョン・クリステンセン)

 OECDの租税委員会やEUは、ここのところタックスヘイブンの行きすぎた税制優遇措置を正すため、様々な施策を取っている。OECDは国家間の健全な外資誘致競争を阻害すると認定された優遇税制を「有害」とし、いわゆるブラックリストに掲載する。

 EUは貯蓄課税指令を出し、預金者が非居住者である場合、その国の税務当局と預金者情報を共有するなど、透明化に協力しない限り、銀行預金に2005年7月から15%、2008年7月からは20%の源泉税を徴収する。さらに、2011年からは税率が35%に引き上げられる予定だ。

 このように国際機関によって規制が強化されてきたが、こうした措置だけでタックスヘイブンの存在を変えることはできない、とクリステンセンは見る。彼によればタックスヘイブンの本拠地は英国、というよりもロンドンだという。ロンドンの役割に何らかの規制を加えなければ、本当の意味の規制はできないと見る。

 クリステンセンは言う。

 「分かりやすく言うと、ロンドンを中心として、特に英国領の国にタックスヘイブンを作ることを奨励してきたのです。すべてロンドンと密接に関係しています。そしてロンドンの大銀行をパイプとして使い、ビジネスと資本をロンドンに引きつけようとしてきました」

 実際、ケイマン島、マン島、バミューダ島、ジブラルタルなど「クラウン・ディペンデンシー」(英王室属領)と呼ばれ、エリザベス女王を君主として忠誠を誓いつつ、独自の議会と政府を持つ場所の存在感が高い。

腐敗のエンジン、犯罪を奨励する環境

 クリステンセンは、タックスヘイブンで有名なジャージー島の出身である。子供の頃から国際情勢に関心があり、20代の初めにロンドンのチャリティー組織で働き、資本主義の進化を目の当たりにした。1970年代の終わりの話である。そこで関心を持ったのが、アフリカの貧困だ。彼らが困窮する要因はどこにあるのか。クリステンセン青年が行き着いた先が、税だった。

 「分かったことは、アフリカの裕福な人たちや多国籍企業が税金を払っていないことでした。タックスヘイブンが貧困を生み出す原因として、重要な悪玉の役割を果たしているのです」

 そこで自分が働いているチャリティー組織に、タックスヘイブンの研究をしたいと申し出たが、拒否されてしまった。思いついたのが、出身地ジャージー島に戻り、そこの金融機関で働くことだった。

 タックスヘイブンがどのように機能しているかを調べるにはインサイダーになることが最も近道である。86年にジャージー島に戻り働き始めると、どういう人、組織が利用しているか、政府がどのような役割を果たしているのかが分かったという。

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