和歌山のミカン農家が始めた直売所が注目を集めている。それは「めっけもん広場」。産地の多くにある買い出し型の直売所とは異なり、都市部のスーパーに直接出店する出張型の直売所だ。「農家が儲かる直売所」として地元でも評判の存在になりつつある。

 中間流通をなくした直販が儲かる、というのは誰もが知っていること。とはいえ、めっけもん広場に参加する農家の手取りは、農協などを通した市場流通に比べて倍も違う。それだけ、既存の流通システムには余計なコストがかかっているということだろう。

 農協を中心とした出荷団体、卸売市場、仲卸、そしてスーパー。日本の農産物流通には数多くのプレイヤーが存在している。今日、小売りの店頭に多種多様な農作物が並ぶのはこうした仕組みが機能しているからだ。もっとも、中間流通のプレイヤーが多ければ多いほど高コスト構造になる。そのしわ寄せが生産者の手取りにいっている面は否めない。

 「儲かる農業」の実現には流通改革が不可欠――。めっけもん広場に集う生産者の笑顔を見ていると、そのことを改めて痛感する。農家の手取りが倍になる直売所。その中身を見てみよう。

 農業でカネを稼ぐ。それを当たり前に実現している女性が和歌山にいた。

 山の斜面をミカンの木が覆う紀の川市。果樹園に囲まれたハウスでトマトを栽培している山下栄子さんは、相好を崩してこう言った。

 「今はすごくおカネを取れるようになったんよ。ほいだら、農業が楽しくてね。元気が出てくるんよ」

 ミカン農家だった山下さん。5年ほど前から1000坪のハウスで「ロケット」と呼ばれるミニトマトを栽培している。堆肥を使い土作りを丹精しているからだろう。山下さんが作るロケットは味の良さでは折り紙付き。地元のスーパーや大阪市内の百貨店の店頭に、「山下栄子さんのトマト」というポップ付きで並ぶほどだ。

 ハウスに隣接した作業小屋。話し始めた山下さんのお国言葉は止まらない。

 「私ね、パートさんを2人、使うてるんやで。2人に来てもらって月30万円、払うてるんやで。まわりのみんなパート代なんてよう出すなぁって笑うけど、それでも結構、儲かってます。毎日、晩に豪勢にしているさかい。みんなには言えんけど」

写真:自信作のミニトマト「ロケット」を手にする山下栄子さん

自信作のミニトマト「ロケット」を手にする山下栄子さん。儲かる農業の楽しさを若い人と分かち合いたいとも語ってくれた

 「農協に出してたらね、ほんまにね、後引いたら何も残らないんよ。私ほんまにね、1人の子供を大学に出すのに、のつこつ(大変な思い)をしましたよ。ほいでもね、“めっけ”に出してから、今は(手取りが)倍取れます。はっきり言って、(卸売)市場の倍!」

 いかに農業が儲かるか――。取材で訪れた6月末、山下さんは生き生きとした口ぶりで語ってくれた。そんなニコニコ笑顔の山下さんが口にした“めっけ”。これは、紀の川市や和歌山市にある直売所、「めっけもん広場」のことである。

スーパーに直売所が出店する“出張型”

 農家が農産物を直接販売する直売所。新鮮な野菜などを安く買いたい消費者に支持されており、全国に1万3000カ所ほどあると言われている。こうした多くの直売所とめっけもん広場が違うところは、スーパーの中にあるインショップ型の直売所という点だ。

 「“買い出し型”でなく“出張型”の直売所ですわ。こういうの、あまりないのと違いますか」。めっけもん広場を立ち上げた児玉典男氏は言う。実際に、スーパーの売り場を見ると、青果売り場が丸ごと、めっけもん広場になっていた。

 実は、めっけもん広場は2つある。1つは、児玉氏が作ったインショップ型のめっけもん広場。そして、もう1つは、紀の川市にあるJA紀の里が運営するめっけもん広場である。後者は2000年11月にJA紀の里が作った大型直売所だ。2007年度の売り上げは約25億円。全国でも屈指の規模を誇る。

 2つに分かれているのは、めっけもん広場の商標を児玉氏が持っているためだ。

 JA紀の里のめっけもん広場が開業した直後、第三者が「めっけもん広場」を商標登録した。「地元に定着している直売所の名前を第三者に使われるのはどうか」。JA紀の里の組合員だった児玉氏はこう考えて商標を購入。その後、JA紀の里とは別に、インショップ型のめっけもん広場を立ち上げた。

写真:紀ノ川市で「観音山フルーツガーデン」を経営する児玉典男さん

児玉典男さんは紀の川市で「観音山フルーツガーデン」を経営する大規模ミカン農家。手取りが増える農業の仕組みを作るために奔走する

 児玉氏が始めためっけもん広場は、今のところ、和歌山市の食品スーパー「ゴトウ本店」の2店舗だけ。ただ、9月中にゴトウ本店の別の店舗で3つ目が開業する。さらに、1年以内に和歌山市内にあるゴトウ本店の全店舗にめっけもん広場を導入する見込みだ。

 「産地に直売所を作ると、建物を建てたり、道を広くしたりせなアカン。それに、今はガソリンが高いし、フードマイレージとか言うでしょ。出張型ならトラック1台で済むからね。やっぱりね、お客さんの近くに農業者が寄っていく。これからは、それが一番大事なことと思うんですわ」

