ドイツの大手3社には既に食い込んだ。次はトヨタ自動車だ──。
10月4日と5日、インドのバンガロールで開いたNTTデータの世界戦略会議。国内外の幹部約150人が集まる中、注目を一身に集めた人物がいる。グローバルマーケティング本部長のロブ・ラスムッセン氏。独ダイムラーから受注した、100億円規模のシステム関連プロジェクトを率いる責任者だ。
ダイムラーは2015年1月、NTTデータを「グローバルITパートナー」の一社として採用。複数のIT(情報技術)企業に分散発注していた基幹システムの開発や保守運用を、NTTデータに集約し始めた。
これと並行してNTTデータは同年、独フォルクスワーゲン(VW)から物流や販売システムの運用などを、100億円規模で受注することに成功。以前から手掛けてきた独BMW向けビジネスと合わせ、ドイツの自動車業界に確固たる地盤を築き始めている。
バンガロール会議の一つの狙いは、独自動車業界を取り込んだ“成功体験”を欧米諸国や南米、そして日本へと展開する方策を探ることにあった。
海外売上高は12年で95倍に
旧日本電信電話公社を母体とし、年金や自治体のシステム構築で稼ぐドメスティックな企業──。そんなNTTデータのイメージはもはや過去のもの。今や国内IT大手屈指のグローバル企業へと変貌した。
●NTTデータの業績推移と主な企業買収
過去12年間で50社以上の海外企業を買収し、投じた金額はおよそ6000億円。06年3月期に95億円だった海外売上高は、18年3月期に9080億円に達する見通しだ。今期の売上高が2兆円を突破する見通しだから、その半分近くを海外で稼ぐことになる。
今年3月時点では、海外の従業員数は7万7000人と全体の7割を占める。約3500億円を投じて傘下に収めた米デルのITサービス部門の統合が順調に進めば、海外売上高が1兆円を超える道筋が見えてくる。
海外シフトを加速する理由ははっきりしている。NTTデータの“祖業”が頭打ちになりつつあるのだ。
関わりの深い年金システムでは「調達方式の変更で、オールインワンで受注することができなくなった」と公共・社会基盤分野担当の青木弘之取締役は話す。さらに中央省庁はシステムのクラウド移行を進めており、運用経費を3割減らすことが目標になっている。野村証券の田中誓アナリストは「NTTデータの関連売り上げも数百億円規模で減りかねない」と指摘する。公共と並ぶ柱である金融機関向けも、低金利で銀行の収益環境が厳しい中では、大きな成長は見込めない。
こうした状況から、NTTデータの国内売上高は過去10年で1割程度しか増えていない。海外に目を向けるのは必然だった。
ただしNTTデータは、サーバーや通信機器などのハードウエアを持たず、世界で勝負できるソフトウエアも限られる。“輸出”を通じて海外比率を高めるのは困難だ。
強みは様々なIT商材を調達して組み合わせる「SI(システムインテグレーション)」や構築したシステムの「保守運用」、業務の「アウトソーシング」受託などにある。こうしたビジネスを伸ばす最大の武器は、顧客の業務に精通した人材だ。だからこそNTTデータは、海外IT企業のM&Aを急ピッチで進めてきた。
「まずは各国でトップ10のIT企業になる。勝負はそこからだ」。岩本敏男社長の戦略は一貫している。IT業界では“知名度”によって、できるビジネスの種類が大きく異なる。企業がシステム構築を始める際は、RFP(提案依頼書)を主要なIT企業に送付して提案を募るのが一般的だ。無名なままでは、そもそもRFPが届かない。
ではどこから攻めるのか。一つの橋頭堡に位置づけたのが、ドイツの自動車業界だった。08年にBMWの情報システム子会社だった独サークエントと、コンサルティングに強い独アイテリジェンスを買収。イタリアやスペインでも200億円規模で買収を続け、欧州でのシステム構築能力を高めた。
「ダイムラーからアウディに移るなど、ドイツの自動車業界では横の転職が活発だ。BMWでの実績が知られるようになると、同じ業界から声がかかるようになってきた」と、NTTデータで海外事業を統括する西畑一宏副社長は話す。多くの企業からRFPが届くようになれば、“勝ち目”の高い案件を狙って受注できる。
規模の拡大は海外事業で好循環を生み出す。10年に米キーンを買収した狙いの一つは「インドで抱えていた豊富な開発リソース」と、同社のCEO(最高経営責任者)を務め、今はNTTデータの執行役員であるジョン・マケイン氏は明かす。
キーンに加えてデルのITサービス部門を今年傘下に収めたことで、NTTデータがインドで抱える人材は2万人を超えた。単価の安い技術者を動員できればコスト競争力は高まる。「知名度と規模が拡大したことで、ようやく米IBMや米アクセンチュアなどが押さえていた市場に入り込めるようになった」と西畑副社長は胸を張る。
