ポケモンGOを積極活用している自治体の代表格と言えば鳥取県だろう。日本で配信が始まった3日後の7月25日、県は砂(スナ)とスマートフォン(スマホ)を掛け合わせた造語を交え、「鳥取砂丘スナホ・ゲーム解放区宣言」を公表。ポケモンGOユーザーを歓迎すると表明した。これを多くのメディアが取り上げたことで知名度が上がり、砂丘は全国でも有数のポケモンGOスポットとなっている。
こうした取り組みを、ポケモンGOを配信する米ナイアンティックや、開発に協力したポケモン(東京都港区)も評価。今後、一緒に砂丘でどんな取り組みができるか、協業に向けた話し合いも始まっているという。
一連の施策の陣頭指揮を執る平井伸治・県知事に、「ポケモンGO活用術」を聞いた。
(聞き手は井上理)
*当連載は、日経ビジネス2016年8月22日号特集「世界を変えるポケモンGO これから起こる革新の本質」との連動企画です。
「日本全国を探しても、なかなかない場所」
まずは、「鳥取砂丘スナホ・ゲーム解放区宣言」を公表された経緯をお聞かせください。
平井知事:日本にいつ「ポケモンGO」が上陸するかと注目が集まっていたところ、7月22日に突如、始まって大騒動になったわけです。ネットなどを見ておりますと、どうも鳥取砂丘でポケモンが多く見つかるらしいという噂が出て、話題になっていました。
それで最初の週末、土曜日の夜に、砂丘事務所という県のレンジャー部隊に電話をして、いろいろと話を聞きました。その時の思いは2つあったんです。
1つは、危ないことはないだろうかと。やはり行政としては、事故やトラブルは気になります。その辺を心配していたんですね。もう1つは、ひょっとすると砂丘というのは「ポケモンGO」を楽しむ全国でも珍しいフィールドになり得るのでは、という思いもありました。
それで、とにかく見に行こうということで行ってみて、見よう見まねでちょっとポケモンGOをやってみたんですけど、確かにポケモンがいっぱいいるんです。かつ、異常なくらいに「ポケストップ」というのがたくさんあるんですね。
鳥取県が100m置きに設置した100箇所以上の「調査杭」がポケストップになっているということでした。さらに、「ジム」というのも数多くセットされていると。これは我々が望んでそうなったわけではなく、偶然、そういうフィールドが出来上がっていたということです。
ポケストップとはポケモンを捕まえるための各種アイテムが得られ、さらにポケモンも出現しやすい場所。ジムはポケモン同士を戦わせることができる場所。いずれも多くのユーザーを引き寄せている。
もともとは、ナイアンティックの位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」の「ポータル」と呼ばれる場所で、これがポケモンGOにも流用された。ポータルは、イングレスユーザーが地道に各地の写真を撮り、申請することで徐々に増えていった経緯がある。
鳥取砂丘では100箇所以上のポケストップ、9箇所のジムが密集しているが、うち約8割は鳥取県在住の「katops」さんというイングレスユーザーが申請し、ナイアンティックに認められたものだ。平井知事は「もし名乗り出ていただけるのであれば、表彰して差し上げたい」と話す。
イングレスのポータルはさして問題視されていませんでしたが、ポケモンGOではあまりに爆発的な普及を見せただけに、一部のポケストップやジムに人が集まりすぎて「危険だ」「迷惑だ」との声も上がっています。削除申請をした自治体も現れました。
平井知事:確かに都会では、狭いところにたくさんの人が集まってしまって、何かわさわさした雰囲気になる。さらに運転しながら遊んでしまうとか、そういうようなことが言われるわけです。
ただ、砂丘に車は走っていませんし、自転車を走らせようとしたって無理。「東西16km、南北2km」という広大な場所ですから、人とぶつかることもない。砂丘の自然にも親しんでいただける。そうすると、都会の真ん中でぶつかりそうになってストレスを感じながらやっている方が遊ばれるのには、むしろ砂丘はいいところではないかと思いました。
いろいろ考えてみますと、こういう場所って日本全国を探してもなかなかない。だから、ポケモンGOを“解禁”するということで、もう週明けにはすぐに打ってしまおうと思い、25日の発表に至りました。
熱中症などのトラブルは「ない」
スナホ・ゲーム解放区宣言では、「熱中症や事故・ケガがないよう、注意しましょう」「砂丘のかわいい生き物や、他の人に、迷惑をかけないようにしましょう」といった掟も並んでいます。
平井知事:私は別に野放図にやらせようということではなく、むしろマナーをきちんと守りながら自然を楽しんでもらう、そういう新しいポケモンGOの楽しみ方があるんじゃないだろうかと提案したかったんです。
せっかく砂丘に来るんだから、ポケモンだけじゃなくて砂丘自体も楽しんでもらう。そういうことを呼び掛けようということで、掟を付けました。そして、よそがマネできないように「スナホ・ゲーム解放区」というふうにも言っています。
平井知事:「スナホ」と言ったら、これはもう鳥取砂丘以外はどこも使えないでしょう。要は鳥取オリジナルの誘客政策にもなり得ると。幸い、先般まで「スタバはないけれど、スナバはある」などと騒いでいましたので、その連想もあるんじゃないかなと。これを週明け早々、月曜朝の記者会見で打たせていただいたら、一般紙からテレビまで好意的に扱っていただき、ばーっと広がりました。
結構、そうした報道を見て来たくなった人がおられたみたいで、関西から来ました、東京から来ました、そういう方々もたくさんいらっしゃいますし、夜中でもお客様がなかなか途切れなくなっています。安全のために、砂丘入り口の階段に急きょ、LEDの照明を付けました。
現状、トラブルはありませんか?