 この児玉氏の言葉を証明するように、今では近隣の農家がこぞって野菜や果物などを持ち込む。農協や卸売市場ではなく、都会のスーパーにあるめっけもん広場に出荷するのはどうしてか。理由の1つは、農家の手取りが高くなるためだ。

 めっけもん広場を運営しているのは、農業総合研究所という和歌山市の農業コンサルタントだ。ここが、ゴトウ本店と契約を結び、めっけもん広場の商標を貸与している。農家など生産者の募集や集荷、配送などを手がけるのも農業総合研究所の役割である。

 めっけもん広場に参加したい生産者は農業総合研究所に5000円の入会金を払う。一度、入会金を払えば、農家は毎日、好きな農産物を好きな量だけ集荷場に持ち込める。こうして集められた農産物は1日2回、農業総合研究所のトラックで各店舗のめっけもん広場に運ばれていく。

販売価格の78%が農家の懐に

 JAなどを通した卸売市場流通の場合、出荷団体や卸売市場、仲卸、スーパーなどでマージンを取られる。ところが、めっけもん広場では、農家が集荷場に持ち込み、農業総合研究所が店舗に配送しているため、卸売市場流通のように中間マージンが発生しない。

写真:めっけもん広場の集荷場。左は稲垣享浩氏

めっけもん広場の集荷場には、近隣農家が新鮮な野菜や果物を続々と持ち込む。左は稲垣享浩氏。農家からの値段の付け方や出荷量の相談に丁寧に答える

 青果売り場のスペースをめっけもん広場に提供しているゴトウ本店のインセンティブは農産物の販売価格の22%。農業総合研究所が生産者とゴトウ本店の間に入っているが、同社の収入はあくまでも5000円の入会金収入とゴトウ本店からのコンサルタント料が中心。農作物の販売価格からは手数料を取らない。だから、残りの78%が農家の懐にそのまま入る。

 児玉氏が調べたところ、既存の卸売市場流通の場合、農協などの出荷団体の段階で30~40%、小売りで40%のマージンが発生していた。これでは、農家の手取りは販売価格の20~30%にしかならない。それに対して、めっけもん広場。多くの農家は周辺のスーパーや直売所よりも20~30%安い販売価格をつけているにもかかわらず50%前後が手元に残る。まさに、「市場の倍」である。

 中間流通を省くだけでこれだけ農家の手取りが変わる。改めて示されると、中間の流通コストが農家を疲弊させていることが分かる。農業が儲からないのは多段階流通システムのため、と言っても過言ではないだろう。

 しかも、めっけもん広場では、捨てるしかなかった規格外品を売ることができる。商品にならない野菜や果物がカネになる――。これも、農家がめっけもん広場に参加する大きな要因だ。

捨てるしかなかった農産物がカネになる

 紀の川市にあるめっけもん広場の集荷場。配送トラックが出発する午前9時と午後3時に合わせて、軽トラや自家用車に農作物を積んだ農家が次々とやってくる。この集荷場は使われなくなったスイミングスクール跡地。低コストで運営するために使われなくなった施設を借りている。

写真:元スイミングプール集荷場

コスト削減のために集荷場はスイミングスクール跡を借りている。集まった農産物は、ここからスーパーの各店舗に一括配送される

 この集荷場に集められた農作物。よく見ると、ナス5袋、キュウリ3袋というように、小ロットの農作物が多い。取材当日、ジャガイモとタマネギを数袋、持ってきた家族連れがいた。話を聞くと、自家用に作っていた野菜の余りを売りに来た、という。

 これまで採れすぎてもご近所に配るくらいしかできなかった。そんな野菜がカネになる。ならば、もっと作って売ってみたいと思うのは当然だろう。「来年、本格的に農業を始めますよ」。来年、定年退職するご主人はこう言うと、子供を連れて帰路に就いた。

 大きさや長さが揃っていない、数量が一定量に達していない――。そんな理由で品質にも味にも問題がないのに捨てるしかなかった野菜や果物。それがめっけもん広場では立派な商品になる。この点も農家の手取りが増える一因だ。そして、消費者は野菜や果物本来のおいしさを手頃な値段で味わえる。

 「これを食べてみてくださいよ」。そう言って、児玉氏が持ってきたのは大きな完熟の桃だった。皮ごとかぶりつくと、熟れきった桃の甘い汁が口の中に広がった。都心の大手スーパーに並んでいる桃とは味の深さがまるで違う。この味で6個1000円という安さだから驚きである。

 卸売市場流通では、熟れすぎた桃は扱ってもらえない。消費者の手元に届く頃には傷んでしまうからだ。しかし、直売所は収穫したその日にスーパーの店頭で売ることができる。卸売市場流通では味わえない野菜や果物が手に入るのだから、消費者の人気も出るだろう。児玉氏も笑顔で語る。

 「この間、あるお客さんが『今年はもう去年の倍の量の桃を食べたよ』と言うてました。安いからたくさん食べられるって。基本的に、ここでは農家さんが売りたい物を売ってもらう。農薬の使用や収穫後のワックスなど、JAS法は守ってもらわな困りますけど、それ以外にこちらで規格を作るようなことはしませんわ」

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