この過程で重視したのが、買収企業の独立性を保つこと。NTTデータが手に入れたかったのは、各国のIT事情に精通している人材だ。人員削減や事業再編には消極的で、日本から社長を送り込むこともほとんどしていない。「言語や文化を共有できる人材が営業し、システム開発を手掛けなければ、結局は顧客が離れてしまう」(岩本社長)と考えてきたからだ。
投資に見合った利益稼げず
もっとも、こうした放任主義ともいえるやり方がこれからも通用するとは限らない。冒頭で触れたダイムラーのように、グローバル展開を進める大企業はシステム運用の効率化を追求する。IBMなどに対抗して大型案件を受注するには、買収した子会社がバラバラに戦うのではなく、チームとして連携を深める必要がある。
バンガロールに子会社の幹部を集め、戦略会議を開いた意義はここにある。単なる顔合わせの場ではない。「インド人材の強みを欧州からどうやって引き出すか、各社で異なる開発手法をどうやって統一するか、など突っ込んだ議論ができた。一体感が高まった」と、西畑副社長は振り返る。
放任主義からの脱皮は利益創出の観点からも必要だ。NTTデータの「グローバル」セグメントは17年3月期に16%の増収を達成した一方で、33億円の営業赤字を計上した。100億円超の「のれん」償却が負担になっているからだ。のれん償却前の営業利益率も2%程度にとどまっている。
19年3月期からIFRS(国際会計基準)に移行すると、毎年の償却負担がなくなり利益押し上げ要因になる。一方で減損リスクにも直面する。海外子会社の「稼ぐ力」を高めることは急務だ。
成熟化する国内市場でも手を打つ。17年10月には三菱重工業の情報システム子会社に51%を出資、傘下に収めた。顧客基盤を製造業に広げるのが狙いだ。NTTデータは伝統的に官公庁や銀行向けのシステム構築を得意とし、そうした業務に精通した社員を多く抱えるが、製造業でシステム構築に携わった社員は比較的少なかった。
買収した旧MHI情報システムズは三菱重工のIT投資額の約3分の1を担い、16年3月期の売上高は240億円に達していた。経験豊富なIT技術者を会社ごと手に入れることで、一気に勢力を拡大する目的だ。
三菱重工にとっても、買収話は渡りに船だった。工場の生産ラインをきめ細かく管理し、効率を高めるにはITの活用が欠かせない。一方でこうした領域は進歩が激しく「社内では先端技術に対応できるエンジニアを育てきれなかった」(三菱重工関係者)。さらに、三菱重工は工場の力が強い。情報システム部門は工場の“下請け”の地位に甘んじ、積極的な提案ができなくなっていた。こうした状況を、NTTデータと組むことで一気に打開しようとしたわけだ。
1月にシャープ子会社から組み込みソフトの開発会社を買収したのも、人材確保が狙いだ。NTTグループはトヨタ自動車とコネクテッドカーの開発で提携しており、大量データの蓄積や分析などをNTTデータに任せている。求められているのはパソコンやサーバーだけでなく、制御機器を自在に操れるエンジニア。買収によって、NTTデータ社内の制御システム技術者は1500人規模に達した。
制御システムの開発案件は、IoTの進展で今後確実に増えていく。「将来は米ゼネラル・エレクトリックの『プレディクス』や独シーメンスの『マインドスフィア』のような、IoTプラットフォームを手掛けていきたい」と、法人・ソリューション分野を統括する山口重樹取締役は力を込める。
金融機関向け事業でも需要の創出に動く。折しも銀行業界はマイナス金利とフィンテックの台頭で従来の収益モデルが揺さぶられている。政府が推し進める働き方改革もあり、「システムを使ってコスト構造を見直すのが急務だ」(金融分野担当の藤原遠取締役)。
投入するのが、「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」と呼ばれるオフィス業務の自動化ツール。NTTデータは17年4~9月期だけで300社以上に提供。試行導入した百五銀行事務統括部の諸岡章弘BPR推進室長は「数字のコピーペーストなど人間がやっている単純作業を置き換え、年間7000件分、1283時間の業務時間を削減できる」と満足そうに語る。
顧客基盤を侵食するアマゾン
ITサービス業界にも新たな競争相手が急速に台頭している。米アマゾン・ドット・コムが提供する「AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)」を筆頭に、海外のクラウド大手がNTTデータが得意とする領域を侵食し始めた。「国内の公共システムでも海外勢がトップセールスを強化し、競合するケースが増えてきた」(幹部)。従来のやり方を踏襲するだけでは、盤石に思える国内事業でも足をすくわれかねない。