平井知事:このシーズン、熱中症を一番心配していたのですが、少し体調を崩された方に「スマホゲームをしていましたか」と聞くと、皆さん「してない」と。砂丘に「馬の背」という小高い山があるのですが、暑い中、ここに駆け上がった後に体調を崩される方が多いんですね。
ポケストップがあるエリアはこの馬の背ではなく、少し草が生えた平地のエリア。しかもポケモンGOの性質からして、ゆっくり歩き回るわけです。またスマホですから、緊急事態があればすぐ電話もかけられる。我々、以前からWi-Fi(無線LAN)を提供していますから、通信手段も万全。ですから、意外ですけれどもトラブルはまったくないですね。
「仮想と現実の組み合わせで別の砂丘が出来上がった」
経済効果もだいぶあるのでしょうか?
平井知事:そうですね。我々が解放区宣言にかけたお金は本当にわずかですが、それだけでお客様がたくさんいらっしゃる。砂丘の目の前のおみやげ物屋さんも、おかげさまで繁盛しています。2割くらいは伸びていると聞きました。
正直な話、砂丘までスマホゲームだけをしに来るってあり得ないわけですよ。来たらやっぱり砂丘を楽しもうとなり、のどが渇くから飲み物を買おうとか、ご飯を食べようとか、泊まろうという話になる。
さらに言えば、鳥取県には観光のパターンがあって、砂丘を「スタート地点」として周遊される方が結構、多いわけです。「大山」や「水木しげるロード」といった県内の観光地もそうですし、もちろん「出雲大社」や「天橋立」など山陰一帯を見て歩かれる方も多い。
そういう意味で、我々として一番ありがたかったのは、夏休みのシーズンを前に、ポケモンGOをきっかけにして鳥取砂丘という目的地が多くの方々に認知されたことです。現に飛行機の予約率なども上がりましたし、これがやっぱり一番大きかったと思います。
平井知事:もっと言えば、ご家族連れも含めポケモンGOをしに来られた多くの方々が、さきほどの馬の背に上がるだけではなくて、別の鳥取砂丘も探し始めてくれたんですね。これも本当に嬉しいことなんです。
例えば、ポケストップが密集している少し草が生えているところには今の季節、「ハマニガナ」という黄色いきれいな花が咲きます。それから、夕方から夜にかけては夕日が海に沈んでいく名所にもなりますし、夜に行きますとイカ漁のきれいな漁り火が日本海に広がるんですね。ポケモンGOは昼も夜も楽しめますから、観光だけなら気づかない、そうした別の顔にも出会うことができるんです。
つまり、仮想空間と現実空間の組み合わせによって、今まで行かなかった場所や時間帯にお客さんが来るようになったことで、別の砂丘が出来上がった、砂丘観光の幅が広がった、ということだと思います。
私どものようなところは砂に埋もれてしまうわけにはいかない。砂の上に出て発信をするタイミングを上手に掴みたかった、という背景もあります。ポケモンGOのために来たら、実は自然の宝庫だった、夜はこんな素晴らしい光景だったと写真に撮っていただいて、ネットにアップしてくれれば、我々としては正直、「もうけもの」なんです。
ナイアンティックと協議、砂丘でイベント開催も
施策は続く。県は8月6日、「とっとりGO」と冠した特設ページを県のウェブサイトに設置。砂丘に加え、「名探偵コナン」の作者、青山剛昌氏の故郷や、水木しげるロード、宝くじが当たると言われている「金持神社」など、県内の名所とポケストップの密集地が重なっているエリアを順次、紹介していく計画だ。
さらに、平井知事は「ナイアンティック側と、今後、どういう取り組みができるか相談している」とも明かした。ポケモンGOのベースとなっているイングレスでは、期間とエリアを限定したイベントを世界各地で随時、開催している。同様に、砂丘エリアに限定した“公式”のイベントが近々に告知されるかもしれない。
全国でも先駆けてポケモンGOを地方創生に活用している事例として、ナイアンティックも注目しているのではないでしょうか。
平井知事:そうですね。正直言うと、こうやってスナホ・ゲーム解放区と宣言したことに対して、ナイアンティックさんの方から熱い声を掛けていただきました。
我々は、規制優先みたいな話が盛り上がっている時に、そこを冷静に考え、安全なところでマナーを守って楽しみましょうと発信したわけです。これについて、評価してくれていまして、これから、砂丘でどういう取り組みができそうか、先方といろいろ相談していけるんじゃないかと思っています。
最近、鳥取県は「のっとり県」と言われていますが、取りあえず乗っかっていこうと。その意味で、多くの方に認知され、来ていただき、本当に、「もうけものGO」だと思っています(笑)。
当連載は、日経ビジネス2016年8月22日号特集「世界を変えるポケモンGO これから起こる革新の本質」との連動企画です。併せてこちらもご覧ください。
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