何よりも、深刻化する国内のIT人材不足がNTTデータの今後に影を落とす。経済産業省のまとめによると、国内のIT人材は19年の92万人をピークに減少に転じ、30年には60万人程度の需給ギャップが生じる見込みだ。NTTデータは年金やクレジットカード決済など、日本経済の根幹を支えるシステムを多く手掛けている。こうした社会インフラの保守と更新を滞りなく実施しつつ、新しい領域に進出するには人材確保が不可欠だ。
デルのITサービス部門の統合を急ぐ、もう一つの理由はここにある。インドの技術者にNTTデータ流のシステム開発手法を身に付けさせ、世界各地のプロジェクトに参画させれば、人手不足を緩和できる。17年5月にはシステム開発の方法論を全世界で共通化。日本だけでなく全ての海外子会社が、同じ用語でプロジェクトを遂行できる準備を整えた。
NTTデータには他のIT大手にはない「使命」がある。筆頭株主は54.2%を握るNTT持ち株会社。旧電電公社を出自とするからには、NTTグループを支えなければならないのだ。
成長性という意味ではNTTデータへの期待は高い。国内の通信事業は頭打ちが鮮明で、東西子会社は減収傾向から脱却できずにいる。携帯事業のNTTドコモですら思うように業績を伸ばせていない。「持ち株会社が3000億円規模のデル買収を許したのは、NTTデータがグループ内で厚遇されている証しだ」と、ガートナージャパンの海老名剛リサーチディレクターは話す。
だがその期待は足かせにも変わり得る。「持ち株会社の一部にはNTTコミュニケーションズとの再編を促す声がある」とSMBC日興証券の菊池悟アナリストは指摘する。NTTコムも海外IT企業の買収を加速しており、「NTTデータと重複する部分が増えてきた」(ガートナーの海老名氏)。今後、NTTグループ内での連携強化や事業の再編を求められ、戦略の練り直しが迫られる可能性もある。
「海外展開を本格化する上で、経営陣の人材の多様性が乏しいことは問題だ」。NTTデータ元役員の一人はこう危惧する。12人の取締役のうち10人を旧電電公社に入社した男性が占め、海外出身者や女性は一人もいない。海外子会社のトップを現地の人材に任せているのとは対照的だ。
岩本社長は25年ごろまでに、海外売上高比率を6割超まで高める目標を掲げるが、買収して肥大化するだけなら、本当の意味でのグローバル化は果たせない。まずは海外事業の統合を進め、これまでの買収が成功だったことを利益で実証するのが先決だ。
買収の手は緩めない
今期の売上高が2兆円を超えるのは、ほぼ確実だ。だが当社の目標からすれば、それはほんの通過点でしかない。グローバル市場で「ティア1(1次取引先)」レベルのIT(情報技術)企業だと認知されるには、存在感がまだ不足している。
ゼロから工場を建設できる製造業とは異なり、IT企業が海外展開する手法はM&A(合併・買収)にほぼ限られる。その際に重要になるのが、買収する企業の「カルチャー」だ。
我々が提供するのは企業向けのIT「サービス」だ。顧客としっかり向き合ってシステムを開発し、アフターフォローを続けるには、同じ言語を話し、文化を深く理解できる人材が不可欠だ。そのためには、細かいオペレーションは現地に委ねる必要がある。買収前に経営陣とじっくり面談し価値観などを確認できたなら、あとは信じて任せた方がいい。日本から経営陣を送り込んでいない理由はここにある。もちろん、業績やコンプライアンスなどはしっかり管理する。
以前はフリー・キャッシュ・フローで賄える範囲の買収にとどめていたが、米デルのITサービス部門買収では、その殻を破った。NTTデータの格付けはダブルAで、NTTという親会社も控えている。そのため資金調達には問題がない。ようやく3000億円規模の買収をできる実力が付いてきたと考えている。
今後も買収の手を緩めるつもりはない。顧客が認知するIT企業は、各国で10社程度。トップ10入りするには、それぞれの市場で2%のシェアを獲得するのが目標になる。日本や一部の欧州諸国ではその地位に到達しているが、米国などで認知度を高めるには、さらなる成長が必要だ。
海外展開は国内事業の成長にも寄与する。これまでは主に中国をオフショア拠点として活用してきたが、人件費の高騰が顕著になってきた。プログラミングの自動化などを通じて省力化を図ると同時に、インドや南米諸国で新たな人材を確保する必要がある。日本ではIT人材不足が深刻で、要員を確保しない限り新しい事業に挑戦できない。
売り上げや人員で海外の比重が高まる中で、今の経営体制を続けていけるかは疑問だ。買収を進めてきた一方で、本当の意味での「ワンNTTデータ」化はまだできていない。欧州や米国を代表する幹部が経営陣に入るなど、変革が必要だろう。これまでとは違う意思決定メカニズムを構築できるかが、さらなるグローバル化のカギになる。(談)
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